そうして溺れる父であり、憧れであり、一線を超えた仲でもある。全てが複雑に絡み合った関係性が倒錯するのは、そう難しいことでもない。ほんの少しの均衡が崩れれば呆気なく瓦解する。だからこそ一度許せば箍が外れることは目に見えているので、普段から甘やかされることを許してはいなかった。
今日は「最近夢見が悪い」とうっかり漏らしたからで————もっと言うなら、単純に寝不足だったからで。
「どこかに流される夢を見るんです。何を掴んでも絶対に流されて、流された先には誰もいない。……なんだか、気味が悪くて」
それならば、深い海へ引き摺り込もうとする腕に絡め取られた方がマシかもしれないと、ぼんやり思ってしまった。
いつだったか。ずいぶんと幼い頃に聴いた憶えがある音階が狭いテントに静かに響いている。身体を包む毛布の温かさと、背を支える腕から与えられるゆったりとした振動が、抗えないほどの眠気を誘っている。ぐずるような歳でもないのに、何とか抵抗しようと足掻きたくなるのは本能からの危険信号が故だろうか。ともかく、このまま眠ってしまえば一人で起きられる気がしないのだ。喉の奥から呻き声を絞り出しながら、がっしりした肩口にぐりぐりと額を押し付けた。
「……その抵抗は愛らしいと思うけれど」
黒い手袋に包まれた、自分よりひと回り大きな手の平が頬を撫でる。一度途切れた子守唄が、再び鼓膜を揺らし始める。
「抗わずに眠ってしまえば良いのに」
脳内に浮かぶのは浅瀬に立つ自分の姿。数秒もしないうちに思考を掻き回すような不協和音が耳鳴りのように響き、立っていたはずの浅瀬が底のない海中へと変わる。こぷこぷと空気を吐き出しながら沈んでいく。
「おまえを、一人で漂わせるようなことはさせないさ」
まるで揺籠のようだった。ゆるく撫でられる頭。脳内は水の中にいるというのに、ふわふわとした温もりがそれを感じさせない。いつの間にか不協和音が心地よい環境音へと変わり、今度こそぐずる間もなく意識が落ちていく。
「ぱ、ぱ」
「おやすみ、僕のスナフキン。良い夢を」
こぷり。一際大きな空気の塊を吐き出して、頭の中で描いていた海の底へ辿り着く。
頬に触れるぬくもりが、思考を海の底から引き上げた。
「……、あさ……?」
掠れた声が静かな室内に溶けて消え、それには答えずヨクサルの手が離れていく。思わず手を伸ばして掴むと、甘やかで落ち着いた声が耳朶を擽った。
「起こしてしまったかい」
「…ん、大丈夫です」
掴んでしまっていた手を離す。もそもそと毛布から這い出してぐっと伸びをし、テントの隙間から差し込む陽の光に目を細める。少し不気味で恐ろしいような、流されてしまうあの夢は見なかった。
「…………なんだか、久しぶりに気持ちよく寝た気がする。……パパのおかげです」
ありがとう、と言おうとしてヨクサルの方を見遣る。
小さな子が褒められた時のような、少し照れ臭そうな笑顔がそこにあった。