キューピットは目の前にいる「恭二、みのり、好き？」
　事務所のソファで新作家電のパンフレットを眺めていると、向かい側に座ったピエールが無邪気な笑顔で聞いてきた。みのりは、単独の仕事でここにはいない。二つ返事で返すには、その言葉はちょっと重いと恭二は思う。
「ん？あぁ、好きだよ」
「ボクもみのり、好き！」
　少し間が空いてしまったが、ピエールは満足気ににこにことしているし、違和感のない返しだったはずだ。きっとピエールが聞いている「好き」は、仲間として、友達としての「好き」だと思う。けれど、そうではない「好き」を抱えている恭二には気軽に口に出せる言葉ではなかった。



「みのり、恭二、好き？」
　事務所で恭二の合流待ちをしていたみのりとピエールは、ソファに隣合って座っていた。ピエールの無邪気な質問にみのりは微笑ましいなと思いながら「好きだよ」と笑顔で返した。この気持ちに偽りはない。友人として、仲間として、みのりは恭二を好意的に見ている。
「ボクも恭二、好き！」
　にっこり笑うピエールの顔に求められた回答が出来ていたと内心ほっとする。ここに別の「好き」が乗っかった答えを出してしまうわけにはいかないのだ。恋愛の対象として、恭二を見ているなんて誰にもバレてはいけない。
「みのり、いつ恭二をお嫁さんにもらうの？」
　このあと何食べる？そんなことを聞くくらいライトに聞こえた言葉を理解するのにゆっくり３秒かかり、理解と同時に素っ頓狂な声が出た。
「へ？！え？えええ？？ピエール何言って？！」
「恭二、みのり好き。みのりも、恭二好き。好き同士は、結婚、する！」
　カエールを抱いてピエールは満面の笑みである。まったく至極当然と言わんばかりだ。
「いや、待ってピエール。俺と恭二の好きは、友達の好き。ライクだよ」
　慌てて訂正しようとみのりは、震える手を握りこんで深呼吸をしつつ次の言葉を探す。早く誤解を解かなくては恭二が来てしまう。それだけは避けたい。
「……？でも、みのり、ときどき、恭二のこと、赤ちゃん作りたいって顔で見てる」
　ボンッと音を立ててみのりの顔が赤くなった。それを見ているピエールの顔は、ピュアそのものだ。
(え？俺、そんなに顔出てた？確かに時々ムラっと抱きたいなって思うことあったけど顔に出してるつもりなかったんだけどな。それよりそんなことしれっと言っちゃうピエールのギャップヤバいんだけど！！あれか、リアル王子ならもう既に婚約しててもおかしくないし、国のためにセックスの経験あるってことか！恭二は間違いなくないだろうけど！！)
　ドアの向こうでドサッと音が聞こたが、今はそんな場合ではないみのりだった。考えろみのり！と己を叱咤し、口を開こうした瞬間、ピエールはドアの方を振り向いて「恭二、来たかも！」と走りよってドアを開くとみのりと同じように顔を真っ赤にした恭二がいた。足元にはカバンが落ちている。
「恭二、おはよ！」
「…………っす」
　ピエールの挨拶に恭二は、口元を手で覆いながら顔を背ける。耳や首まで赤くて、かわいいというか、ぐっとくるものがあるとみのりは喉を鳴らした。
「……あの、あとでちゃんと話をさせてくれない、かな？」
　話なんてすっ飛ばして今すぐ抱き寄せたいけどピエールがいる手前、みのりは大きく深呼吸して自重する。顔を逸らしたまま、こくりと頷く恭二。我慢できるかな、なんて早くも理性が揺らぐのを感じるみのりだったが、恭二の後ろからプロデューサーが近ずいてくるのを見つけたピエールが元気に挨拶をしているのを聞くと両頬を思い切り叩いて気持ちを切り替えるのだった。
「恭二、中入っちゃって」
　いつもの調子で声をかければ、恭二は二、三度頭を振ってカバンを拾ってソファに近寄ってくる。ふと、目が合うとお互いに「とんでもないキューピットがいたものだ」と思ったらしく笑った。