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    shiro_snw

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    shiro_snw

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    本丸軸
    花街通いまくって格好良く遊んでる刃生エンジョイヤリチン燭台切が「今月服買っちゃって花代がヤバいから手近でなんとかしたい」とかいう最低な理由で長谷部くんをセックスに誘う話

    #刀剣乱腐
    swordCorruption
    #燭へし
    decorativeCandlestick

    【燭へし】悪い男① 食事が好きだ。食べることは生きることだから。美味しい料理を作って誰かに食べさせるのも、同じくらい、自分が食べるのも好きだ。

     眠るのが好きだ。より良い生活のために休息は重要だ。ぐっすり眠って起きた翌朝ほど清々しいものもない。初めての給料ではオーダーメイドの枕を買った。

     もちろん、戦うのも大好きだ。何せ、そのために生まれた存在であるので。

     そしてもう一つ、性的な欲求を満たすことも刃生には欠かせない。だってそういうふうに出来た身体を与えられたのだから。己の手や道具を相手にしての発散ではなく、肌と肌を触れ合わせてする行為が好きだ。他の何かでは得られない歓びが、そこにはある。

     それが、この本丸の燭台切光忠という刀である。

    「ねえ長谷部くん。僕に抱かれてみる気、ない?」
    「はあ?」

     燭台切光忠がそう言うと、不機嫌な声を上げたへし切長谷部は、それでようやく睨み続けていたPCモニターから顔を上げた。時刻は午後三時半。春の庭からうららかな日差しが注ぐ事務部屋でのことである。

     この本丸は開戦初期に就任してから現在に至るまで所属国の第一線にあり続けている、他所からはゴリラなどと呼ばれる審神者が率いている。
     その中で燭台切も長谷部も、本丸のごく初期に顕現して苦楽を共にしてきた古参の刀だ。燭台切は本丸初の太刀で、長谷部は、確か打刀としては三番目で、長谷部の方が三日ほど先輩だ。その頃まだ主戦場は昼の平野で長い刀が有利で、二振りは第一部隊で共に刃を振るった。
     それから、もう随分と長い時が経っている。
     歌仙兼定より先に顕現した燭台切が初めて料理の腕を振るった夕餉の席で、これまでは料理の不得手な審神者が作った塩むすびしか食べていなかったのだと一同が感涙したことも、誰かに特が付くたびに開かれた宴会も、突如出現した検非違使に慌てふためいたことも、三日月宗近を得るために脳が死ぬまで阿津賀志山を周回したことも、もう知らない刀の方が多い。
     その頃、燭台切はよく手製の菓子を作っては本丸のあちこちで働く仲間たちに届けていた。しかし、所属刀剣が百を超えた今では、もうそんなことはしていられない。おやつ休憩は制度化し、シフト制の厨当番が大広間に用意した買い置きの菓子を銘々が自分で取りに行く決まりとなっている。
     現に今だって、長谷部と同様に事務部屋に詰めている博多藤四郎も山姥切長義も、きちんと自分で菓子を取りに行ったので不在である。誰かが促さないと頑として休憩を取らない長谷部に茶と菓子を届けるのは、本丸が大所帯となった今でも続いている燭台切の習慣だった。届ける菓子は既製品に変わったが。
     ちなみに審神者は刀剣男士が詰める事務部屋とは別の審神者部屋にて執務を取り行っているため、部屋には燭台切と長谷部の二振りきりである。明け透けだのデリカシーがないだのと言われることもある燭台切だが、流石に審神者や他の刀の耳がある場所でこんな提案はしない。

    「ね、どうかな?」

     にこにこと笑いながら言う燭台切に長谷部は胡乱げな視線を送って、まだ湯気の立つ湯呑みに手を伸ばした。長谷部は燭台切が茶と菓子を届けても「置いておけ」と言って一瞥もせずに追い払うことも多いので、こうやって顔を見て会話をするのは久しぶりだ。

    「一応訊くが、ハグ、という意味ではないな?」
    「君、可愛いこと言うね」
    「やめろ」
    「勿論違うよ。セックスしないかって意味」
    「いつの間に宗旨替えしたんだ?」
    「え? してないよ。女の子大好き」

     審神者と刀剣男士専用の街、通称万屋通りには、刀剣男士専用の花街がある。開戦当初は本当に万屋しかなかったのだが、審神者と刀剣男士の数が増えるに従って急速に発展が進み、花街は、そこに後から作られた施設だ。何せ刀剣男士は健康な身体を持つ若い男ばかり。それだけ需要があったのだろう。甘味処あり居酒屋あり服屋あり、現在の万屋通りは、顕現したての新刃男士が一振りで訪れると迷子になってしまうような大きな街である。
     花街に行くかどうか、当然刀剣男士にも様々な意見がある。堂々と通う者もいれば全く行かない者もいて、こっそりと行く者もいる。
     燭台切は、堂々と、頻繁に通う刀であった。だって刀剣男士はそうのような身体にそのような欲求を与えられている。腹が減るのや眠たくなるのと同じことだ。どうせ食べるのなら美味しい料理を食べたい。寝るのならより良い寝具で眠りに就きたい。無理強いや不義密通ならばともかく売っているものを買うだけ、何も悪いことではないし恥ずかしいことでもない。売られている女性たちだって、きっとリップサービスも含むのだろうが、ここは良客ばかりだと生き生きとしている。
     燭台切は、花街には開設の当初から通い詰めている。小さな刀たちの頭を撫でたり、仲間と肩を組んだり、時に耐え難く苦しい夜に手に触れて慰めたり、身体的接触は『良いもの』だ。燭台切はそう学んだ。ならばその先だってきっと『良いもの』だろうと思ったし、実際経験してみて確信した。これは食事や睡眠と同等の、刃生に欠かせない大切なものなのだ。
     通いすぎて常連となり、最近では特別に値段を安くするから新規入店した女性の最初の相手ーー古風に言えば水揚げーーを勤めてくれないかと声を掛けられて、またそれを隠さずに仲間に伝えたものだから、随分と囃し立てられた。「うちの主が愛妻家の既婚者男性じゃなかったら本丸が破滅してた男士第1位(短刀内アンケート結果)」なんて名誉なのか不名誉なのかわからない噂も聞いたが、燭台切はきれいに、スマートに、格好良く遊んでいるだけである。
     こういった、燭台切のような刀を、ゴリラ審神者は「刃生エンジョイ勢」と呼んだ。

    「じゃあどういう風の吹き回しだ、千人切光忠」

     燭台切は堂々と花街に通っているし、その武勇伝は飲みの席での鉄板ネタであるので、本丸中に知れ渡っている。当然長谷部も知っている。審神者は「自由恋愛主義!ただし良識の範囲内で頼む!まあお前らなら大丈夫だろ!」なので特に注意を受けたこともない。

    「千人には流石に一桁及ばないし、僕は青銅の燭台を斬った刀だよ」

     やだなあ、と照れるでもなく返した燭台切に、長谷部はじゃあ三桁は切ったのかとドン引きしたが、この話題の最初からドン引き顔だったので燭台切には伝わらなかった。燭台切は、そもそも花街の女の子全員抱いたところで千人もいないでしょ、などと続けている。

    「単純に、ちょっと花代のやりくりで困っててさ」

     花街は刀剣男士専用に用意されたものなので、料金は男士の給料で充分に通える金額なのだが、行きたいだけ行ける訳でもない。これは便利な調理家電や見栄えのする食器や流行の服も同じこと。働きに見合った額は支給されるが、欲しいものを全て買っていたら当然破産だ。

    「しばらくは極の練度上げで出陣させてもらってたけど、僕、先月カンストしたでしょ?」

     燭台切たち古参の男士たちはとっくのとうにカンストしていて、以降は新規実装男士のサポートや新しい戦場への最初の出陣、政府主催のイベント戦場の攻略に回っていた。極修行は始まった順に短刀から送り出され、修行後は一度練度がリセットされるので、第一部隊に組み込まれて積極的に出陣させられる。燭台切もたくさんの仲間を見送った後に修行に出て、帰還後は久方ぶりの楽しい出陣三昧だった。しかしそれも先月上限到達により終了した。長谷部も同様の経緯で、燭台切より先に極練度カンストしている。
     刀が百を超えた本丸には出陣以外にもやることがたくさんあって別に暇ではないが、戦場を離れると、どうしても趣味の方が活発になってしまう。

    「服とかに結構使っちゃってさあ。自分にご褒美っていう気持ちもあったし」
    「それで、手近で済まそうと?」
    「そういうこと」

     どうかな、と微笑む燭台切に、長谷部ははあと一つ大きなため息を吐いて、燭台切が持ってきたどら焼きを手に取った。視線がPCには戻らないので、話は聞いてくれるらしい。

    「知ってると思うが、給金の前借り制度はどうだ。お前、確か使ってないよな」

     流石に主命第一主義のへし切長谷部。デスクワークを嫌う審神者に替わって本丸の書類仕事を一手に担っているだけのことはある。新刃に本丸の福利厚生を説明するのは長谷部の役目だ。現パロなら経理部だなあ、とは審神者の談である。ちなみに燭台切は「マーケティングナンタラカンタラとかのイキったカタカナ名部署」らしい。

    「歌仙なんか毎月上限いっぱいまで使ってるぞ」
    「彼の趣味はお金掛かるもんねえ……」

     歌仙の雅センサーは燭台切の目指す格好良さとはベクトルが違うので顕現当初から相容れないことも多かったのだが、顕現後の歳月の間に更に謎の進化を遂げている。書画骨董から始まって近頃は現世の女性アイドルが雅判定を受けたらしく、よく大広間の大画面テレビで上映会をして最前列でサイリウムを振っている。布教活動だと回ってくるCDも円盤も、当然全て歌仙の自腹である。燭台切が長年昼食レパートリーの一つにと推していたガパオライスが先日雅判定となって採用されたのも、歌仙の推しメンの好物だった影響らしい。歌仙兼定もまた、刃生エンジョイ勢である。

    「歌仙くんの前では言いづらいけど、前借りは、ちょっと僕の主義に反するかな」
    「……なんで俺なんだ」
    「簡単に言えば消去法だよ」

     燭台切は繕わずにそう言った。燭台切の「趣味」が盛んなのはどうせ知れ渡っているし、長谷部とは、そういう気安い仲だ。本丸の初期の頃、戦いは元より主に家事の面で本丸を支えた燭台切と、事務の面で支えた長谷部は際立って関係が深い。戦友と言ってもいい。特付き前の未熟な頃からお互いを知っている。長谷部の初めての本能寺への出陣にも、燭台切は同じ部隊にいて、炎を見上げる背中を見守った。そういう仲だ。
     兄弟刀や刀派で括られがちの本丸で、長谷部国重の刀は未だ「へし切長谷部」一振りだし、長船の仲間が来たのも遅かったから、燭台切と長谷部はよくあふれたもの同士で一緒にいたのだ。燭台切に光忠の兄弟が出来た今も、予想外の弟扱いから逃げる先として、長谷部の元を訪れている。

    「僕は抱く方が好みなんだけど、まず、自分より大きい相手にはその気にならない。元服前みたいな見た目の子も対象外だ。身内の刀も除外。いくらなんでも気恥ずかしいからね。約束した相手がいるのも勿論駄目。双方納得の上でのスパイス役なら歓迎だけど、間男は格好悪いから。懸想してる相手がいるのも無し。ひとの恋愛は邪魔するより応援したいよね」

     審神者公認のカップルとして一緒の部屋に暮らしている者から芽生えたばかりの片恋まで、百を超えた刀たちの間には結構複雑な恋愛模様がある。入り組んだ相関図をフリーと燭台切のストライクゾーンでフィルタリングすると、実際幾らも残らない。

    「あと、さっきここに来る途中で宗三くんに会ったから誘ってみたんだけど、僕の声が江雪さんに似てるのが落ち着かないから嫌だって断られちゃってさ」
    「江雪に? ……似てるか?」
    「言われてみれば……って感じ? 江雪さんは結構早めに来たから長いこと一緒にいるけど、まだわかんないことってあるもんだね。彼、口数少ないもんなあ」
    「ちょっと『和睦』って言ってみろ」
    「和睦」
    「あー……、言われてみれば……?」
    「それで、いわゆる保護者ポジションがいる刀を誑かすのもよくないなあ、と思って」

     練度制限と検非違使の襲来を避けていかに墨俣を周り小狐丸を狙うかーー当本丸は長らく三日月難民兼小狐丸難民だったーーなんて頭を抱えていた頃には想像もできないほどに刀が増えた今、古参男士の過ごし方は様々である。隠居だと言って縁側の日向で茶ばかり飲んでいる者、戦場に焦がれて鍛錬や筋トレやランニングに情熱を注ぐ者、それぞれの趣味に邁進する者。一部では世代交代も進んだ。かつて燭台切が取り仕切っていた畑当番は今やすっかり桑名江の独壇場だし、料理面では北谷菜切が、燭台切と歌仙が待ち望んだ新戦力だった。
     それでも、古式ゆかしい厨が工場さながらの大厨房に様変わりした今でも、燭台切は変わらず本丸の胃袋を支える内政の大黒柱であるし、厨とは、昔から噂話の絶えない場所だ。そして好いたの惚れたのなんのやらはは、噂の格好の的である。
     こほん、と小さく咳払いして燭台切は続けた。

    「で」
    「で?」
    「君だよ」

     本丸内の恋愛事情について、燭台切は乱藤四郎と歌仙兼定ーー恋バナは雅判定だそうだーーの次くらいに詳しい自負がある。まあそんな自負などなくとも、長谷部はわかりやすい刀であるが。
     燭台切が把握している限り、長谷部に恋仲の相手はいない。長谷部の真面目な性格からして、いればまず間違いなく審神者に報告して公認の仲となっているだろう。そして多分、懸想している相手もいない。
     日本号が本丸にやってきた時は、これはひょっとして長谷部とどうにかなるのではないかと思っていたのだが、違うらしかった。長谷部にとって日本号は、燭台切にとって鶴丸国永や大倶利伽羅、太鼓鐘貞宗がそうであるような、気安い身内の扱いであって、性ーーもしくは愛ーーの対象ではないようだった。日本号とも、燭台切は何度も花街で通りすがっているし、彼の性格上、約束した相手がいて花街通いはしないだろう。ちなみにその日本号は、燭台切の自称兄ーー本当にやめて欲しいーー、福島光忠が顕現して以来花街で見掛けることがなくなったが、これはまた別の話である。

    「俺か」

     長谷部は己の顔を指さして、無表情で言った。
     長谷部だって刀剣男士として決して小柄ではないが、並べば燭台切の方が大きいし、勿論手出しを躊躇するほど小さくもない。号を賜った伊達家の頃からの記憶しかない燭台切にとっては身内ではないし、フリーだし、誑かして文句を言いそうな保護者もいない。日本号と日光一文字はちょっとあやしいが、日本号相手には福島の後押しをしておくとして、日光は、長谷部自身が弟扱いを嫌がって避けている節があるので、まあ大丈夫だろう。
     加えて、燭台切と長谷部では若干燭台切の方が作刀年代が古い。付喪神の年齢をどこから数えるのかは定かでないが、燭台切の方が年上と言えないでもない。志向も嗜好も性癖も多様でありうべきだが、衆道関係においては年下が念弟ーーネコとか受けとかボトムとか呼ぶやつーーという大昔の常識は、どこかで影響しているかもしれない。
     
    「僕、君のこと結構好きだし」
    「お前、たまにそれ言うよな」
    「僕は正直な刀だからね」
    「ちなみにどこが好きなんだ?」
    「顔」
    「ハッ」

     長谷部は戦闘時にも似た好戦さで笑った。長谷部は素直ではないが、裏表がない。審神者の前以外ではお愛想やおべっかとは無縁だ。ねじくれているのにまっすぐ、とでも言おうか。とっつきにくいし生きづらそうだな、とも思うが、燭台切は長谷部のこういった心根に好感を持っている。

    「長谷部くんって、飲み会でも絶対に猥談に入ってこないけど、そのあたりはどうなの?」

     男ばかりの本丸で、酔えばそういう話をすることもある。花街の話題の他に、本やら動画やらグッズやらについて、何が良いやら悪いやら。酒に弱くて早々に酔っ払う燭台切に対し、長谷部はザルで、死屍累々の中で最後まで酒を飲んでいる刀の一振りなのだが、長谷部がそういった話をするのは聞いたことがない。シモの話題の輪には加わらないし、同じテーブルでその手の話が始まっても、ただ聞き流して黙々と杯を干す。
     燭台切の知る限り、長谷部はただの一度も花街を訪れていない。誘ったこともあるがにべもなく断られた。それで本丸内に良い仲の相手がいる訳でもない、となるとーー。

    「別に、普通だ。提供できる話題がない」
    「普通?」
    「右手で事足りる」

     そう言うので、燭台切はつい、長谷部の白手袋の右手を見た。
     つまりは童貞、ついでに処女か。ーーとは、流石に口には出さなかった。

    「長谷部くんは相変わらず、欲がないね」
    「俺に言わせると、お前が欲深なんだがな」

     長谷部は顕現当初からそういう刀だった。多くの「へし切長谷部」の例に漏れず、審神者の忠臣たろうとする想いこそ人一倍だが、そればかりだった。
     放っておくと仕事ばかりして、食事を抜かす、休憩を取らない、眠らない。別に審神者が過剰な業務を課しているのではない。休んでいろと言っても勝手に何か仕事を見つけてきて働いてしまうのだ。むしろ審神者は長谷部のセルフブラックに困惑して、なんとか長谷部を休ませろと燭台切に主命を出した。それは燭台切が世話焼きな性質であったからだし、もっと単純に、短刀や脇差が多かった当時、打刀としては長身の長谷部を腕力で黙らせられるのは燭台切だけだった。
     だから燭台切は長谷部がどこからか調達してきたカロリーバーやエナジードリンクを取り上げて滋味溢れる食事を与え、俵担ぎの強制連行で布団に押し込んで眠らせた。食事とは単なるエネルギーの補給でないことを、睡眠が身体だけでなく精神にとっても重要であることを、繰り返し説いた。
     そうしてみれば、長谷部は、主への想いが強すぎるのと自己表現が不得手なだけで、決して情緒を解さぬ刀ではなかった。美味いものを食べさせれば瞳を輝かせたし、燭台切が集めていた高機能枕の一つを貸してみればうっとりした顔で眠った。今や、審神者が「うちの長谷部はすっかりビジネス長谷部だなあ」などと言うほどの健やか長谷部である。
     食べることも、眠ることも、燭台切が教えた。だから今、長谷部に、三大欲求の残り一つについても教えてみたいと、そう思っている。

    「長谷部くんって、一体お給料を何に使ってるの?」
    「基本貯めているが、……最近は、こういったものを買ったりしている」

     そう言って長谷部はノートPCの傍に置いた一冊の本を指した。ものすごく分厚いそれは、表計算ソフトの教本らしい。勿論初心者向けではない。
     「休憩時間は休憩する時間! サービス労働絶許!」の審神者の教えに反して長谷部が休憩時間にパソコンを使っていたのは、「これは個人的な勉強であって労働ではない」という長谷部なりの理屈のようだ。

    「いや、僕たちVLOOKUP関数まで覚えたらもう充分でしょ」
    「主命とあらば、VBAであろうとも……」
    「主はそんな主命出してないよ」
    「有料のオンライン講習も受講しているぞ」
    「長谷部くん、そのうちExcelの付喪神になっても知らないからね」

     燭台切の苦笑に無表情で返した長谷部は、どら焼きの最後の一口を口に放り込み、手拭きで指先を拭って、湯呑の茶をぐいと飲んだ。こほん、と咳払いを一つ。

    「……その提案」
    「うん」
    「俺にメリットがない」

     それはそうだ。したい燭台切としなくてもいい長谷部では、燭台切が得をするばかりである。

    「……メリットがあったら、応じてくれる?」
    「聞くだけは聞いてやる」

     燭台切は口の端で小さく笑った。長谷部は合理主義者で話のわかる男で、そういったところは、燭台切が、見目の他に長谷部を好ましく思う部分である。

    「手料理を作ってあげるよ。一回につき一回、勿論、材料費は僕持ちだ」

     そう言うと、長谷部は無表情ながらに、少し目を見開いた。
     多くの本丸で厨を取り仕切るのは燭台切光忠か歌仙兼定で、この本丸もかつてはそうだった。食事といえば燭台切か歌仙の手料理だった。が、今やこの本丸に所属する刀剣男士の数は百を超えている。百人分の食事の用意なんて、そんなものはもはや家事ではない。男士が増えるたび改装を繰り返した厨が、審神者曰く「給食センターみたい」になったのは、いつの頃だっただろうか。燭台切も歌仙も変わらず厨房を取り仕切ってはいるが、もう「料理人」ではなく「現場責任者」だ。レシピの考案はしても、あまり手の込んだものは作れない。今本丸の食堂に並ぶ食事は「誰かの手料理」ではない。
     刀剣男士の数が増えるに従って当然男士たちの居住区画も増築が進み、現在は北棟、東棟、南棟、西棟の四区画があり、区画ごとに共用の小規模なキッチンが設けられている。キッチンは、趣味的な料理がしたいとか小腹が空いて夜食が食べたいとか晩酌につまみが欲しいとか、そんな理由で刀剣男士たちが譲り合って自由に使って良いので、燭台切は今でも料理自体は続けている。自分の食べたい物を作ることもあるし、仲の良い刀に頼まれて作ることもあるし、行き合った食いしん坊がひょいとつまんで行くこともある。
     燭台切は、長谷部にプライベートで料理を作ったことはない。食べさせる理由も、食べる理由もない。そもそも二振り居住する棟が違うので、用がなければ会うこともない。
     だから、長谷部は燭台切の手料理を、長らく食べていないのだ。
     今本丸で出る食事だって充分に美味いものではあるけれど、長谷部に「食べること」を教えたのは燭台切だ。長谷部にとって「燭台切の手料理」はメリットであるはず、というのは燭台切の希望的観測ではあるが、根拠のない妄想でもない。

    「君が食べたいもの、何でも作るよ。何がいい?」

     微笑んでそう問うと、長谷部はしばらく視線をうろうろさせた後、ふと開け放った戸の外、縁側の向こうの春の空を見上げて、言った。

    「……オムライス」
    「オムライス? そんな簡単なものでいいの?」
    「真っ赤なチキンライスの、卵の中がとろとろで、割ると広がるやつ。……もう本丸の食事には出ないだろう」

     確かに。半熟のオムライスは一つ一つ丁寧な手作業でないと作れないし、百は作っていられない。かつての昼食の定番メニューで、燭台切の得意料理だ。……懐かしい。

    「オーケー、とびっきりのを作ってあげる」

     契約成立、だ。色事の約束をしたのに、何の艶めいた言葉もなかった。そんなところもまた、自分と長谷部らしい。

    「……いつだ」
    「君の希望に合わせるよ」
    「ならば、……金曜の夜、で、どうだ」

     長谷部が真面目な顔でそう言うので、燭台切は堪えきれず、大きな声で笑い出した。
     この本丸の審神者は愛妻家の妻子持ちだ。家族と言えど、審神者でない人間は本丸に入れないので、審神者は平日は本丸、週末は現世の家族のもとへ、という単身赴任の形で勤めている。審神者が不在の土日は、刀剣男士たちも休日である。

    「あっははは!」
    「……なんだ」

     長谷部は不満げな顔をしている。

    「わざわざ休みの前って、ふっふふ、君、僕がどんなひどいセックスすると思ってるの!」

     燭台切にとってセックスとは、1プレイ2時間の楽しい遊びなので。そんなに、拳を固めて決意して行うようなものではない。

    「いや、笑いすぎた。ごめん、金曜日だね。今週でいい?」
    「……ああ」

     話は決まったし、休憩時間もそろそろ終わりだ。博多と長義も、じきにこの部屋に戻ってくるだろう。空になった湯呑みと菓子皿を、盆に回収する。

    「大丈夫。僕、優しくするよ」

     長谷部の耳元に、わざと低めた声でそっと言い残し、長谷部が嫌そうな顔をしたのに笑いながら、燭台切は事務部屋を後にした。
     だから、長谷部が春風に紛れて呟いたのは、聞こえなかった。

    「ーー悪い男め」
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