蒔かれた種について親が死んだので軍を辞めて家業を継ぐことになった。花屋だ。
当時軍で一緒だった皆は笑っていたが基地から程よく近いのでたまに会いに来てくれる。赤いカーネーション。
を、おそらくキャアキャアと笑いながら渡されているであろうあの人もツーリングのついでに現れる。適当なのそれなりに。飛ばされないように頑丈に梱包。
と、最初の頃のオトクイサマは昔の仲間だったが、立地が良かったのと俺が軍にいて英語がそれなりに話せたことが功を奏した。
これといって実は別に花が好きな訳ではなかったし、もっと言えば実家が好きだったわけではなかったが、それでも意外な結果だ。
花屋の仕事も意外と自分に合っていた。朝は早いし力仕事、マメな管理、全神経を使う仕事、リサーチ。シュミレーション。フットワークの軽さ、DIYスキル。
ついでに”主人が愛想がないという”口コミを見かけても気にならない動じない心。(ただし閉店後店の帳簿を開くときは少し動じる日もある)。
花屋は幸せな仕事であるらしい。
まぁ、多分そうなのだろう。薔薇は本当にどの時期も売れる。1,2,3,12,24,100,101、365....さすがに999本は包んだことがないがそれでも不動の人気商品だ。
やはり立地的に多種多様な人が住んでいるからだろうか。そこそこやれている。
花を買っていく客の表情は実に様々だ。
手伝いで店番をしていた頃は興味が無かったが、一人になってからこの俺でも気づくようになった。
たいがいは笑顔、次に多いのが照れた顔、たまに疲れ切った顔。意外と花束を買っていく客は無表情な人も多いがいろいろな事情があるのだろう。そこのところ興味がない(その俺の姿勢が口コミで評価されていたときは驚いた)。
まぁ順調ならいいのだ。
特に人生に深い意義や使命なんてものを感じず生きていたのだから。
が
人生何があるかわからないもので、今、19時前。そろそろ閉店準備をしないといけないのに店の裏側で男に口を塞がれていた。
キラキラした瞳が夜でも瞬いて見える。
花を売るって、そっちのoptionはないんだよこの店は。
いやまぁもっと言えば託児サービスも請け負っていなかった。
いつも通り慌てて店に飛び込んできて、あの子(今日のお供はネモフィラ)は眠っていたから、このまま手伝うといって店の裏に備品を取りに行って、”すまないどれだー?”と聞こえたから俺も店の裏に向かって、量が多いから分担して運ぼうというときにいきなり唇を塞がれたのだった。
意味が分からない。
「あ…」
向こうも戸惑っていた顔をしていた。ならばするな。
「…。」
「…。」
\ スミマセーン! /
あ、客。
戻ろうとする俺の手を奴は一瞬だけガシッと掴んだ。そして、名残惜しそうに離した。
いやそんな顔されても。
あの子は寝ているわけだし、取り出した備品を散らばったまま放置されても若干めんどくさいし、”片づけておいてくれ”と早口で言って店に向かった。
店に向かう途中、突然、今更、なぜか、急に、アイツ確かに見たことがあったかもしれないと、本気で思えてきた自分の記憶力に驚いた。至近距離で見たからだろうか。
「お待たせし、…——Sorry I'm late」
「ノー、ダイジョウブ、私、日本語話せます」
「話せるの!」
「起きてたのか。」
「起きてた!ルル、おすすめのお花紹介してた!この人はマキュさん!」
「ふふっ、それでいいわ。初めまして、早速だけれどROSEを今店内にあるだけ、あと、SO CUTEなネモフィラも頂こうかしら」
「そうきゅーと!」
「なんだかすいません。ありがとうございます。——薔薇の色は赤で」
「そうね、…ってあら、すでに予約が入ってるのかしら?」
彼女がショーケースを指さす。
赤の薔薇が今日は1,2、…12本雑にまとめて入れていた。
「あ、これは大丈夫です。差し上げますよ。」
「あら…、いいのかしら?」
「ええ、構いませんよ。」
ショーケースからディスプレイしていた赤薔薇すべてと、適当に梱包されていた(梱包すら勝手にあの男はするようになっていた。店の手伝いを優先させたからまだ梱包は軽く留めているだけだった)薔薇も取る。
「急いで包みますので」
「ありがとう」
「薔薇がない」
と客が帰ったのを察してやっと男が戻ってきた。
「スミス!」
「ルル!グッモーニン」
「グッモーニン!スミスあのねえ、イサミ、薔薇売ってた!多分スミスの!」
「ワッ」
ツ!の絶叫と重なるようにシャッターを下ろす。時計を見れば19:42。まぁ閉店時間まで少し早いけれどこれぐらいは誤差だろう。
昔どこかの誰かが閉店直後にシャッターを叩いて叫んでいた過去もあった訳だし。いざとなればそれで花を売ってやる。いや、そういう意味ではなくて。いやどこかの誰かのケースはそういう意味だったのかもしれ、考えるのをやめよう。
花屋は華やかに見えて実は力仕事なのだ。色とりどりの花だって管理しなければあっという間に朽ちていくからこまめな管理が必要だ。
それでも手を掛ければ色とりどりの鮮やかな花が甘い香りを振りまいて、店の椅子に座って青い花を持ったルルが無邪気に笑う。
「ネモフィラの花言葉はねー、”どこでも成功”!なんだよ!スミス」
「…………わかった……ネモフィラの花束を…イサミ…」
「ネモフィラは買うより育てやすいらしいぞ。」
「じゃあこの家で育てよう。ちょうど家の裏側がさみしいと思っていたんだ」
「あそこは日が差さないからおそらく育たない。そもそも他人の家で園芸を始めようとするな」
「他人の家だと!What⁉What do you mean」
「ルルは?ルルはここのお家の子?」
「ルルはどうだろうな。」
「でもイサミここのお花、ショーケースのやつ以外は一本毎日持ってっていいって言った」
「何度も言うが薔薇以外にも棘には気を付けろよ、あと絶対口にしないこと」
「ガピー!」
「…待ってくれ…今調べたんだが…ネモフィラは…不吉な花言葉が…ある…」
「どの花言葉もそんなもんだろ。」
「イサミ お花屋さん向いてない!ルル!いいと思う!」
「そうか、ところで今日のディナーはカリーだ。おやつは食べすぎてないな?」
「ない!」
「よし、じゃあ後片付け頼む。」
「サー……」
男を置いて抱き着いてきた子を抱きとめる。手にしていた花を髪にさすと笑った。
花屋は幸せな仕事であるらしい。
今更そんなことを知るとは思わなかった。
まぁ順調ならいいのだ。
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TITTLE:わくせいちゃん様