怯えの混じるくれないが、口癖のように「愛」を乞うていた頃を思い出す。
ギブアンドテイクと呼ぶには少し歪だったような気もするが、結局は「可愛さを差し出すから愛情をくれ」という交渉に俺が頷いただけの話だ。そんなことをしなくたって好きだよ、と言ってしまうのは簡単だが、きっと俺が「主」である以上それは本当の意味で理解されることはないんだろうな、と。諦めにも似た感情こそあれ、それが可愛いと思っていたことも否定できなかった以上、そこにあったのは恋愛感情というより互いへの依存だったのかもしれない。
──だから本当は、修行の申し出を受けるのがほんの少しだけ怖かったのだ。
「主、いる?」
「うおっビビった、どした清光!?」
「あはは、そんなに慌てる? 一応何回か声かけたんだけど、返事なかったから心配でさ。大丈夫?」
「びっくりはしたけどだいじょぶ……」
「まあ深夜だもんねえ、でも敵襲とかも想定しなよ? 俺たちも全力で守るつもりだけど……って」
あっ、やべ。
止める間もなく歩み寄ってきた彼が、肩越しに俺の手元──作業机に並べられた、三枚の紙を見つけてしまう。慌てて隠そうにもすごい勢いで手首を掴まれた。こわい。
「……これ、俺が修行行ってた時の?」
「お、おう……あっ言っとくけど捨てるつもりねえからな、俺の宝物なんだからな」
「あー……いや、違くて……そっか、大事にしててくれたんだ」
「当たり前だろー! まあ全員分取っておいてるけどさ、いざ本刃に見つかるとちょい恥ずかしいな……」
手首は解放されたので、しまっていい? と尋ねれば頷きつつも、俺が動作を終えるまでじっと動かない。それでも俺の袖をそっと掴んだままでいるのが妙に可愛くて、「どした」と向き直れば抱きしめられた。
「……当時はほんとびっくりしたよ、もはやラブレターじゃんこれ!? って思いながら読んでた。修行に出したのはお前が初めてだったし、みんなこういうの送ってくるようになったらどうしようかと」
「そりゃ、色々振り切れた上でこれからも主の刀として頑張りますっていう意思表示、みたいなもんだし。ある意味ではそうなんじゃない?」
「だよな、帰ってこないって選択もまあ……できないわけじゃ、ないだろうしな」
「そ。いつかの『自分』ゆかりの地で……ここで今の自分がこうすれば、って葛藤もまあ、一度や二度じゃないくらい抱えてさ。それでもあんたのためにって、強くなって帰ることを選ぶんだから可愛いもんでしょ?」
顔を上げ、やわらかく笑うその目にはもう、いつかの怯えは残っていない。同時に、映り込んだ俺の顔を見て──今更ながら腑に落ちる。
「……ほんとはさ、修行行くのちょっと怖かったんだよね。帰ってきたら目移りされてました、とか……あるわけないって分かっては、いたんだけど」
「……俺も、『色々吹っ切れたし主に頼らなくてもよくなりました!』って言われたら泣くなあって思いながら送り出した」
「そんなわけないじゃん。目移りされてたら何してでも取り返す! って思いながら帰ったんだよ俺」
「……あっ、もうすぐあんたの一番に、のくだりそういう意味なの?」
「それは内緒! でもまあそーゆーことだから、可愛い可愛い俺のことを今後ともよろしく。
……愛してるよ」