付き合うならこんなふうに なんの予告もなく、唐突に、村雨がオレの家にやってきた。そして、傲岸不遜な態度で飯を作らせて、たらふく食べ、今はソファに腰掛けているオレの隣に座り、肩に頭を預けながら眠っている。
多分、いや絶対、わざとなんだろう、と思う。
今の状況だけじゃない。村雨の視線が妙にオレに突き刺さるのも、酔っ払ったのに乗じて距離を詰めてくるのも、全部、オレの気持ちに気付いているからこその行動なんだろう。
理性ではそう分かっていても、本能や感情というものはどうにもコントロールしきれないもので、“もしかして”なんていう愚かな願望が芽生えてしまった。村雨もオレのことが好きなんてあり得ないのに。相手はこの頭のおかしい医者だ。オレにそんな人間味あふれる感情を向けてくるなんて、天と地がひっくり返ったってあり得ない。
しかし、そう思うと、余計に腹が立った。オレの感情を弄んで、嬲って、楽しむ、極悪極まりない性格をしている村雨にも、そんな村雨のことが相変わらず好きでたまらない自分にも。
感情は、なんて厄介なものなのだろうか。村雨に対する気持ちを綺麗さっぱりに忘れられたら、こんなにもヤキモキすることなんてなかったのに、忘れられるわけがなかった。
ただの頭のおかしい医者だと思っていたのに、意外と子どもみたいなところがあって、可愛くて、それでもやっぱり変で。面ごとに色や形すらも異なる不思議な多面体のようなこの生き物のことを、ずっとそばにいて、見守っていたいなんて思ってしまった。こんな愛情以外の何物でもない感情を、そう簡単に捨てられるわけがなかった。
「ん……」
不意に、甘ったるい声が聞こえてきた。起こさないように、微動だにしないでいたのに、村雨は目を覚ましてしまったらしい。そのあどけない声や、目を擦る仕草は、到底3つ上の男のそれとは思えない。
「起きたのか」
「……あぁ、まぁな。あなたの肩、硬いな」
「テメー、人の肩借りておいて、なんだと?」
——この可愛げのなさ。こんなのを可愛いなんて思う自分が信じられなくて、ついついため息が漏れる。いろんな感情がぐちゃぐちゃと混ざり合って膨らんだ不愉快さを解消しようと、グッと手を握りしめて、村雨の肩を小突こうとした。
「でも、悪くない。また借りる」
しかし、少しだけ手を振り上げた瞬間、村雨は口元を綻ばせながらそう言った。どくりと心臓が跳ねる。拳にはじんわりと汗が滲み、握りしめていた指から力が抜けていく。——ずるいだろ、こんなの。
寝起きで無防備だからか、その笑顔はいつもよりも幼く見えた。こちらをちらりとも見てこないのも、心を預けられているように思えて仕方がない。
この姿を他の誰かにも見せるのだろうか。そう思うと、口の中がカラカラに乾いていく。今、オレの顔を見たら、こいつは態度を変えてしまう気がした。きっと、隠そうにも隠せない欲望が滲んでいるから。
でも、もう、そうして欲しかった。
「……なぁ、村雨」
「なんだ」
オレがその名前を呼ぶと、いつもの鋭さを失った寝ぼけ眼と視線がかち合う。オレがこいつの寝首を掻こうとしても、きっとされるがママに死んでいくのだろうと思わせるその無防備さに、胃がキリキリと痛んだ。
「お前、わざとだろ」
「……何の話をしている?」
村雨は、こてん、と首を傾げる。まるで、名前を呼ばれた犬のように、従順。普段の異様さはどこに行ったんだ。そう思うと、愛しく思う気持ちと一緒に怒りすら湧いてくる。
「惚けてんじゃねぇぞ、テメー……オレがお前のことを好きだって気づいてて、わざとやってんだろ」
「は?」