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    ukeyu_i

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    「お前のことが性的に好きとかありえねーし!」なししがみけ〜いちくんから始まるししさめ

    満足してしもたので一旦供養

    おとなふたり、ハジメテの 今日は無性に、酒が飲みたい気分だった。酔いに溺れることで、何かから逃避したかったのかもしれない。しかし、その“何か”の正体は分からなかった。
     だから、一人でバーに行って、ひたすら飲んだ。ナッツにドライフルーツ、サラミやらなんやら、いろんな美味いものをつまみに、浴びるように酒を飲む。あぁ、これから1週間は食事制限を厳しくやらなきゃなんねーな、なんて思いながら。
     そして、時計の針が深夜2時を指す頃、そろそろ閉店時間だろうからと、足を地面につけ、立ち上がろうとした。すると、世界がぐるぐる回る。それから少しして、ようやく「あ、酔ってるな自分」と気が付いた。
     しかし、いくら視界が歪んでいても、頭は冷えていて、自分が飲みすぎたことはハッキリと自覚できた。一人でバーに来てしまったから、このまま時間を無為に過ごせば、瞼が重くなって、駅に着くまでに地面に寝ころんでしまうかもしれない。だから、すぐにスマホを取り出して、タクシーを呼ぼうと画面を操作し始めた。
     ——が、上手く画面が視認できない。タクシーを呼ぶアプリがどこにあるのかも、表示された操作画面も、何も理解ができなかった。自分の酩酊具合に、チッと舌を打つと、すかさずマスターが「獅子神さま」と声をかけてくる。
    「タクシーをお呼びいたしましょうか?」
    「いや、いい。自分でやる」
     まるで子ども扱いに拗ねた思春期の少年のような言い草になってしまって、むしゃくしゃする。「クソ……」と心の中で悪態を吐いてから、タクシーを呼ぶのは諦めて、分かりやすい位置に配置されている緑のアイコンをタップした。そして、立ち上がった電話アプリのキーパッドをろくに見ないまま、手癖のように数字を入力していく。
     ——何度も目にしたおかげで、身体に刻まれるように、覚えてしまったソイツの電話番号。酔いどれの中、理性による制御を失った感情はめちゃくちゃで、世界はあべこべ。そんな混沌の中でも、この番号だけは、迷いなく打ててしまった。そんな事実を前にしたら、また得体のしれない感情が湧き上がってきて、腹の中がでたらめにかき乱されていく。
     それでも、走り出した指先は止まることを知らず、11桁の番号を打ち終えるや否や、流れるように発信ボタンを押した。
     プルル、と無機質なはずの電子音が響いてくる。途端に、発火したように、耳が熱くなった。電話を切って、引き返したくなる。「何をやってるんだ」と自分の現状に腹が立ってすらきた。それでも、腹の中を蠢く正体不明の感情が、指の動きをロックして、この電子音の檻から逃れることを許さない。
     ぐちゃぐちゃな感情の濁流にさらされて、気分が悪くなり、その場にしゃがみ込んでうつむく。それから、ハァ……と長い溜息をついた。その時、突然、ぷつりと電子音が途切れる。
    「何の用だ」
     響いてきたのは、平坦で、感情の無い声。どくりと心臓が跳ねる。
    「……迎えに来てくれよ、村雨」
     そういう声は、自分でも分かるほどに甘ったるくて、みっともなかった。

    「あなたが、26歳にもなって、許容量を超えた酒を飲むマヌケだとは知らなかったな」
     そう客観的な事実を述べることでオレを罵る村雨は、わざわざタクシーに乗ってバーにまで来てくれた。そして、今は、同じタクシーに乗り込んで、オレの家へ向かっている。そんな村雨を待っている間に、すっかり酩酊効果が切れてしまったおかげで、自分が何をしでかしたのかが冷静に認識できるようになってしまった。
     しばらく酒はやめよう……意味の分からないことをやらかしてしまうから。
     よりにもよって、何故、呼び出したのが村雨だったのか。その自らの動機が理解できなくて、頭が痛い。これが酔ったせいなのか、混乱ゆえなのかが分からなくて、胸がむかむかする。
     この感覚が嘔吐に繋がるのは絶対に嫌で、必死に何度も水を飲んだ。本当に吐いてしまうような酔い方ではない気がするから、目を瞑って、込み上がってきた気色悪い感覚を必死に抑え込む。
     タクシーが走り出してしばらくの間は、無言の時間が続いた。どうして酒を浴びるほどに飲んだんだ、とか、何故自分を呼んだのか、とか——村雨にとって、聞くべきことはいっぱいあるはずなのに、何の質問も飛んでこないから、もどかしい。こんな気持ちになるのは、自分ですら己の言動が理解できていない現状、正直、とっととコイツに診断を下されることを望んでいるのからなのかもしれない。
     しかし、村雨は一向に喋らなかった。じっと見つめてみても、少しもこちらを見てきやしない。不自然だ。きっと、わざと、何かしらの企みを以ってやっているのだろう。それでも、穴が開くほどにコイツの顔を見つめながら、全力で思考しても、その企みが一ミリも読めない自分に腹立たしさすら覚えた。
    「……お前、なんで来てくれたんだよ」
     だから、もう直球でそう聞いてみた。別にここは、心を読まれたら死ぬギャンブルの場ではないし、さっさと診断させた方が早くて楽だろう。しかし、予想外にも、まるで喜びを素直に表現できない少年が照れ隠しをしているかのような言い方になってしまって、思わずバッと顔を伏せた。
    「あなたが呼んだのだろう」
     オレの動揺しきった態度を前にしても、村雨の声色は至極淡々としていて、何の感情も読み取れない。絶対、何かを楽しんでいる気がする。聞きたいのはそういうことじゃないし、分かってるくせにあえて外してるとしか思えないし。コイツから聞きたい情報を引き出すには、もう少し直球で聞いた方が良かったな、と後悔する。
    「呼んだけど、別に来る義理はないだろ。バーはお前の家から遠い場所にあったし、深夜2時だぜ? 起きてたとしても、無視するのが普通だ。いくら……」
     ――友達でも。オレと村雨の関係をそう表しようと思ったのに、どこかに引っ掛かってしまったかのように言葉が上手く出てこない。酔ってるからか? と思おうにも、他の言葉はスラスラ出てくるから、理解が追い付かなかった。答えはもう頭の中にあるような気がするのに、霞がかかったようにハッキリとは掴めなくて、もどかしさにイライラする。
    「まどろっこしい真似はやめろ。直球にこう聞けばいいだろう。『自分のことをどう思っているのか』と」
     混乱しているうちに、オレが本当に聞き出そうとしていることを言い当てられて、じくりと嫌に心臓が跳ねた。一気に居心地が悪くなったからか、無意識のうちに視線が右往左往するのが分かる。――これを望んでいたはずなのに。覚悟していても、やはり、自分の中を無遠慮に覗かれるような感覚は、羞恥と嫌悪を連れてきてしまうものらしい。
    「……オレのことをどう思って、いる、んですか」
     できるだけ自然に言おうと努めたにもかかわらず、無様なほどカタコトになってしまって、頭を抱える。それを聞いて、表情も声色もずっと無表情だった村雨が、フンと鼻で笑うのが聞こえた。
    「深夜の2時にわざわざ出向いてやるぐらいだ。それなりに、好意的に見ている」
     それから、流れる水ように滔々とそう言った。その含みのある言葉に、どくどくと心臓が跳ねる。好意的ってどういう意味だよ、とか、今、オレの鼓動が早まった理由はなんだ? とか。色んな疑問が浮かんでは、答えを聞くことも見つけることも叶わなくて、下唇を噛み締める。どう反応するのが最適なのかが分からなくて、とりあえず「ふーん」とだけ返事をした。
     また、沈黙が走る。窓の外を見て場所を確かめても、タクシーはまだ家から遠く離れた位置を進んでいることだけが確かだった。未だ心臓はうるさく鳴り響いていて、思考はぐちゃぐちゃ。それでも村雨の隣から逃げることは叶わない。なんで遠いエリアにあるバーを選んでしまったのか、という後悔が今更ながらに脳内を蝕む。
    「もう質問は終わりか?」
     唐突に、村雨はそう言った。チラリと顔を覗き見ると、愉快そうに口元を緩ませて、じっとオレを見つめていた。“まだある”と確信しているのだろう、その態度に、ため息をついてからチッと軽く舌打ちをした。
    「……オレが何を思って、今日、酒を飲んで、今こうなっているのか、オレにはよく分かんねーんだけど。オメーは分かってんの?」
     “どーせ分かってんだろ”と腐すような態度が伝わるように、わざとぶっきらぼうにそう言えば、村雨は目を細めて、何かを訝しむような表情を作る。
    「本当に無自覚だったのか。まぁ、分かりきってはいたが。それにしても鈍いマヌケだな」
     コイツが何の話をしているのか、全くよく分からなくて、聞き返すように「は?」と声を漏らした。しかし、特に分かりやすい答えを与えられることなく、村雨は黙りこくる。
     それから、不意に、村雨がこちらに少しだけ近寄ってきて、何も言わないままオレの手首を掴んできた。冷えた手が、少し火照った肌をひんやりと刺激する。
    「ちょっ、つめた!? なんだよ!」
     その刺激にびくりと身体を震わせても、村雨は少しも動じずに、何かを確かめるようにオレの腕を掴んでいた。それから、ゆっくりと顔を上げて、じっと見つめてくる。
    「ここ最近のあなたは、私と過ごしている時、いつも心拍数が上がる。まぁ、今に限って言えば、酒と、驚いたことによるものかもしれないが」
     そうつらつらと何かを語りながら、村雨はずいっと顔を近づけてきた。鼻と鼻が擦れるほどに近い距離。村雨の息が肌にかかる感覚に、背筋が震えて、思わず生唾を飲み込んでしまった。その仕草を、この探究者は逃さずに、目を細めて笑う。
    「私と目が合うと瞳孔が開く。それに、発汗も見られるな。おそらく、あなた自身には感知できない量だが。あぁ、今は自覚できるか? 首筋を汗が伝っていった」
    「み、見んなよ!」
     首筋を隠すために手を当てれば、確かに汗で濡れていた。どくどくと心臓が脈打つ。
     ——何か、嫌だ。これ以上、聞いてはいけない。野生の勘がそう警鐘を鳴らした。でも、逃げ場がないこの空間で、いまさら有耶無耶にしようとしたら、目の前でニヤニヤと笑っている死神に、嬉々として殺されるだけだろう。
    「……で、それがなんだ」
     全てバレていようが、喉笛を晒して殺されるのを待つだけなんてのは性に合わない。だから、わざとらしく虚勢を張って、平静を装ってそう言った。村雨は相変わらずニヤリと笑いながら、オレの腹にメスを立てるように、口を開く。
    「これは、性的に好ましく思っている相手を前にしたときに、ヒトが見せる典型的な身体反応だ」
     村雨が診断を下した途端、世界が止まった。
     また泥酔したかのように、視界がぐにゃりと歪んで、目の前の村雨から色が失われていく。
     難しい用語なんか一つも含まれていないのに、言葉をまともに解釈できている自信がない。ただ、その一文に含まれたいくつかの単語を前に、意識が宙ぶらりんになって、茫然と村雨を見つめることしかできなかった。
     それでも、村雨はオレの反応を無視して、もう一度切り出す。
    「理解できていないようだな。簡潔な言い方をすれば、つまり、あなたは私のことが性的に好きなのだろう」
     そう逃げ場のない言い方をされて、喉がカラカラに乾いていく感覚がした。少しして、ようやく思考回路が現実に追いつき、つい「はぁ?」と間抜けた声を上げてしまう。
     ——オレが、コイツ……村雨を、性的に、好き?
    「いや、いやいやいやいや! ありえねぇだろ!」
     そう大きく声を張り上げて、何かの間違いであることを必死に主張した。オレはこれまで、性欲を抱く相手はずっと女だったし、陰湿なコイツとは正反対の豪胆で明るい性格の奴とばかり付き合ってきた。なのに、何がどうして、こんな趣味が手術で陰湿な異常者を性的に好きになるっていうんだ?
     オレが「ありえねぇ」ともう一度呟けば、村雨は表情ひとつ変えずに、ニヤニヤと笑いながら、顔を離して、こてんと首を傾げる。まるで壊れたオモチャのような不気味さを纏ったその仕草に、ぞくぞくと背筋が震えた。——こんな奴を、オレが、なんだって? 余計に村雨の診断が理解できなくて、気分すら悪くなってくる。
     しかし、村雨が化け物じみたやつなのは初対面の時からずっとなのに、コイツはオレに「交流を続けているうちに村雨礼ニのことが性的に好きになった」という訳のわからない診断を下した。それゆえに、否定しきれる根拠が見つからなくて、ただただ「ありえない」と譫言のように繰り返すだけ。そんなオレを見るのも飽きたのか、村雨は片眉を釣り上げながら、口を開いた。
    「ずっと疑問だったのだが、認められない理由はなんだ? 己の同性愛的欲求を認めることに嫌悪感でもあるのか? いや違うな、あなたはそういう感覚の持ち主ではないだろうから」
    「いや、は? オレがオメーに性欲抱いてるとか、普通にありえないだろ……! てか、ずっとってなんだよ!? まるで気付いてたけど黙ってたみてぇな言い草じゃねーか!」
     そう問い詰めると、村雨は「あぁ」と忘れていた何かを思い出すような声を漏らした。そして、淡々とした声色で「あなたが私を見るたびに、無意識下で見せる反応が興味深かったから、あえて黙っていた」と説明する。
     少しも悪びれないその態度に、ギョッと目を見開きながら、その酷薄な言葉を澱みなく語る口を塞いでやりたい衝動に駆られた。それでも、オレが今コイツを殴ったら制御しきれる自信がなくて、ゆっくりと深呼吸することで、なんとかグッと堪える。それから、なるべく穏やかな口調になるように努めて、質問をする。
    「……観察してたとでもいうのかよ?」
    「まぁ、そうだな。あなたは私がそうしていることに、一ミリも気付かなかったが」
    「性格悪ぃな!」
     ニィッと笑いながら楽しそうにしている村雨を見て、無意識に握られていた右手の拳がウズウズと疼いた。自分を支配する潜在意識が、混乱から生じた怒りを良からぬ方向で発散しようとしている。そう気付いて、とにかく落ち着こうと深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
     それから、念を込めるようにして、一つ一つの言葉を丁寧に、口に出す。
    「オレが、お前を、性的にどうとか、ありえねぇから」
     そう言うと、村雨はフフッ……と陰湿に笑った。まるで、オレが少しも受け入れないところまで、お見通しだったとでもいいたげに、満足げな笑みだった。
    「試してみるか?」
     唐突に、村雨はそう軽やかに提案した。村雨の言葉の意味がよくわからなくて、「は?」と反射的に反応してしまう。
    「私に触れてみるといい。それであなたのようなマヌケにも分かるはずだ。否が応でもな」
     村雨はそう言いながら、また顔を近づけてきた。その表情は揶揄うというよりも、どこか真剣で、そこでようやくコイツの意図を全て察する。
     ずっと、村雨はただ面白がるためにオレの感情を観察して、診断を下していたのだと思っていた。ただ、コイツは、それだけのために身体を張るような人間ではない。だから——…。
    「……お前は、オレに、触れられたいのか? だから、さっさとオレに認めてほしいわけ?」
     高鳴る心臓の鼓動が鳴り響く中、そうおずおずと言葉にすれば、あっさりと村雨は頷く。その動作を見て、ごくりと唾を飲まずにはいられなかった。
     もし、村雨の診断が全て本当でも、コイツはオレを拒絶しない。そう思った途端に、自分の中で何かがぷつんと音を立てて外れて、確かめるのも悪くはないかも、なんて思った。
     ふぅ……と、安堵した時のような軽い息が漏れる。それを見て、村雨がオレの心持ちの変化に気付いたのかは分からない。しかし、相変わらず平然とした顔で、村雨はまた口を開いた。
    「より正しく言うならば、触れられたいかどうかは、まだ定かではない。ただ、さっきも言った通り、私はあなたを好意的に見ている。こういった感情を他人に抱くのは初めてだ。だから、自分の許容範囲がどこまでなのかが分からない」
    「……つまり、お前も自分の感情が測りきれていないから、一緒に試したいってことか?」
     村雨の長ったらしい説明を、簡潔にまとめてみせれば、「そうだ」とけろっと肯定される。
     その様を見て、オレはまだコイツを分かっていなかったなと、痛感した。村雨はただひたすらに知りたい。そんな自分の希望を叶えたいワガママな人間なだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだと。そう思ったら、「素直なくせに、コミュニケーション下手すぎんだろ」と、つい笑ってしまった。
     オレは顔を覗いてくるその頬に手を添えた。初めて触るその肌は、陶器みたいにつるつるで冷たくて、なんとなく村雨っぽいなと思う。
     ずっと触れていると、村雨の肌にオレの手の熱が溶けて、馴染んでいく感覚がした。まるで受け入れられてるみたいだと思ってしまって、コイツに触れてみたいだなんて衝動が、腹の奥から湧き上がってくる。
    「マジで、いいの」
    「いいと言っている。しつこいぞ、マヌケ」
    「……一言余計なんだよ、オメーは」
     そんな最後の儀式を済ませて、村雨の顎に触れてからくいっと優しく持ち上げる。顔を近づければ、吐息が混じり合って、心臓がよりうるさくなった。
     ゆっくりと、唇を重ね合わせる。村雨の身体がかちんと凍りつくのが分かって、あぁ、ハジメテなんだなと察した。
     その肌は唇まで冷たくて、オレのそれがふるっと震えるのがわかる。正反対の二つの唇が、混ざり合ってとろけていく感覚。その感覚に酔いしれて、心臓がキュッと締まるみたいに激しく鼓動を打った。
     ちゅっと軽い音が鳴って、唇が浮く。それでも、離れるのがもったいなくて、触れ合うぐらいの距離感で逡巡した。もう一回しても怒らないかな、なんて気持ちが湧いてきて、少しだけ触れてみれば、村雨の方から近づいてきて、もう一度2人の唇が重なり合う。
     あぁ、心臓がうるさい。村雨の診断には少しの狂いもなかったみたいだ。——触れ合うだけじゃ物足りない。そんな感情に支配されてしまったら、認めないわけにはいかなかった。
     名残惜しげにゆっくりと唇を離す。それから、じっと村雨の顔を覗いてみた瞬間、どくどくと心臓が脈打った。ハジメテのことに、脳の処理が追いついてないのか、村雨はぽうっとしながらオレを見つめている。その間抜けた表情が物珍しくて、それで……可愛い、と思ってしまった。
     顔が赤いわけでも、嫌悪感に歪んでいるわけでもないけれど、“悪くなかったんだな”と察せられる顔つき。——どういう表情筋の動き方だよ、意味わかんねぇ。そう思うのに、嫌がられなくて嬉しいやら、いろんな反応を見せてほしいやら、そんな気持ちが溢れ出してくる。
     もっとしたら、コイツはどんな顔をするんだろう。そんな性欲と愛着が混じった衝動に駆られる。ずっと開けるのが怖かったパンドラの箱をこじ開けられて、ぐらぐらと理性が揺らいだ。
    「……それで、どうだ? 理解したか?」
    「聞くなよ、分かってるくせに」
     そう言いながら、我慢できずに、もう一度村雨にキスを落とした。触れるだけの簡単なキス。
     それ以上を、ここでするのは嫌だった。少しでも乱れたコイツの顔を、第三者のいる空間に晒したくないという、立派な独占欲。それが鎌首をもたげて、オレの衝動を飼い慣らしたから。
    「家、来んだろ」
     色白いその頬を指の先でつうっと撫でながら、そう聞くと、「あぁ」と村雨は小さく呟いた。
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