過去のくすみと輝く今。すこしむかしのおはなし。
ある世界には奇妙な都市伝説が存在していました。
「石像に宝石をお供えすると、願い事が叶う」
いかにも子供が考えたような有り得ない伝説だと思われるかもしれません。しかしこれは、本当のおはなしなのです。きっと。
「宝石ねぇ。なんでそんなけったいなモンを捧げなくちゃいけないものなのか……」
そんな伝説を聞いた一人の少女は例の石像の前に立っていた。石像は巨大な剣を持った戦士を模したものであり、少し錆や汚れが目立つものの、存在感を放っている。なぜこの石像が立てられたのかは不明だが、朽ち果てて崩れることなく在るということはきっとこの街を守っただとか何かの功績を残したのだろう。
「願い事が叶うとかすっごいありきたりだよなぁ… 寧ろ、宝石をお供えしたら吸収かなんかしてこの石像が動き出す!って言った方が浪漫あるよ……。」
少女は軽く引っ張ったり梳かすように髪を弄りながらそんなことを考え始めた。
少女はあ、と声を出して思いついたように耳に手を触れる。耳にはイヤリングがついている。
このイヤリングは彼女の祖母から受け継いだ、正確には預けられたものであった。
中学生でデュエリストの少女がどうしてこんな高価なものを身につけているのか。それはあの忌まわしい去年ぐらいの、あの日のことだった。
あの時、あの場所は、あの家は。畳の匂いは線香の匂いに変わり、家に行くたびに好きな味のアイスが入っている冷蔵庫は腐食した野菜が取り出されることなく冷蔵庫に押し込まれていた。
ちょっと温度が高くて長く入っていたら肌が焼けちゃいそうな浴槽に張られたお湯は学校のプールの授業前に浴びるあのシャワーみたいに冷たくなっていた。いつの間にか大好きだった祖母の家はこんなにも変わり果ててしまった。
真際、祖母は私に宝石のついたイヤリングをくれた。
「この耳飾りはあめむを守ってくれるよ。だから泣かんと、ね。」
そう言って祖母は事切れた。突っ立っているだけで汗がうっと惜しく流れ、服に張り付き、網の上で焼かれる肉のようにじりじりと肌が焼けていく。
そんな、夏の日のことだった。
私は耳から無理やりイヤリングを外した。そんなに力を入れたつもりはないのに耳朶がじんじんと痛む。
「……この宝石、なんて言うんだっけ。なんたらシリトン……?」
シリトンの部類に入る宝石だというのは覚えていたが正式な名前を忘れてしまっていた。もう片方も外し、石像の前に置いた。そして手を合わせて目を閉じる。我ながらベタすぎる!と思ったが、ひとつだけ大切なことを忘れていた。
(そういや願い事、なんにも考えてないんだった。)
その瞬間、轟音が鳴り響いた。ガラガラと何かが崩れ砕け散る音に思わず目を開けてしまった。
目の前にあったはずの石像は粉々に粉砕され、辺りには岩石が転がっている。
「……え、え?何これ……?」
凄惨な光景に唖然としていると、ふと石像のあった場所に何かが落ちているのが見えた。近づいてそれを拾い上げる。
「カード?融合モンスターだ……ええと、
ジェムナイト・マディラ?」
その名を口にした途端、カードが光を放つ。その眩しさにもう一度目を閉じてしまう。
[俺を呼んでくれたな。]
声が聞こえ、目を開く。目の前には
燃え盛る腕と剣、紺色のマント、そして宝石のように輝く美しいオレンジブラウンの体。
その姿は先程拾い上げたジェムナイト・マディラそっくり……というか本人だった。
「えええ!?…ほ、ほんとに何が起きてるの!?」
[混乱するのも無理は無いよな……それより、会えて嬉しい。]
「……私を知ってるの?」
[知ってるもなにも、お嬢さんが小さい頃からずっと見守ってきたからな。……成長したな。]
「あ、あのー……詳しく聞いてもいいですかね……?もしかしてばあちゃんの家系となにか関係あったりするの?」
マディラは丁寧に詳しく説明をしてくれた。(ジェムナイトってたくさんいるらしいからこっちで呼ばせてもらうことにした。)
祖母の家系に引き継がれた宝石達はずっと大切にされてきたことで精霊が、命が宿った。それがジェムナイト達の原点らしい。マディラは「マデイラシリトン」という宝石の力を使うジェムナイト戦士だという。
「もしかして私が付けていたイヤリングの宝石って……」
[ああ。マデイラシリトンだ。]
石像に残っていた僅かな力と宝石の力が共鳴し、マディラはカードとして、そして今目の前にいるカードの精霊として復活を遂げたということだ。
石像は温厚で仲間を大切にする気高くも優しい心を持つ本当のデュエリストを待つためのものだった。
「ジェムナイト…… あ。」
かばんからデッキを取り出す。デュエルは少ししかやらないため、カードの状態はとても良いものだった。デッキは確かにジェムナイトと名のつくモンスターで構成されていた。
「私、あんまり強くなくて。 学校のみんなに、ついていけてないというか……」
[ついていけていなくてもいいと思うぞ。]
「え?」
[デュエルは自分のタクティクス、自分にあった戦闘スタイル、いわばプレイヤーの自由だろう?
お嬢さんはそれに囚われているから自信が持てていないだけだと俺は思う。]
「……。」
[ジェムナイトだってそうだ。俺みたいに戦闘に特化した者、防御に特化した者。それぞれが自分なりの能力を生かして戦っている。]
自分なりの能力を生かして、みな自分なりに戦っている。……どうしてこんな簡単なことに気づけなかったのだろう。目頭が熱くなり、涙が零れた。
[す、すまない!泣かせるつもりはなかった……!]
「いや、大丈夫。大丈夫……。」
涙をふくと、彼の方に向き直った。
「ありがとう。マディラさん。」
[……ああ。こちらこそ。]
「私、もう一度デッキを見直してみる。ジェムナイト達と一緒に、戦えるように。」
[……お嬢さん、もちろん俺も忘れるなよ?]
「うん、分かってるよ!」
あれから数日が経った。私はデッキを組み直し、学校で久しぶりのデュエルをした。相手フィールドには厄介そうなモンスターと伏せカードが並んでいる。私は心の中で覚悟を決め、真っ直ぐ前を向く。
「私は魔法カード、ジェムナイト・フュージョンを発動!」
周りで見ていた生徒達がどよめく。エクシーズ召喚じゃないの? なんだあのカード!? なんかすごくね? どんな奴がくんのかな?
いろんな声が聞こえる。でもそんなの気にしてられない!
「手札のジェムナイト・ガネットとジェムナイト・クリスタを生贄に、融合召喚!」
宝石達が混ざり合い、新たなるモンスターを生み出す。私をずっと守ってくれた、相棒であり、大切なジェムナイトの戦士!
「炎の轟剣を携え、戦士の成功と繁栄を導いて!
ジェムナイト・マディラ!!」
マデイラシリトンのようにオレンジブラウンの体の輝き、炎をまとったその大剣。
辺りに歓声が響く。歓声のためにデュエルをしてる訳じゃない。自分なりの、自分自身のためのデュエルがやりたい!
「いくよ、マディラさん!攻撃!」
ジェムナイト・マディラは呼応するようにその熱く燃え盛る大剣を振り下ろす。マディラのモンスター効果によって、攻撃は誰にも何にも邪魔できない。モンスターは破壊され、相手にダメージが与えられる。私は小さくガッツポーズをし、目線をマディラの方へ向ける。マディラさんもこちらへ首だけを動かし、頷いてみせた。私も頷きかえし、もう一度前を向く。
そのデュエルをキラキラとした好奇心に溢れた目で見ていた金色のペンダントを付けた男子生徒がいた。隣には緑髪でサイドにお団子をリボンで結っている女子生徒がいる。
「すっげぇぇーー!!なんだあの召喚!初めて見た!!」
「すごいわね!私も初めて見たかも!」
「俺、ちょっとアイツとデュエルしてくるぜ!なあ!お前も気になるだろアストラル!」
[そうだな。エクシーズ召喚を使っていないデュエリストというのはここら辺ではそういない。彼女の実力、そして融合召喚…… 面白そうだ。]
「もー。アストラルまで……って、遊馬!あの二人はまだデュエルしてる最中よー!!」
この二人、いや、三人と出会うのはもう少し先のお話。