「……………」
気がつくと知らない場所に立っていた。
どこもかしこも真っ白で、目の前には俺の背丈よりずっとでっかい扉が聳え立っていて、石造りのそれは複雑で精巧な彫刻が施されている。その意匠はどことなく宗教的なものに見えたがいろんな宗派がごちゃ混ぜになっていて、宗教家が見たら泡をふいて倒れるだろうなと考える。
それから一拍おいて自分の身体の変化にも気が付いた。棒切れみたいに細かった手脚、あちこちガタがきて呼吸をするだけで痛かった身体、掠れ切って声も出ない喉、そのどれもが無い。代わりに若々しい、かつての、冒険者をやっていた頃の身体に戻っている。
これは夢か、なんて思っているといつの間にか目の前に現れた……人間、といっていいのか分からない存在に目を奪われる。背は俺よりずっと小さい、この場と同じく全てが真っ白で、不思議と年齢も性別も表情も窺い知れない。
「なんだ、ここは」
「我らの父の膝元です」
「――死んだのか、俺は」
驚きも悲しさもない。生前の最後の記憶は馬小屋で愛馬の世話をして、暖かな日差しについ眠気が訪れたところで終わっていた。
「はい。そして、積み重ねた善性と功徳を持って貴方の魂は天国へ祝福されます」
「てん、ごく……? 」
嫌な予感がした。喉が詰まって、脂汗が出る。
「お、おれの、なかまは……?」
「仲間……? 嗚呼、現世でのかつての同胞のことでしょうか、安心してください、貴方と違い、父の禊を受けていない悪しき魂は地獄ですり潰されていることでしょう」
俺は膝をつき顔を覆う。
死ねば終わると思った。
死ねば許されると思った。
死ねば解放されると思った。
でも、そうじゃないらしい。
「っ、ざ、ざけんなっっ! 俺も! 地獄に行かせろっ!」
「審判は覆りません」
俺は怒りを、殺意をむき出しにして目の前の奴につかみかかる。
「いかねぇ!! 天国なんて! 出せよっ! こっからぁ!」
衝動に任せて押し倒し何度も顔を殴りつける。しかし痛がる素振りも動揺も見せないまま、何事もないみたいに、ソイツは起き上がって肩をとん、と突かれる。すると全身から力が抜けて俺はその場に倒れ込む。
「いやだ……つれてかないでくれ……」
「泣くことはありません、父も私も、貴方を愛していますよ」
軽々と俺を抱き上げたソイツは優しく、我が子を慈しむように俺の額に口付ける。そして、いつの間にか開いていた扉に向かって歩きだす。扉の向こうは綺麗で、清浄で、真っ白な光に満ちていた。
歩みは止まらない。身体が気持ち良い暖かな光に包まれる。助けを求めるように手を伸ばすと、かつて夢見た面影が見えた気がした。
「頼むっ……! 許してくれ!! もう、一人は嫌なんだよぉ……!」
扉が閉まり、ただ、その場には、光と静寂だけが残った。