黒猫の一夜 黄金色の三日月が薄く雲に陰る夜のこと。
男の隣で寝ていた女はその瞼を開く。男は女に背を向けて寝ていた。呼吸と共に小さく揺れるその背中には女のすがった爪痕が残されており生身の柔肌はふたりの間に何があったのかを物語る。
女はその背を見つめたまま後ろ手に自身の荷物を漁り、鈍く月光を照り返す小型のナイフを取り出した。目の前の男は歴戦の冒険者だというが、例えどれほど強い人間だろうと首を切ってしまえばそれで──
「やめとけよ」
「!」
ギシリ、と。女の動揺でベッドが軋んだ。男は女に背を向けたまま言葉を連ね、女は呼吸を忘れる。
「そんな小刀じゃ俺は殺せない。……試してもらってもいいが自分の命を粗末に扱うだけだぜ」
705