「今なんと?」
読み上げていた書籍から顔を上げる。エンドが不思議そうに聞き返す相手もまた、ガラス瓶を持つ手を止めて明後日の方を見上げていた。
「何も」
天井との境目である壁の一点を見つめる彼自身も、しらを切れるとは思っていないだろう。その証拠に、一切視線を合わせようとしないのだから。しばしの沈黙を挟み、留めていた手を動かし出す。この話を流そうという彼なりの逃げ方だ。いつもなら乗ってあげても良いが……。
席を立つ。衣擦れや椅子が引く音で覚悟を決めたのだろう。再び手を止めた彼もまた、視線を下げて背後に立つワタシの足元を見る。彼の肩に手をおけば、強ばった肩がほんの少しだけ震えるのだ。彼の背に体重を少しずつかける。一つに括られた髪が露わにしている耳に口元を近づければ、逃げるように身を捩る。それでも大きく動けないのは持っている器材のせいか、預けた体重のせいか。それとも、本当は暴かれたいためか。
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