水槽の中の闘魚 エレベーターの中で晏無師の唇に酔いながら、沈嶠はこの先のことを想像していた。今世で出会ってから今日までの間にも何度も手を出されかけている。晏無師のことだ、前世でもそうだったように部屋に入って扉を閉じたらきっとすぐに始まるだろう。
しかし、ついさっきまではこんなことになるとは想像もしていなかった沈嶠の胸の中は、喜びと同時に緊張がぐるぐると渦巻いていた。晏無師に想いが届かずどうやったら側にいられるかをずっと考えていたのに、急に記憶が戻り、今から身体を重ねることになるなんて……。いずれ抱かれるつもりでもいたし、ずっと晏無師に触れたいとも思っていた。しかし、晏無師は前世も今世も自分以外の身体を知り尽くしているのに対し、沈嶠は今世も性経験は皆無。さっきは誘うようなことを言ったものの、性技に関してはあまり自信がない。晏無師の期待に応えられるのかと不安になってくる。経験豊富な晏無師は、他の相手と自分を比べて失望しないだろうか。「こんなものだったか」と思われないだろうか。前世でも晏無師が求めてきたのはずっと「好敵手」だった。何も知らない処子だった前世の自分とは違い、今の自分は経験はないとはいえ記憶がある。それなのに何もできなかったらどう思われるのだろう。もし失望されたらどうする……? 急に高まってきた緊張と不安で、沈嶠の胸はドクドクと騒ぎ、手が震える。
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