《ゼン蛍》曖昧さ回避「君に交際を申し込もう」
ひゅっと喉が締まる。まだコーヒーを口に入れる前で良かった。世間話でもするかのようにとんでもない発言をした男に、危うく吹きかけてしまうところだった。
口付けただけのカップを戻す。唇の形に残ったピンク色を拭う余裕もなく、ぷるぷると震える手は思ったよりも大きな音を立てて、それにまた驚いて肩が跳ねた。
「大丈夫か」
かろうじてソーサーに着地したカップも、その中の黒い水面は今にも零れそうな程に波打っていた。忙しない瞬きの合間にもあちこち視線が彷徨ってしまう。これのどこが大丈夫に見えるのだろうか。
全身で動揺を示す蛍を認めたアルハイゼンが、ほんの少し口角を持ち上げる。一見冷たくも感じられる複雑な色彩はすっかり熱を孕んで蛍を射抜いていた。彫刻のように綺麗な顔から放たれるその表情は、たった今爆弾を渡された蛍には強すぎる刺激で。
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