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    かみすき

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    ゼン蛍

    #ゼン蛍
    ##ゼン蛍

    《ゼン蛍》計算過程を示せ 本に視線を落とすアルハイゼンは、いっそ眠っているのかと思うほどに動かない。
     しかし伏せ気味の瞼の下で宝石のように輝く瞳は、くるくると忙しなく文字を追う。そのうち大きな手が弾かれたようにページを捲り、そして冷めたコーヒーを一口。カップをソーサーに戻しては、すぐに紙の世界へ没頭し再び石像のように固まる。
     もう何度その繰り返しを見ただろう。その様をずっと観察している蛍は、すっかり手持ち無沙汰だった。すでにコーヒーは三杯も飲んだし、今日は話し相手になってくれるパイモンだっていない。
     賑やかなカフェでひとり取り残されて、仕方なく真正面のアルハイゼンを見つめていた。

    「ずいぶんと熱烈な視線だが、何か用か」
    「用がなくて困ってるの」
    「話し相手ならここにいる」

     話しかけてくるアルハイゼンは、それでも読書はやめない。本を読みながらお喋りしながら、まあ器用なことで。
     本を読みたいなら、ひとりで読めばいいのに。先に帰るねと何度言っても、その度に引き止められていた。その割にちっとも顔を上げてくれないし、何か話題があるわけでもないらしい。
     まったく、一体何がしたくて人を座らせたまま読書なんて。ついにため息を隠さなくなった蛍に、ページを捲ったアルハイゼンが問いかける。

    「なんだ」
    「こっちのせりふだよ。どうして帰っちゃだめなの」

     蛍とて時間がないわけではないが、かといって暇でもない。ただ機械のようなその動作を眺めるだけに時間を使うつもりはなかった。
     ようやっとこちらを見たアルハイゼンは、愚問だとでも言いたげに眉を上げる。

    「わからないか」
    「わかんないよ」

     アルハイゼンは、全てを省いて結論だけを表に出したがる。頭のいい人は、みんなそんな話し方をするものなのだろうか。
     思考の途中がわからないから、ついていけない周りは振り回されて混乱するだけ。過程を推理できる程の力があればよかったのだが、あいにく蛍はそこまでの素晴らしい頭脳を持ち合わせてはいなかった。
     ぱた、と分厚い本が閉じられる。どこまで読んだか迷子にならないのかな。紙ナフキンだけでも挟めば、と差し出したところでアルハイゼンは受け取らなかったし、それどころかすっかり議論の姿勢を取っている。
     腕を組むその男にじっと見据えられるだけでぴんと背筋が伸びた。視線ひとつで縫い留められて、指先を震わせただけでもすぐに食われてしまいそうな、そんな緊張感に包まれてしまう。

    「君がそこにいることに意味があるんだが」

     きょとんとしながらもとりあえず頷く。わからないなら返事をするなと怒られそうだが、アルハイゼンは、呆れながらもしかし丁寧に紐解き始めた。

    「まず、俺は恋をしている。知っているな」

     確かに、いつだかその感情の答え合わせに付き合わされたことがあった。愛とは、恋とは。そんな話題がアルハイゼンから出ることに驚いたこともよく覚えている。
     そして、その恋の相手が誰かなんて直接聞いたわけではなかったけれど。あの熱のこもった視線に知らないふりをできる程馬鹿にもなれなかった。それきりそんな話は出ないことをいいことに無かったことにしようとしていたのに、不意に思い出された自分への感情にどきりと心臓が跳ねた。

    「そして、恋する相手と共に過ごしたいと考えるのはごく普通の感情だ」
    「そう、だね」

     押し込めたはずのどきどきはその指先に現れてしまう。ぱっとは気づかないほどの小さな動きも、こちらを見つめる瞳はそれを捉えたらしい。取って食われることこそなかったが、面白がったアルハイゼンはさらに前のめりに、震える蛍に畳み掛けた。

    「だから俺も、君と共に過ごしたいと思う」

     また、肝心なところをすっ飛ばす。だから、に至るまでの間を、そこを聞きたいのに。アルハイゼンの口から、直接。
     そんなもどかしい気持ちはあれど、言外に匂わされたその意味がじわじわと染み込んでくる。ああそうか、むしろ言わないでくれた方が蛍の心臓には優しいかもしれない。

    「君のそういう顔を見られるとは、恋とは存外いいものだな」

     頭の中まで心臓に変わってしまったみたいに響いてくる鼓動に、全身が熱くなる。どんな顔、なんて聞かずともわかった。
     素直じゃないのにそれでも真っ直ぐにぶつけられる感情は、どうも落ち着かない。やっとのことで返した言葉は実に情けない声だった。
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