毛繕いドライヤーのスイッチを切ると、宙を揺蕩っていた黒髪は肩にふわりと着地した。
しんと静まり返ったバスルームの中、微かな音がいくつか耳に届いてくる。遠くで鉄橋を渡る電車の音、国道を走る車の音。キッチンから冷蔵庫がカラカラと製氷する音。
耳元で大きな風の音が続いていたせいか、普段は気にも留めない生活の音が、いつもよりもくっきりと聞こえてきた。
義勇は、薄く曇った鏡に映る己を見る。しっかりと乾かしたつもりだったが、まだところどころ髪に湿り気が残っていた。
(……杏寿郎の方が上手いな)
一緒に暮らし始めてからと言うもの、杏寿郎が髪を乾かしてくれることが多くなった。変に甘えるつもりはないし、気恥ずかしさから勿論始めは断ったのだが、きっかけはある日の杏寿郎の一言だった。
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