ライブスタジオの扉を閉めると長いため息が出た。プライベートで着る久しぶりのスーツはなんだか窮屈に感じて、早く脱いでしまいたくてぷつりぷつりとボタンを外しながらクローゼットへ向かった。
「……疲れた」
ぼそりと呟いた言葉は誰もいない部屋に響くのは充分で、その言葉を口にしたことで疲労度は更に増した。俺はクローゼットから取り出したハンガーにスーツを掛けて、一瞬考えた後で衣類用の消臭剤を吹きかける。
「お酌にまわってたご婦人、香水キツかったな。まあすぐにクリーニングに出すんだけど。一応……」
他の物に匂い移ると嫌だし。クリーニングにはいつ持って行けるだろうか。そんなことを考えながらバスルームへ向かう。
匂いというのは案外記憶と強く結びついているもので、匂いを嗅ぐことで懐かしい記憶や当時の感情が蘇る現象をプルースト効果なんて呼ぶのも有名な話だったりする。それを認知症とか記憶喪失に応用できないかと研究されているなんて言う話はいまはどうでも良いことなのだけれど……なんて、矢継ぎ早に言葉が脳内を駆け巡るのは職業病なのか、ただ疲れているだけなのか。
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