暁の夢 夢の中 村から少し離れた森の縁にある小さなあばら家、その日当たりの良い縁側に少女が座って異形の犬神を撫でている。
二匹の犬神は黒と白で少女など一口で飲み込んでしまえる程の巨体をしていて、その大きな体を日光に晒して気持ちよさそうに横たわっていた。
「ただいま!」
「津美紀、おかえり。」
そこへ元気よく黒髪をひとつにくくった少女が薬草を抱えて帰宅した。二匹の犬神は少女をみて歓迎するようにしっぽで数回地面を打ち、顔を上げた。
「遅くなっちゃってごめんね、お昼ご飯にしよう!」
そんな巨大な犬神に一瞥をくれることもなく家へと入ると、まだ縁側に座る少女へと声をかける。少女が立ち上がると庭に伸びた影の中に犬神、現代よりかなり大きい体躯をもつ玉犬が沈んだ。
伏黒恵によく似た面差しの少女は薄く笑うと良い匂いのする台所へ向かう。ほとんどの人間は玉犬を見ることはできず、津美紀と呼ばれた少女も例外ではなかった。両親でさえ見ることが出来なかった少女の世界を初めて認知したのは、五条家の跡継ぎの幼なじみ青年で、二人はつい先日結婚の約束をしたばかりだった。
「津美紀、話があるんだ………。」
「なあに?」
「五条家の………悟さんと、」
場面が変わる。
もうどのくらいこの夢を見ているのだろう。意識がある様な微睡むような、自分のような自分ではないような曖昧な感覚。一番初めに気づいた時はこの少女は随分幼かった気もするが、今は俺と同じくらいの年齢だろうか。
月明かりの差し込む暗い寝室で帰りの遅いあの人を心配している。大きな屋敷の最深部、ここは、五条家だ。行燈も消え静寂に包まれた寝所で、柔らかい毛布に横たわり寝れないのか何度も寝返りをうつ。
「ただいま恵、眠れないの?」
「おかえりなさい………あんたが遅いから。」
ふうっと風が吹いたと思ったら襖が音もなく開き待ち望んだ顔が現れた。良かった、怪我もない、帰ってきた、嬉しい。五条先生………のような男を見て安堵が溢れ出す。それを微塵も声に乗せず、俺は横たえていた身を起こして目隠しも取らずに身をかがめた男に手を伸ばして、触れた。
「遅くなって悪かったね。待ってた?」
「怪我が無くて良かったです。」
「まぁね。僕最強だから………平家が滅びるよ。」
黒い目隠しを解くと、冴え冴えとした透き通る青い瞳が細められた。
「そうですか………。」
「盛者必衰ってね。権力争いも大変な事だ………恵、眠い?」
ずっと心配していた。最強だというけれど、呪霊なんかより人間の憎悪のほうがよっぽど恐ろしい。無下限で飛んでくる矢や切りかかる刀はこの人には意味をなさないが、毒や鎌倉のほうで造られた呪具はこちらで認知できていない能力を持っているかもしれない。
敵と味方が今日と明日で反転する。
気が休まることのない戦乱の世でこの人は周りばかり心配するから、二人揃っては京都を出られない。魔虚羅を使役する恵がいればたとえ当主である五条が留守でも五条家を襲うような馬鹿は京にはいない。
小さな村の果てで誰にも知られず姉妹で生きていた頃とは違う。気まぐれに訪れる悟さんと秘密の湖で逢う甘いモラトリアムが終わると、荒波のような乱世を生き抜かなければならなかった。
「顔みたら安心しました。」
「………あんまり可愛い事を言うと寝かせてあげられないよ。」
大真面目な顔をして言うのでおもわず笑ってしまう。起こしていた身を再び布団へと横たえる。この人の傍は安心する。晴れ渡る空色の瞳、お日様の匂い。私はいつも陰の中に潜ってしまうから太陽のようなこの人に惹かれたのかもしれない。頬を撫でる手が暖かくてうっとりと目を閉じると、額に柔らかな感触がした。
「寝っちゃった?」
名残惜しいというように滑らかな指の腹が俺の唇をこする。
「………やっぱり混じってるね。君は誰?起きているんだろう?」
この………この身体の意識が深く沈み、急に自分は『伏黒恵』だと思い出す。私は………俺は………不味いな、早くどうにかしないと、どうなっているんだ?
「起きて。」
「………っ、」
きゅっ、と鼻をつままれ思わず目を開ける。五条先生とそっくりな………しかし何かが違う………若い。二十歳くらいなのだろうか。俺の顔の横に両手をつき、至近距離から無表情で目を合わせる。
「僕のーーーに無断で入らないでくれる?でも、君は………ーーーと同じ魂の色をしているね。ふうん。不思議だな、すごい。君はーーーの………。」
今までは自分の名前を呼ばれていたと思っていたが、奇妙なノイズがはいる。見ているテレビの映像が急に乱れたような、少し不気味な感覚だ。男は恵の顔を撫で確かめるように目の下を緩く擦る。
「………ここはどこなんですか?俺は………多分呪霊の呪いでこの人の身体に入ってしまっているんだと思うんです。」
「そうだろうね、どこのどいつが僕のーーーに手を出したんだか………所で君は今でも僕といるの?」
「へ?」
「だから、君がどこから来たのかは何となく分かってるんだけど、そこに僕はいるのかってこと。」
何を言っているんだ?俺はーーー、五条先生?
「そう、ですね。あんたと同じ無下限呪術の六眼の………人と一緒にいます。」
「ふぅん。くくっ、そう。」
男はなぜか心の底から嬉しそうに笑った。
「僕の呪いは相当強力ってことかな………じゃあちょっと代わってあげる。呪霊のせいでここに来たなら、その呪霊もここに居るはずだ。探し出せれば僕が祓ってあげるよ。」
そう言って目を閉じると、一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。
「恵!」
再び目を開けると、五条先生が、いた。紛れもない五条先生の気配だ。
「五条先生………?」
「恵ー、さっさと起きてよ!何呑気に夢見てるの?こんな所まできちゃってさ。」
「こんな所までって、ここはどこなんですか?本当に五条先生ですか?」
「六眼で恵の気配を追って夢に潜ってる………ここは多分、恵の魂がずうっと昔にいた場所かな。」
「俺の魂?」
「つまり、前前前世くらい?俺の頭ん中の情報からすると今は鎌倉時代の始まりあたりかな?随分遡ったね。」
「前前前世?」
頭の中で有名な音楽が響くが、理解が追いつかない。呪霊に引っ張られて前世に戻ることなんてあるのだろうか。
「本当に過去に還る事なんて出来るわけないんだけど………恵の魂が見てる記憶の夢なのかな?僕にも良くわかんないんだよなぁ。」
「多分………俺を引っ張りこんだ呪霊は力を失った小さな蛇のように見えました。女の呪霊に取り込まれてて、祓った時に分離して飛び出してきたんです。」
「で、呪われたと。」
「すみません、影に消えたように見えて当たる前に昇華したかと思ったんですが………。」
ふいに五条先生が目を閉じる。気配が変わった。
「だいたい事情はわかったよ。蛇ね。探しだしてーーーと祓えばいいだろう。僕最強だからね、心配しなくて良いよ。」
にっこりと笑うとまるで五条先生のような軽快な口調で任せなさいと胸を張る。
「まぁ、そういう事だからそろそろ代わってくれる?僕結構遠くまで行ってたから久しぶりなんだよね。」
「え、………あ。」
意識が沈む。少し寝てしまった…………せっかく遅くに帰ってきてくれたのだから、起きなくちゃ………。
「ーーー悟さん?」
「恵。」
ノイズがはれたように名前が変換される。
「恵………会いたかった。」
端正な顔が近づいてくる。青い瞳に飲み込まれる前に目を閉じると、じっと顔を見つめられている気配がした。唇を合わせて触れるだけのキスをする。薄く目を開けると吸い込まれそうな、興奮して暗く陰った青と目が合う。
「そんなに見ないでください………。」
「僕の目って本当に便利だよね。こんな暗くても全部見える。」
「もう………、」
大きく熱い手が夜着を滑って潜り込んできた。
手のひらで乳房を包まれ柔く揉まれ、先端を親指でこねられる。唇を開けれないでいると焦れたように下唇を甘噛みされた。
「いつまでたってもガッチガチだよね。ほら、口開けて」
「すみません………。」
「可愛い。」
強ばる身体を揶揄されて頬に血が上る。いつまでたっても楽しませる事ができないと胸が締めつけられた。あんたなんて相応しくない、と見知らぬ女に投げつけられた言葉が耳元で繰り返された気がして眉をしかめる。なんであなたなんかが、貧相な女、暗い顔、妖を連れた化け物。呪いの言葉。
「何考えてるの?」
眉間に寄ったシワを見咎めた悟さんが底冷えするような声で囁く。大きな手で顎を捕まれ目をそらすことができない。暗く陰った真っ青な瞳に吸い込まれてしまう。
「余計な事を考えるな。また僕から逃げようとしたらもう一回恵の足折っちゃうからね。」
「怖いこと言わないで下さい………もう簡単には折らせませんから。」
「くくっ、言うねぇ。さすが恵だ。」
心まで覗きこもうとする六眼は仄暗く翳っている。根雪のように白い睫毛が憂いを帯びて瞬いた。吸い寄せられるように顔が降りてきて頬ずりをされる。
「外の匂いがする。」
「………っ、結界が破られそうだったから、仕方なくです。」
「ふぅん。ちゃんと殺した?」
「いえ、逃げ足が早くて。」
「ここを離れなかったんだね、良い子。」
仕留め損ねた事より、追い掛けずに留まったほうを褒めて熱い手が下肢を探る。呪詛師に投げつけられた言葉が蘇ったが、話した事が知られると厄介なのは目に見えていたので問い詰めるような青い瞳からそっと目を逸らした。
「俺だけ見て、俺の事だけ考えてろよ。」
口調が荒っぽくなるのは、不機嫌な時。出張から帰って求められるのはいつもの事だがさっきから少し機嫌が悪い。やはり何かあったのだろうか。
性急に脱がされる夜着が布団の隅へ放られる。胸へと顔を伏せる男に全身で抑え込まれてもう一寸も動けなかった。
「悪いもんじゃないって分かってるけど、勝手に人のに入られるとムカつくんだよな。しかも男だし。」
「悟さん?」
「気づかなくていい。」
大きな手が目を覆うと長い指が胎内に入ってきて掻き回される。濡れていたそこはぐちゃぐちゃと酷い音をたて異物を締め付けた。直ぐに指を無理やり増やされると手のひらで股を捏ねられる。痺れるのよう快感が登ってきて慌てて両手で口を覆う。
「あっ、やめて、だめっ」
「もう濡れてる。可愛い。だめだよ、口を塞いじゃ。」
目を覆っていた手で両手を一纏めに抑え込まれた。仰向けで施される手淫に逃れるすべも無く身体が震える。慌てて唇を噛み締めると咎めるように頬を舐められた。
節だった指は容赦なく胎内を撹拌し酷い音をたてている。恥ずかしい。気持ちいい。気持ちいい。追い詰められたような気持ちで、頭のなかではグルグルとあなたなんか相応しくない、という言葉がまわっていた。怖い、ただされるがままで悟さんに抑え込まれて動けない、どうすればいいのか分からない。
「ぁぁぅっ、や、やだっ、」
「恵……めぐ、俺のだ。俺の恵……、」
少し体を起こした悟さんがじっと見ている、恥ずかしい、イヤだ、熱くて考えが纏まらない。頭の上で戒められている手首が痛い。
「あっ、あぁっ………んぅ」
刺さるような視線から逃れようと腕に力を込めると、少しでも動くのは許さないと言うように悟さんがのしかかってくる。下腹部が熱くて目の奥がチカチカする、足を動かそうとしても覆いかぶさった逞しい体躯に押さえつけられて中をつく指から逃れられない。
「やだっ、さと、さとるさん、離してーーーっ、ひっ、」
「いくとこみせて。可愛い。」
「やぁっ!あっーーーーー、」
熱い。足がビクビクと勝手に動いて、頭が真っ白になる。ぎゅうと目をつぶったままでいると生暖かい感触が瞼を濡らした。
「俺だけ見てろって言ったろ。恵、目、開けて。入れるよ。」
片足を捕まれ高くあげられると、ひくつくそこがモノ欲しげ口を開けるのがわかった。
「まっ、まって、さとるさっ、まだ、」
「待たない。」
ずぬぬ、と大きすぎるモノが粘膜を押し広げて胎内へと入ってくる。指とは比べ物にならないくらい大きなそれは、ぎちぎちと音を立てて奥へ奥へと容赦なく埋め込まれていく。
「やぁっ、くるしっ、あぅっ」
「もう少し………ほら、息止めないで。」
何度しても悟さんのモノが大きすぎて入れる時は緊張で身体が固くなる。こんなことで大丈夫だろうか、悟さんは面倒じゃないんだろうか。
やがてざらつく下生えが下腹部を擦り、長大なものを収めきったことが分かって安堵する。すると涙が一粒頬を滑って枕に落ちた。
「めぐみ………痛かった?」
涙を見咎めた悟さんがそうっと頬を撫でて親指で目を擦る。
奥に入ったまま動かず、感情を読み取ろうとするように、その目の動きひとつ見逃すまいと汗に濡れて上気するみっともない顔を見つめられた。
「ちがっ、大丈夫、だいじょうぶ、ですから………」
動いてください、と消え入るような声で促す。楽しませることも出来ないで、挙句我慢までさせている。確かに寝屋の相手ができていないと言われても仕方がないような有様だ。止めようもない涙がもう一粒零れ落ちる。
「じゃあなんで泣いてるの?言うまで動いてあげないよ。」
「………っ、なんで!やっ、奥っ」
ギリギリと腕が締め上げられ、ぐっと腰を押し付けられる。奥の奥まで悟さんで一杯になってじんじんと痛みなのか快楽なのかもう分からない熱が頭を支配する。
「やぁっ、ダメっ!」
「恵、何を考えてるの?」
「ふぅっ、だ、だって………!」
あまりの焦らされ方に、理性が決壊していく。いつも押し込めていた言葉が情けない声で漏れだしてしまう。ボソボソと自分が何も寝屋の知識が無く悟さんを満足させることが出来ないとぐずると、悟さんは僅かに目を見開いた後、綺麗に笑った。やばい、キレている。
「寝屋の知識なんか恵が知ってたら教えた奴はぶっ殺してる。僕が満足出来ないってなんでそんな事思ったの?」
「だ、だって………っ、」
昼間、呪詛師に投げつけられた言葉は呪いのように恵に粘りつく。そんな言葉は初めてではないのに。五条家の当主に相応しくない、呪霊を使役する化け物。枝のように細く貧相な身体。
「だって?僕意外の言葉を信じるの?」
氷のように温度を失った真っ青な六眼が射すくめる。中に入ったままのものが脈打ち、熱い息が漏れる。
「まぁ、恵が僕の為に色々したいって思うのは大歓迎だけどね。でも今度かな………今日はお仕置だね。」
酷薄に笑うと戒めていた手首を解放して両足首を掴まれる。そのまま身体を二つ折りにされてミシミシと骨が軋んだ。ずるっ、と剛直が引き抜かれる。
「ひっ、あっ、あっ!やっ、やめ」
「やめるかよ。呪詛師の言うことなんて聞く恵はこうでもしないとわかんないでしょ?」
「ひっ、」
ぐっと顔が引き寄せられ熱い唇を食べられる。この人に、食べられてしまう。
「あっーーー!やぁっ、あぅ、っ、あっ、んッ、んぐっ、」
一気に貫かれ思わず顔を逸らすと有無を言わさず再び唇を塞がれる。クラクラする、酩酊する視界の中で美しい青が揺れている。もうこの人の事しか考えられない。
五条先生。
好きだ。