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    忸怩くん

    MOURNING【鋭百】おはようの眉見
     ふわふわと未だに夢の中を泳ぐ思考がばちっと目覚めるくらいには、起きてすぐの視界に珍しいものを見た。臙脂のまつ毛が伏せられて、いつもは見る者をまっすぐに貫く鮮やかな翡翠は瞼の奥にひそめられている。まつ毛にかかる前髪が、寝息をたてるたびに震えていた。
     少しでも身じろぎしたら起こしてしまうかもしれない。普通に泊まった日も体を繋げてなし崩し的に眠りについた日も、眉見はいつも百々人の知らないうちに置きだしていて、すっかり顔を洗った状態で寝ぼけ眼の百々人におはようと言うのだ。早起きが習慣なのだというが、夜型の百々人には到底ついていけそうになかった。
     それが今日は、その無防備な寝顔を存分に間近で眺められているのだ。昨日は朝早くから遠方のロケで体力仕事だったと言っていたから、普段よりも疲れていたのだろう。自分のことなんて構わず寝てくれても良かったのにと、久々のオフ前だからと自分から眉見に仕掛けたことを棚に上げて今更思ってみたりする。カーテンから漏れる光で部屋の中はある程度明るくなっており朝を迎えていることはわかるが、早朝なのか昼に近いのかはわからない。首をひねって背後の壁時計を見る少しの動きもはばかられて、そのまま寝顔を観察し続けた。
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    忸怩くん

    DONE【鋭百】「花」 眉見からの小さな悪戯について。
    痕跡 体を繋げて、熱で分けあって、彼の目の奥で煮詰まるどろどろとした欲に溶かされて他のことなんて何も考えられないくらいに夢中になる。そうして甘い幸福が体を満たしたそのあとは必ず虚しさに襲われるのだ。どれだけ深く繋がったつもりでも終わりはあるし、その後はひとり冷たい部屋に帰らなくてはならない。そういった現実がふわふわと浮かんでいた体を一気に引き摺り下ろしてしまう。
     改札前で立ち止まったら動けなくなってしまうから、じゃあねとあっさり手を振って慣性のままに電車まで向かい乗り込む。電車内の暖房が暑すぎて気持ちが悪い。惰性で交互に動く足が帰りたくない気持ちなんてお構いなしに帰路を辿って、あっという間に自宅まで着いてしまった。無人のエレベーターの数字が順に点っては消えていくのを眺めて、色だけは暖かなオレンジの照明の下冷たいドアノブを回すと真っ暗な廊下が出迎えた。同じように真っ暗な自室の電気をつけると、朝出てきた時のままにスウェットが脱ぎ散らかされた床に冷えた空気が沈澱している。眉見の部屋とは全然違う。あそこには暖かい陽の光を浴びた布団があって、行くたびに机に置かれた次の仕事の台本の書き込みが増えていて、そうしてほのかに彼の整髪料の匂いがする。
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