Hana
DONE君はペテン師⑥ 夜風が四人の喧騒の中を通り過ぎていく。ビリーが訪れた時とは、何もかもが違う。ロックとボックスに悲哀の色はなく、来客を迎える庭園は夜空の光を受けて輝き、無言の館も俄か活気づいたようであった。やはりここは、「カインの」領域なのだと、ビリーは思う。カインの身につけている紋章には「Fait lux——光あれ——」と刻まれているが、この組織にとってはカインが光そのものだろう。そこが「危ういな」と、ビリーは思う。カインの実力は疑っていないが、ボックスは未だ成長過程にあり、腹心としてカインを全面的に支えるには時間を要するであろう。組織としても若いこのファミリーは、カインの背負うものが余りにも大き過ぎる。それで潰れるような脆弱な男ではないが、疲労が溜まれば同じことが起きかねない。
6752Hana
DONE君はペテン師⑤ 三人の様子を眺めていたビリーだが、やがて大きく息を吐いた。
「まったく、お前らは手がかかるな」
「人の家を無料で、食事付きの常宿にしているのだ。多少の手間は快く提供して貰いたいものだな」
体を離しながら、カインは笑う。それは少しも悪びれない、それでいて妙に魅力的な微笑だった。
「多少、ねぇ……」
実のところ、ビリーも「こうすればカインを振り向かせられる」という確証があったわけではない。他にやりようがなかったし、グラントもカインの魂を道連れにすることは望まないだろう。そうである以上、カイン本来が持つ強さを信じるしかなかった。ほとんど賭けと言ってよかったが、それをロックとボックスに悟られるわけにはいかなかった。その辺りの苦労を、「多少の手間」で片付けられるのは、やはり、不本意であったに違いない。
4462「まったく、お前らは手がかかるな」
「人の家を無料で、食事付きの常宿にしているのだ。多少の手間は快く提供して貰いたいものだな」
体を離しながら、カインは笑う。それは少しも悪びれない、それでいて妙に魅力的な微笑だった。
「多少、ねぇ……」
実のところ、ビリーも「こうすればカインを振り向かせられる」という確証があったわけではない。他にやりようがなかったし、グラントもカインの魂を道連れにすることは望まないだろう。そうである以上、カイン本来が持つ強さを信じるしかなかった。ほとんど賭けと言ってよかったが、それをロックとボックスに悟られるわけにはいかなかった。その辺りの苦労を、「多少の手間」で片付けられるのは、やはり、不本意であったに違いない。
Hana
DONE君はペテン師④ 地上のタイルから接する水上の小島に、危なげない足取りでビリーは渡る。シュロの木と南国風の植物が植えられており、星空を眺める為の赤いソファーの左右には白い花が揺れている。おそらく、蘭の一種だろうが、それ以上のことはビリーにはわからない。彼が理解しているのは、満点の星空を見上げているカインの心を、冥界から現世へと引き戻す扉を作らねばならない——そのことだった。
わざと音を立てて、乱暴にソファーに腰かける。音も衝撃も伝わっているはずなのに、カインは何の反応も示さなかった。晴れ渡る夜空には無数の星が輝き、月は柔らかな光を地上へと投げかけている。銀色の光を浴びるカインの姿に、ビリーはかつてギースと共に鑑賞した『ジゼル』というクラシックバレエの演目を思い出していた。
3214わざと音を立てて、乱暴にソファーに腰かける。音も衝撃も伝わっているはずなのに、カインは何の反応も示さなかった。晴れ渡る夜空には無数の星が輝き、月は柔らかな光を地上へと投げかけている。銀色の光を浴びるカインの姿に、ビリーはかつてギースと共に鑑賞した『ジゼル』というクラシックバレエの演目を思い出していた。
Hana
DONE君はペテン師③ ビリー・カーンが片手でサンドウィッチを齧りながら戻ってきたのは、二〇分近く経ってからのことだった。もう片手に三節棍を絡め、酒瓶の入ったバスケットを持っている。
「お前ら、メシは食ったのか?」
「食べてないよ。そんな気分じゃないし……」
「護衛がそんなんでどうするんだよ。空腹で力が出ないなんて、洒落にならねぇぞ」
返す言葉がないボックスに、バスケットから何かを取り出して押し付ける。見ればそれは、スライスしたゆで卵、ハムや野菜がぎっしり詰め込まれたバゲットサンドであった。ロックにも同じもの手渡すと、
「いいか、俺はカインのことは何とも思っちゃいねぇ。振り向かせるところまでは手伝ってやるが、その後はお前達の仕事だ。いいな?」
4523「お前ら、メシは食ったのか?」
「食べてないよ。そんな気分じゃないし……」
「護衛がそんなんでどうするんだよ。空腹で力が出ないなんて、洒落にならねぇぞ」
返す言葉がないボックスに、バスケットから何かを取り出して押し付ける。見ればそれは、スライスしたゆで卵、ハムや野菜がぎっしり詰め込まれたバゲットサンドであった。ロックにも同じもの手渡すと、
「いいか、俺はカインのことは何とも思っちゃいねぇ。振り向かせるところまでは手伝ってやるが、その後はお前達の仕事だ。いいな?」
Hana
DONE君はペテン師② 当時、ボックスの存在を知っているのはグラント唯ひとり——の、はずであった。表向きには。ボスであるカイン暗殺の実行犯を、よりにもよってグラントが匿い、育てているなど、決してあってはならない——はずであった。
グラントがボックスを弟子としたのと時を同じくして、カインの態度に明らかな変化があった。不快感や苛立ちの類いではない。今まで気まぐれに訪れていたカインが、訪問前に必ず「これから行ってもいいか」と連絡をしてくるようになったのだ。ボックスの存在への配慮であることは明らかだったが、何と言っていいかグラントには判別がつかず、短く「ああ」と答えるのが常だった。食事に関しても、成長期の少年に必要であろう分量が加えられたし、届けられるタオルや衣類などもグラントひとりの量ではなかった。
3070グラントがボックスを弟子としたのと時を同じくして、カインの態度に明らかな変化があった。不快感や苛立ちの類いではない。今まで気まぐれに訪れていたカインが、訪問前に必ず「これから行ってもいいか」と連絡をしてくるようになったのだ。ボックスの存在への配慮であることは明らかだったが、何と言っていいかグラントには判別がつかず、短く「ああ」と答えるのが常だった。食事に関しても、成長期の少年に必要であろう分量が加えられたし、届けられるタオルや衣類などもグラントひとりの量ではなかった。
Hana
DONE腐要素ありません。カインと(ほぼ出ないけど)グラントの話です。
君はペテン師① その夜、ハインライン邸の敷地に足を踏み入れた瞬間、ビリー・カーンは喩えようもない違和感を覚えた。いつもであれば、この館の主、カイン・R・ハインラインの護衛を務めるボックス・リーパーが誰何の声を投げかける。時刻は既に、二十二時を回っている。アポイントのない訪問者を見逃すはずがなかった。だが現実にはボックスはおろか、主人と館を守るはずの部下達が、誰ひとり姿を見せない。不自然過ぎるほどの静寂が、この広大な敷地を包み込んでいた。
ビリーは短く刈り込んだ金色の頭髪を振ると、深夜にも関わらず掛けられたサングラスの奥で青い瞳を閉じる。それは一瞬のことで、再び目を開くと歴戦の強者らしい眼光と共に、相棒とも言える三節棍を握る手に力を込めた。
3908ビリーは短く刈り込んだ金色の頭髪を振ると、深夜にも関わらず掛けられたサングラスの奥で青い瞳を閉じる。それは一瞬のことで、再び目を開くと歴戦の強者らしい眼光と共に、相棒とも言える三節棍を握る手に力を込めた。