Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Hana

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    Hana

    ☆quiet follow

    腐要素ありません。
    カインと(ほぼ出ないけど)グラントの話です。

    #餓狼CotW
    #カイン・R・ハインライン
    cainR.Heinlein
    #ロック・ハワード
    rockHoward.
    #ボックス・リーパー
    #ビリー・カーン
    billyKern
    #グラント

    君はペテン師① その夜、ハインライン邸の敷地に足を踏み入れた瞬間、ビリー・カーンはたとえようもない違和感を覚えた。いつもであれば、この館の主、カイン・R・ハインラインの護衛を務めるボックス・リーパーが誰何すいかの声を投げかける。時刻は既に、二十二時を回っている。アポイントのない訪問者を見逃すはずがなかった。だが現実にはボックスはおろか、主人と館を守るはずの部下達が、誰ひとり姿を見せない。不自然過ぎるほどの静寂が、この広大な敷地を包み込んでいた。
     ビリーは短く刈り込んだ金色の頭髪を振ると、深夜にも関わらず掛けられたサングラスの奥で青い瞳を閉じる。それは一瞬のことで、再び目を開くと歴戦の強者らしい眼光と共に、相棒とも言える三節棍を握る手に力を込めた。
     白を基調とした美しい館と、その主の容貌からは想像もつかないが、カインはマフィア——それも、ここセカンドサウス一帯を手中に収める大物のボスである。年齢は二七歳と若いが、八歳でこの世界に身を投じ、十八歳にして当時のボスであるパパスから組織を奪った経歴の持ち主だった。それだけに敵は多く、襲撃を受けた可能性は否定できない。隣接するイーストアイランドでハワード・コネクションを率いるビリーは、現在のところカインとは協力関係にある。もし敵対勢力が襲撃をかけたのであれば、ビリーも敵と見なされるであろう。負ける気は少しもないが、警戒しながら慎重に歩みを進める。
     だが、敵らしい敵も、カインの部下達も、誰ひとり姿を見せないまま、ビリーはハインライン邸のフロントガーデンに辿り着いてしまった。耳を澄ませても銃声や争う音は聞こえず、火薬や血の匂いもない。まるでこの広大な敷地ごと、永遠の夜の中に閉じ込められてしまったかのような静けさであった。
     と、ビリーはようやく見知った顔を視界にとらえた。エントランスへと続く階段の両脇、二羽の大鷲おおわしの彫像の陰に、二人の少年達が心配そうな顔でたたずんでいる。薔薇の花弁が浮かぶ水面と、その上に置かれた赤いソファーを横目に見ながらビリーが通過すると、少年たちは顔を見合わせて階段を駆け下りてくる。ただならぬ様子に、ビリーは敷地に入って以来の疑問を投げかけた。
    「おい、一体何があった?カインに何かあったのか?」
     二人は目線を交わすと、一層悲痛な面持ちとなった。くすんだ金髪の少年が、紅い瞳に悲しみをたたえて聞き返す。
    「ビリーは、カインを見なかったのか?」
     そう言ったのはロック・ハワードという十九歳の少年で、ビリーにとって今でも敬愛してやまないギース・ハワードの忘れ形見である。すっきりと整った容姿の美男子で、身長は一七八センチ。ビリーより僅かに一センチ低いに過ぎない。それがこの夜は、ひどく小さな子どもに見えた。
    「見なかったのかって、まさか、連れ去られたんじゃねぇだろうな」
     敵対勢力が既にカインの身柄を抑えたのであれば、この静けさにも納得がいく。ここにいる意味はなく、とっくにこの場を離れているだろう。しかし、それではロックと、今ひとりの少年、ボックス・リーパーが、所在無げにここに佇んでいる理由がわからない。カインの身に何かあったとすれば、カイン自身は勿論、護衛のボックスとも激しい戦闘を繰り広げたはずだ。ところがボックスは怪我らしい怪我をしておらず、連れ去られたボスを追うこともなく、今にも泣き出しそうな顔で立っている。 
     ボックス・リーパーはロックよりひとつ年少の十八歳で、一九〇センチを超える長身と、それに相応ふさわしい肉体をレザーの上下に包んでいる。綺麗に丸めた頭部の左右に赤い角状のタトゥーが走り、眼光は鋭く、チョコレート色の肌がより精悍せいかんさを際立たせていた。気の弱い者であれば、目を合わせることも出来ないであろう。そのボックスが、小さくかぶりを振って、うつむき加減に言葉を発する。
    「いるよ。カインはあそこに。ビリーは気づかなかった?」
     ボックスの指し示す先を見て、ビリーは愕然がくぜんとする思いだった。そこは水上の赤いソファー。ビリーは確かに横目で見て、側を通って歩いて来たのだ。
     他の者ならいざ知らず、カインの存在に気がつかないなど、絶対にあるはずがなかった。
     カイン・R・ハインラインは、美しすぎる程美しい青年だった。しみひとつない肌は白く、最高級の白磁を思わせる。顔の三方を包む頭髪は、陽光と月光を水晶で溶いて染め上げた絹糸のようであった。左の前髪は自然なカーブを描き、甥であるロックと同じ色の瞳の片方を隠すように流れている。青い縁取りの白いジャケットの下に、同じ色合いの袖のないロングコートを着込み、更にその下に黒いシャツと白のスラックスという、この豪奢ごうしゃな館の主として相応しい出たちだった。
     だが、今夜、その彼が人形じみて見えるのは、常なら生気を帯びて輝く真紅の双眸そうぼうに、何の輝きも見出せないからだろう。カインの美しさは単に生まれついての造形によるものではなく、自ら定めた目的に向かい邁進まいしんする、その生命の輝きが、内から溢れて周囲を眩しく照らすところにある。その光が、今、完全に消え去っている……。
    「今日の午後までは、普通だったんだ」
     ボックスが、ポツリと呟き、記憶を辿たどる。景色が揺れて、夜の瞬きは朝の輝きへと移ろっていく……。


     カインの一日の始まりは早く、毎朝四時過ぎには起きて自主トレーニングに励み、その後シャワーと着替えを済ませ、午前七時三〇分に甥のロックと朝食を摂る。外出の用事がなければ午前中はオフィスで精力的に執務に取り組み、正午に昼食を摂った後は、ロックやボックスとトレーニングや手合わせをすることが多い。その後は三人でお茶の時間を過ごし、また夕食まで仕事をする。夕食後も就寝前まで仕事をすることも多いが、ビリー・カーンが訪ねて来た時は仕事の手を止め、美酒を片手にゆったりとした時間を過ごす。ロックやボックスを招く時もあるが、内容によっては大人だけとなることもあり、そこが二人には少し歯痒はがゆい。
     この日も二人を相手に指導をした後、ガーデンテラスでティータイムを楽しむ。その予定であった。ボックスが紅茶を淹れに、ロックがタイマー設定で焼いておいたアップルパイを取りに、それぞれカインの元を離れる。いつも通りやり合いながら二人がガーデンテラスに戻った時、そこにカインの姿はなく、少し待ってみたが、カインがその優美な姿を二人の前に現すことはなかった。
     確かに、カインはマフィアのボスという立場にも関わらず、自分から刺客を倒しに行くような奔放ほんぽうなところがあった。しかし、約束を無言で反故ほごにするような人ではないと、ロックとボックスは知っている。連絡をしないのではなく、出来ない状況にあるのではないか。不安が急激にせり上がり、二人は音を立てて立ち上がった。近くにいた奉公人に紅茶とアップルパイを下げるよう伝え、別々の方向に走り出す。カインの強さは身をもって知っていたが、だからと言って万能ではあり得ない。特にロックは、自分がカインの弱みになることを知っていた。組織に属していない一般人で、カインの甥。カインを狙うなら、まず自分を利用するだろう。何もロック自身に危害を加える必要はない。その可能性をちらつかせればいいのだ。ただしこれは、確実にカインの怒りを買う行為であり、無闇に取れる戦術ではなかった。もし実行に移すのであれば、入念な準備が必要なはずだ。その準備が整った?あり得ない、と、ロックは思う。それにしては自由に動け過ぎている。それとも、これも作戦の内なのだろうか……。
     広過ぎる屋敷を走り回り、出会う人全てにカインの所在を訊く。ボックスも似たような状況だったのだろう。邸内には緊張が走り、普段気のいい部下達が慌ただしく動き回っている。それが止んだのは、一時間も経った頃だった。
     カインの身に異変はなかった。あったのは、恐らく、精神の方であろう。
     フロントガーデンに配された、星空を眺める為のソファーにカインはいた。ただし、その人物を、カイン・R・ハインラインと本当に呼んでいいのか、彼を知る全ての人間は躊躇ためらうに違いない。虚空を見つめる瞳には何も映っておらず、膝の上に置かれた手には、白い封筒が一通握られている。存在するだけで他者を圧倒する輝きはそこにはなく、全ての機能を停止して消えようとしているかのようであった。
     ロックもボックスも、この屋敷の中の誰もが、深い悲しみと後悔の海に沈み込んでいく。生命エネルギーの塊のようなカインであればこそ、それが途切れた時の落差が大きいことを理解しておくべきだった。かつてそれを知り、側で支えた者がいた。だが彼は既にこの世になく、自分達がその役割を果たさねばならなかった。誰かひとりでは無理であろう。グラント——本名、アベル・キャメロンの代わりを務められる者は、永遠に存在しない。だからこそ、全員で見守り、支えねばならなかったのに、そのまばゆい輝きに視界を奪われ、肝心なものを見逃してしまった……。
    「俺は、俺だけは、カインの傍にいなきゃいけなかったのに」
     深みのあるグリーンの瞳に悔恨かいこんの念をにじませる。ボックスがこのようなカインを見るのは、初めてではなかった。
     それはまだ、ボックスがカインの前に姿を現すことなく、グラントの元で修行に励んでいた時のことだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works