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    Hana

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    Hana

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    #餓狼CotW
    #カイン・R・ハインライン
    cainR.Heinlein
    #ロック・ハワード
    rockHoward.
    #ボックス・リーパー
    #ビリー・カーン
    billyKern
    #グラント

    君はペテン師④ 地上のタイルから接する水上の小島に、危なげない足取りでビリーは渡る。シュロの木と南国風の植物が植えられており、星空を眺める為の赤いソファーの左右には白い花が揺れている。おそらく、蘭の一種だろうが、それ以上のことはビリーにはわからない。彼が理解しているのは、満点の星空を見上げているカインの心を、冥界から現世うつしよへと引き戻す扉を作らねばならない——そのことだった。
     わざと音を立てて、乱暴にソファーに腰かける。音も衝撃も伝わっているはずなのに、カインは何の反応も示さなかった。晴れ渡る夜空には無数の星が輝き、月は柔らかな光を地上へと投げかけている。銀色の光を浴びるカインの姿に、ビリーはかつてギースと共に鑑賞した『ジゼル』というクラシックバレエの演目を思い出していた。
     行く前は事前に調べたストーリーに、本気で腹を立てていたビリーである。ジゼルがアルブレヒトという貴族の男に裏切られ、命を絶って尚、その男を許すなど、妹のいるビリーには理解し難いことこの上なかった。もし妹が同じ目に遭ったらと思うと、はらわたが煮えくり返る思いである。
     しかし、実際の舞台を観たビリーは、衝撃を受けることになる。ストーリーはやはり納得がいかなかったが、乙女のまま亡くなり精霊ウィリーとなったジゼルは、舞台の上で見事に消えて見せたのだ。人の目には見えない精霊のジゼルと踊る、許しを乞うアルブレヒト。ダンサーは確かにいるはずなのに、日が沈む直前の夕陽のように精霊にエネルギーはなく、ただ美しく揺らめいて、消えた。
     隣りに座るカインもまた、生命を感じさせない美しさでそこに在る。だが、あの舞台のジゼルのように消えさせるわけにはいかなかった。ビジネス上の理由もあるが、ロックとボックスの信頼を裏切りたくはなかった。そして何より、つまらないではないか!
     「悪のカリスマ」と呼ばれたギースとは異なり、カインにはそもそも「善悪」という概念が希薄きはくであるように、ビリーには見える。自分を取り巻く人々に対しては温厚で無害だが、敵と認識すれば命を奪うことに一切の躊躇ためらいがない。しかしそれは、あくまで目的の為の手段に過ぎず、取り立てて残虐性を有しているわけではなかった。カインの視野は広く、その射程は遠い。その経路上にある邪魔な小石を取り除く。その程度の感覚であろう。その一方で、認めた相手は敵であっても素直にたたえる少年めいた純粋さもあり、そうかと思えば、高い知能と広い度量で年少者を導く姿は、実際の年齢よりも大人びて見えた。
     絶妙のバランスで混ざり合う幾つもの矛盾を、ビリーは結構気に入っている。だからこそ、今のカインに対しては、心配というよりも苛立ちを覚えるのだ。
     軽く舌打ちすると、右手でカインの形の良いあごを掴み、顔を強引に自分の方へ向けさせた。揺れる白金色の頭髪を、月の光が滑り落ちて輝かせる。ビリーは、魂が抜けて紅玉めいた瞳を睨みつけるように覗き込んだ。
    「俺様が見えるか、カイン・R・ハインライン」
     数瞬の沈黙の後、長い睫毛が僅かに揺れて、紅い瞳にぼんやりと光が灯る。
    「……ビリー、カーン……何故、君がここに……」
     とても完全な覚醒とは言えないが、カインの意識の先端に、ビリーは自分の手が触れたことを理解する。同時に、今触れているその細い糸を、絶対に手放してはいけないということも。
     内心の緊張を完璧に押し殺し、ビリーはとうで編まれたバスケットから、ワインの瓶を取り出した。
    「見えてんならいい。一杯付き合え」
     その瓶を見た瞬間、虚ろだったカインの瞳が大きく見開かれた。向き合っているビリーが驚く程に、カインの意識が、急激に鮮明になっていく。
    「ビリー・カーン、何故、これを君が持っている」
    「……厨房の冷蔵庫に、一本だけあったから持ってきたんだが、マズかったか?」
    「厨房?君は、一体何の用があってそんな場所に?ゲストが立ち入る場所ではないと思うが」
     今までに見たことがない程動揺するカインに、ビリーも困惑の度合いを深めていく。一体、そこまでこだわる理由が、このワインにあるのだろうか……?
    「確かに、行儀がいいとは言えねぇな。ただ今日は仕事が忙しくてな。ランチの後は何も食ってなかったんだよ。食堂で待ってるより、その場で食う方が早いだろ。それでまあ、コイツを見つけて、セラーまで探しにいく手間が省けていいと思ってな。大事なヤツなら悪かった」
     カインの手に、持っていた瓶を返してやる。受け取ってカインは、どこかホッとしたような表情を浮かべた。
     その瓶は本来の持ち主よりも大分可憐で、瓶本体に直接装飾が施されていた。その銘柄は「ドルンレースヒェン」。ドイツ最大のワインの生産地・ラインヘッセンの醸造所で作られた甘口の赤ワインで、ドイツ語で「眠り姫」の名を冠するに相応しく、その上下を淡いピンクの薔薇が、金色のつると共に華やかに彩っている。
    「……これは、サカンドサウスの完全独立化が成ったら飲もうと、グラントと約束していたものでな」
    「それは、何というか……悪かった。勝手に持ち出して」
    「いや、構わない。取り立てて高級という訳でもないしな。むしろ安価な物だが、ビリー・カーン、これにはヴィンテージの表記が無いだろう?何故か解るか?」
    「いや……」
    「醸造所曰く、眠り姫は歳を取らないから、だそうだ。それが私とグラントの友誼ゆうぎが悠久である事と、重なって見えたのだ。それにグラントは、ああ見えて甘口が好きだった。だからこれをと思ったのだが」
     手にした約束のワインを見つめ、カインは愛おしそうに笑った。
    「そうか、他は全て叶えてくれたのに、これだけは果たして行かなかったのだな……」
     親友以上の友、半身である男が困惑する姿を、カインはそこに見出しているかのようだった。
    「まだだ」
     と、ビリーは思う。意識は現世に戻って来たが、カインの目に映るのは懐かしい過去だった。口調は優しく、声色も温かい。それだけにビリーの心は穏やかではいられない。カインの最大の魅力は、現在を通り越して未来を見つめる強さと、自信と活力に満ちた、腹立たしいまでに華麗な微笑である。それを取り戻すのは、やはり、自分ではないだろう。
    「カイン、お前にとってグラントが大事なのはわかる。俺のギース様への忠誠は、今でも変わらねぇからな。だけどよ、お前にとって大事なのはグラントだけじゃねぇだろ?ガキ共がお前を心配してるぞ」
     弾かれたようにカインは顔を上げる。狭窄きょうさくに陥っていた視界が、急速に広がっていく。同時に、夢の中のようなもやが晴れて、クリアになった彼の世界に、二人の少年の姿が飛び込んで来た。この世でたった一人の甥であるロック・ハワードと、アベルから託されたもう一人の「グラント」ボックス・リーパー。……どうして、彼らが見えなくなってしまっていたのだろうか。それがどれ程彼らを悲しませるか、今なら考える必要もないことだった。手にしていた瓶と白い封筒を、丁寧にソファーに置いて立ち上がる。ビリーの前を通り過ぎて、小島から地上のタイルへと足を踏み入れた。それはまるで、冥界から抜け出したオルフェウスの歩みに見えた。
    「ロック。ボックス」
     名前を呼ぶと、優しく二人の少年を抱き寄せた。
    「済まなかった。心配を掛けたな」
     耳元で淡く溶ける音楽的な響きと、背に伝わる温もりは、二人の少年の胸を詰まらせた。伝えたいと思っていた言葉は沢山あるのに、どうしてか、「カイン」と名前を呼ぶのが精一杯だった。年若い叔父の、主君の背を、抱き返す。もしかしたら、若干力を込めすぎたかも知れない。カインの愉快そうな笑い声が耳をくすぐる。今のロックとボックスには、それさえも心地良かった。
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