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    Hana

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    Hana

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    #餓狼CotW
    #カイン・R・ハインライン
    cainR.Heinlein
    #ロック・ハワード
    rockHoward.
    #ボックス・リーパー
    #ビリー・カーン
    billyKern
    #グラント

    君はペテン師⑥ 夜風が四人の喧騒けんそうの中を通り過ぎていく。ビリーが訪れた時とは、何もかもが違う。ロックとボックスに悲哀の色はなく、来客を迎える庭園は夜空の光を受けて輝き、無言の館もにわか活気づいたようであった。やはりここは、「カインの」領域テリトリーなのだと、ビリーは思う。カインの身につけている紋章ブローチには「Fait lux——光あれ——」と刻まれているが、この組織にとってはカインが光そのものだろう。そこが「危ういな」と、ビリーは思う。カインの実力は疑っていないが、ボックスは未だ成長過程にあり、腹心としてカインを全面的に支えるには時間を要するであろう。組織としても若いこのファミリーは、カインの背負うものが余りにも大き過ぎる。それで潰れるような脆弱ぜいじゃくな男ではないが、疲労が溜まれば同じことが起きかねない。
    「グラントが生きていれば」
     そう思わずにはいられないが、それで死者がよみがえるわけではないことも、ビリーはよく知っている。もしそれが叶うならば、ハワード・コネクションのトップには今もギースが君臨しており、ビリーはその補佐を務める幸福な日々を送っているはずだ。だが、現実はそうではない。死者は甦らず、現在はビリーがトップとなり組織を守り、テリーやアンディともささやかな交流を持っている。時は移ろい、変化と不変の両方を受け入れて生きていく。残された者はそうするしかない。
     年少のビジネスパートナーの背を今度は軽く叩き、諦めた口調でビリーは言う。
    「何かあったら相談しろ。ここの卵料理は美味いからな、そのくらいは付き合ってやる」
     カインは二度瞬きをして、表情を和らげた。
    「ではビリー・カーン、早速だが、君にひとつ頼みがある」
    「いいぜ、言ってみな」
    「ビリー・カーン、君が嫌でなければ、一緒に飲んでくれないか」
     赤い革張りのソファーに佇む美姫ドルンレースヒェンに、カインは表現し難い視線を向けた。「俺でいいのか」と、ビリーは訊き返さなかった。訊く必要がなかったからだ。もし自分が敬愛する「ギース様」と飲む為に買った酒があったとしたら、どれだけの月日が流れても、ひとりでは飲めなかったに違いない。その相手に自分を指名したカインの心情を、尊重すべきだとビリーは思った。返事をしようと口を開きかけた、その時。
    「カイン!……俺も、飲んでいいかな。グラントの弟子として、覚えておきたいんだ」
     ボックスの問いかけに、珍しくカインは返答に詰まる。ボックスの気持ちは理解出来たし、自分達はマフィアである。未成年を理由に断るのも、いささかおかしなものだろう。しかし、ボックスに許可を出せば、一歳年長のロックも認めることになる。十八歳はよくて、十九歳がダメとは、さしものカインも言いにくい。また、ロックはカインの甥であると同時に、テリー・ボガードの養子でもある。養父が今まで飲ませていない以上、幾ら血の繋がりがあり、マフィアのボスであったとしても、勝手に飲酒を勧めるわけにはいかない。そう考えるカインである。それがロックにはおかしい。本当にマフィアなのかな、そう思うことも一切ではなかった。
    「テリーも事情を話せば、試飲くらいならいいって言うと思う。電話してみる」
     身を翻して、少し離れた所に移動する。携帯電話をポケットから取り出し、耳に当てる。何コールか目に繋がったらしく、一生懸命事情を説明している。やがてロックは体ごと向き直り、
    「カイン、今回だけ、少しならいいって言ってるんだけど、直接聞くか?」
    「いや……ロックがその手の嘘を言わないのはわかっている」
    「わかった。じゃあ、テリー、ありがとな」
     通話を終えてロックが戻ってくる。珍しくカインは、しかつめらしい表情を作る。
    「いいかね、二人とも。君達は未成年なのだから、一杯、それも試飲程度しか私は認めないからな。そこは肝に銘じておくように」
    「はい、ボス」
     どこか可笑しそうにボックスは答える。ロックも同意を示すが、その表情は晴れやかだった。
    「門出にはさ、やっぱり酒があった方がいいよな」
     三人から向けられた驚愕に、ロックは少しだけ表情を改める。
    「さっきのボックスの話を聞いて決めたんだ。ほら、前にカインが旅を進めてくれたことがあっただろ?……今回はちょっと長くなると思うけど」
    「理由を聞いてもいいかね?」
    「ああ、もちろん。俺、ここに来てからずっと居心地が良くてさ。皆良くしてくれるし、メシは美味いし、電車賃の心配も必要なくて、それに、母さんも帰ってきた。でも、それでここに居続けるのは違うと思ったんだ」
     ビリーもボックスも、このファミリーの誰もが、やるべきことを持ってここにいる。母メアリーにおいては、ここでゆっくりと静養することこそが、カインの望むことであろう。その中で自分は異質な存在だとロックは思った。
    「カインはいいって言うかもしれないけど、俺は組織の一員じゃなくて甥でしかなくて。やることも、せいぜいアップルパイを焼くくらいしかカインの役に立てないし。中途半端だなって思ったんだ。だから、これからのことをちゃんと考えたい。テリー達の世界に戻るのか、この世界に入るのか。入るとしたら、親父の跡を継ぐのか、カインと一緒にいるのか。自分で考えて、自分で決めたいんだ」
     ロックは、そう言って笑った。その笑顔は、少しだけ大人びていて、カイン達の目にこの上なく眩しく見えた。
    「……そうか。寂しくなるが、気をつけて行くといい。経つ日はもう決めたのか?」
    「いや、具体的には。でも長くいると決心が鈍りそうだから、今週中には出ようと思ってる」
    「わかった。では、決めたら教えてくれ。壮行会もやりたいし、それから、アップルパイのレシピをうちのパティシエに伝えていってもらえるかな」
    「いいぜ。でも、レシピ通りに作っても、同じ味にはならないと思うけど」
     ロックが珍しく強気にそう言った時、ビリーとボックスは何かに気づいて「あ」と呟いた。その声はとても小さく、ロックの耳には届かない。カインは気づいていないていで、ロックに問う。
    「ほう、それは何故かな」
    「だってあれは、俺がカインに美味しいって食べて欲しい、そう思って作ってるからな」
     自信満々に答えたロックにボックスは、気の毒そうな眼差しを向ける。
    「ロックって、ほんと、チョロすぎだよね」
    「え?何……」
     ボックスに移した視線をカインに戻した時、ロックはその言葉の意味を悟った。彼の目の前には、とても嬉しそうな表情の、八歳上の叔父が立っていたのだ。言わされた、と、気づいたが、完全に手遅れである。
    「ロックは、俺の一番聞きたかった言葉を言ってくれなかったからな。しばらく会えなくなるのだし、このくらいはいいだろう」
     そう言って片目を閉じてみせる。それはまだ「グラント」を名乗る前、アベル・キャメロンがたまわって以来の栄誉えいよだった。
     ロックは無言で受け止めた後、天を仰いだ。完敗だ、そう思う。同時に、グラントの言っていた言葉の意味が、身に沁みて理解できた。まったく、何と性質タチが悪い詐術だろう。だまされたとわかっても尚、怒る気になれないのだから。いや、それ以前に、少しも悪い気がしないのだ。
    「グラントって、ずっと幸せだったんだなぁ」
     何となく、ロックはそう思う。見上げた夜空の星々が、どこか優しく輝いて見える。ひとつ息を吐いて、視線を地上に戻す。三人がそれぞれの表情でロックを見つめていた。
    「……グラス、足りないだろ?持ってくる」
     気恥ずかしさを隠すようにロックが言うと、
    「いや、どの道ここに四人は手狭だし、私の部屋に場所を移そう。それと何か食べる物も欲しいしな」
    「ああ、それがいいな。もう腹が減って仕方ねぇ」
    「そういえばカイン、ビリーってアポ無しでいい?俺は電話かメールくらい欲しいんだけど」
    「そうだな、正直今更という気もするが、ビリー・カーン、うちのボックスが気にするから連絡をもらえると助かる」
    「しょうがねえな……。今度から連絡する」
     ボックスは、自分の意見が通って嬉しいというより、少し安堵したようだった。実際のところ、本物のビリーであれば連絡などなくても構わないとボックスも思う。問題は、それが偽物だった場合だ。カインの命を狙うのは、敵対する組織だけではない。そこから依頼を受けたプロの暗殺集団も動いている。その為に顔を変えるくらいのことはやるだろう。少し前まで属していたボックスだからこそ、その危険性を誰よりも熟知していた。ビリーが掛けてくるカインの番号は最もプライベートなもので、知っているのはここにいる三人の他は執事のセバスチャンと、今は亡きグラントのみである。管理は厳重を極め、誰かが口を割らない限り漏れることはないだろう。だからこそ、連絡が欲しいとボックスは言ったのだ。
     カインは「ボックス」と名を呼ぶと、グラントからの手紙をその手に握らせた。
    「今後はお前が預かってくれ」
    「……カイン、それは無理だよ。だってこれ、カインにとって大切なものでしょ」
    「そうだ。だからボックス、お前に預ける。そして私が会いたいと思った時は、お前も一緒に読んでくれ」
    「…………はい、ボス」
     返事と共に、深みのあるグリーンの瞳から涙がこぼれる。余程以外だったのだろう、カインは少し困った顔で、白いシルクのハンカチーフを差し出した。
    「泣く程の事ではないだろう」
    「泣く程の、ことだよ」 
     受け取って涙を拭ったボックスは、ハンカチーフとカインを交互に見やる。
    「あの、カイン、こういう時ってどっち?洗って返す?それとも、新しいの買って返す?」
    「どちらでも構わない。お前の好きにしたまえ」
     返事を待たずに、ボックスの両目から新たな涙がしたたり落ちる。
    「……新しいの、買って返す。だから、これ、貰っていい?」
    「それは構わないが、これ以上泣くのはやめてくれ」
    「だって……俺、カインのこと殺そうとしたのに、そんな俺のこと側に置いてくれて、こんな、大事な手紙まで……」
    「いつの話だね、まったく。もういい加減に……」
     泣き止むように言おうとした刹那、背後から別の嗚咽が聞こえてくる。振り向いたカインの視線の先で、甥のロック・ハワードが目頭を抑えてうつむいていた。
    「何故、ロックまで……」
     やや途方に暮れたようなカインに、ロックの感情もあふれ出す。
    「ごめ……俺も、初めて会った日のこと、思い出して……」
    「初めて会った日?」
     カインは記憶を探るが、ロックが泣くようなことに心当たりはなかった。まさか、テリー・ボガードとの別離が、実は今になって泣く程悲しかったのだろうか……?
    「ロック、申し訳ない事をしたな。必要に迫られたとは言え、君の心に傷を残したのは俺の至らなさが原因だ。すまなかった」
    「何で、なん……で、カインが謝ってるんだよ……っ」
    「私が、テリー・ボガードと君を引き離した事ではないのか?」
    「ちが……ッ、俺は、そんなガキじゃねえ……」
     言葉だけは勇ましいが、目元を擦りながらでは全く説得力がない。カインは先程と反対側のポケットから、もう一枚同じハンカチーフを取り出し手渡す。
    「何枚、持って、るんだよ……」
    「人を手品師みたいに言わないでもらいたいな。これは予備だ」
     ロックは受け取りながら、レザーパンツのポケットから青いストライプのハンカチーフを取り出し、カインに向けて差し出した。
    「俺は、カインの借りていくから、カインは、俺の、持ってて……帰ってきたら、返す」
    「……わかった。これは責任を持って預かっておくから、ゆっくり旅して来るといい」
    「こういう時は……早く返しに来いって、言えよ……」
     涙に濡れた声の抗議に、カインは優しい微笑を返す。
    「それは無理だな。ロックとは十七年離れていたが、俺は寂しさを感じたことはない。離れていても、ずっとロックを大事に思っていたからな」
     その言葉を耳にして、ロックは顔を覆ってしゃがみ込む。
    「カイン、ごめん、ほん……っと、胸ぐら掴んで、あんな、嫌な態度取って、ごめん、ごめん……ボックスに、あの時の俺、殺して欲しい……」
    「いいけど、俺……結構、高い……よ」
    「頑、張って……払、う」
    「……うぃ……」
     大泣きしながら妙な会話を交わす二人を、半ば呆然と眺めていたカインだが、やがて——。
    「ビリー・カーン」
    「あ?何だよ」
    「後、任せても?」
    「おまっ……!お前の甥と部下だろうが!」
    「うん、そうなんだけどね。何というか、ちょっと面倒になってきちゃって。君は年下をあやすの得意だろう?」
    「何でだよ……」
    「おや、君には妹君いもうとぎみが居たはずだが」
    「何十年前の話だ!リリィはお前より年上なんだよ!」
     当然の如く、ビリーは首を縦に振らない。カインは艶やかな唇に、革手袋に包まれたしなやかな指を当てる。
    「ビリー・カーン、我がやしきでは養鶏も行っていてね。その衛生環境は日本並の水準なのだよ」
    「はぁ?だから何だ」
    「卵料理好きであれば、一度は食べてみたいと思うのではないか?日本でなければ食す事の出来ない、あの料理を」
    「お前、まさか……⁉︎」
    「そう、我がハインライン邸では、TKG……卵かけご飯が提供可能だ」
    「日本に行かずしてTKGが食える、だと……」
    「そして君も知っている通り、我が家の料理長は日本人……つまり」
    「……つまり?」
    「ご飯の炊き加減は勿論、最も合う専用醤油も作れてしまうのだ」
    「乗った!」
     思わず勢いよく答えてビリーはハッとする。目の前でカインは、いまだ泣き止まない二人の少年の背を、優しくそっと押しやった。
    「さ、二人共、ビリーお兄さんの所へお行き」
    「ビリー!」
     異口同音に叫ぶと、ロックとボックスは大きくはだけた赤と青のストライプシャツに顔をうずめる。
    「お、おい、お前ら……」
     かつて「歩く凶器」と呼ばれた男は、目を白黒させて途方に暮れる。一方、雑事より解放されたカインは、両手を組んで伸びをする。見るからに気持ち良さそうである。
    「ずっと同じ姿勢でいた所為せいか、流石に疲れたな。ゆっくり湯にかるとしよう。あ、鍵はボックスが持っているからね、入ってくれて構わないよ」
     そう言い残すと、バスケットにワインを詰めてカインは歩き出す。ビリーは抗議の声を上げたが、背中に弾き返され届かない。ゆったりとした足取りでエントランスの階段をのぼる。最後の一段の手前でカインは振り向き、階下を見る。ロックとボックス、そしてその二人の少年泣きつかれて困惑するビリー・カーン。思わず口許がほころぶ。そして、水上に置かれた赤いソファー。カインはそこに、目に見えない誰かを見出したようだった。小さく頷くと、ただ一人にしか向けなかった笑顔を浮かべる。
    「行ってくる、グラント」

     おやすみ。グーテナハト|
     また逢う日まで。アウフヴィダーゼン|

     かつてボックスに贈った言葉を、目を閉じて親友以上の友、半身である男へ捧げた。再びまぶたを開いた時、カインの目には、強い光が宿っていた。彼の目は過去を語る為ではなく、未来を見る為にあるはずだった。そうではなくてはいけなかった。セカンドサウスは独立したばかりであったし、彼のファミリーもまだ十年に満たない若さである。やるべきことは山積みだった。そこから逃げて過去にひたっていては、冥界でグラントがさぞ情けなく思うであろう。そのことをカインは誰より知っていた。
     屋内へ続く回廊に足を踏み入れると、執事のセバスチャン以下部下達が、歓喜の表情でカインを出迎える。何事か指示を出しながら、カインは律動的な歩みを止めず、やがて姿は完全に見えなくなった。それから少しして、ロック、ボックス、ビリーも、ようやくその場から歩き出す。
     フロントガーデンは静けさを取り戻しつつあった。だがそれは、悲壮感に満ちたものではない。空には星がまたたき、月明かりが優しく地上を照らし出す。水面は光を反射して輝き、浮かぶ薔薇の花弁の優雅さを際立たせた。そして、水上に置かれた、星空を眺める為の赤いソファー。無人となって、尚、それだけが、この夜を穏やかに見守っていた。


                                 <了>
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