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    Hana

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    Hana

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    #餓狼CotW
    #カイン・R・ハインライン
    cainR.Heinlein
    #ロック・ハワード
    rockHoward.
    #ボックス・リーパー
    #ビリー・カーン
    billyKern
    #グラント

    君はペテン師⑤ 三人の様子を眺めていたビリーだが、やがて大きく息を吐いた。
    「まったく、お前らは手がかかるな」
    「人の家を無料で、食事付きの常宿じょうやどにしているのだ。多少の手間は快く提供して貰いたいものだな」
     体を離しながら、カインは笑う。それは少しも悪びれない、それでいて妙に魅力的な微笑だった。
    「多少、ねぇ……」
     実のところ、ビリーも「こうすればカインを振り向かせられる」という確証があったわけではない。他にやりようがなかったし、グラントもカインの魂を道連れにすることは望まないだろう。そうである以上、カイン本来が持つ強さを信じるしかなかった。ほとんど賭けと言ってよかったが、それをロックとボックスに悟られるわけにはいかなかった。その辺りの苦労を、「多少の手間」で片付けられるのは、やはり、不本意であったに違いない。
     サングラスの奥の瞳から、カインはそれを読み取ったらしい。悪戯っぽい笑みをビリー向ける。
    「確かに、多少、というのは過小評価が過ぎるな。君の仕事が早く片付いて空腹でなかったなら、私はまだ二人に心配を掛けていただろう」
     いつの間にか、カインの口許から笑みは消えて、真剣な面持ちになっている。
    「ビリー・カーン、君に改めて礼を言おう。卵料理でも、酒でも、好きなだけ食べてくれ。無論、他に望む物があれば、出来る限り配慮しよう」
    「最初の二つだけで十分だ。ギャラは多くても少なくても、後々面倒になるからな」
    「……そうか」
     カインは短くうなずく。
    「それで、お前、自分がこうなった原因に心当たりはあるのか?」
     ビリーの問いに、ボックスも、ロックも、カインをじっと見つめる。
    「次こそは」
     二人のその決意を、カインは感じ取ったのだろう。ソファーに戻り、白い封筒を取り上げる。
    「ああ。今回の原因は、これなのだ」
     ……他にどのような欠点があろうと、「怠惰」の二文字とは無縁のカインである。敵対勢力の襲撃や、表の事業でも何か不測の事態が起きるかも知れない。そのことを想定して三日分は先行して仕事を進めているのだが、ここ数日は平和であり、カインが勤勉で優秀な所為せいもあって、三日どころか一週間先まで片付けてしまった。久しぶりに紅茶を飲みながらゆっくり読書でもしようか。そう思い立ったカインは、ロックとボックスがティータイムの準備をしている間に、何冊か本を取りに行くことにした。きちんと整頓されていることもあり、目当ての本はすぐに見つかった。久しぶりに読むタイトルの懐かしさで、何とはなしにページめくる。その中に、この封筒が挟まっていたのだった。
    「これは、グラントが私にくれた手紙なのだ」
     グラントは寡黙かもくな性格で、カインと二人きりであっても饒舌じょうぜつになることはなかった。だからカインが話し、グラントが聞く。それが二人の常だった。カインはそれで満足していたが、グラントの方は、いつも話してくれるカインに対し、いま少し何か伝えたいと思ったようであった。
    「それでこれをくれたのだが……読んでみるか?」
     三人に向けて封筒を差し出す。亡くなった後に勝手に手紙を見るなど、非礼の極みではないだろうか。そう思い、躊躇ためらう彼らに、
    「誰にでも、とは言わないが、君達になら見せても文句は言わないだろう。……いや、文句があるなら、言いに来たらいいのだ。そうだろう?」
     ほんのわずか、紅い瞳に寂寥せきりょうの色が浮かぶ。うながされるまま、ボックスは封筒から、二つ折りになった白い紙片を取り出した。一瞬の間を置いて、便箋を開く。
    「え……?」
     三人は揃って驚きの表情を作る。それもそのはずで、開いた便箋の内側もまた、月のように真白であった。ひと文字も書かれていないその手紙を、カインは柔らかく見つめる。
    「結局、何を書いていいか分からなかったそうだ。だから私は、この手紙がとても好きでね。グラントが、あの大きな体でこの小さな紙片と向き合い、その間ずっと私のことを考えていてくれたのだから」
     敵の多いカインである。大切な手紙は、書斎や私室のデスクにしまっておけなかった。何かを漁るとしたら、真っ先にそこを調べるであろうから。それで愛読書の中に忍ばせておいたのだ。
    「最近は仕事関連の本を読むことが多くてな。久しぶりにその手紙を目にしたら、無性に会いたいと、もう一度声が聞きたいと、そう思ってしまった。それで一緒に星を見たあのソファーに座って、これを持っていたら、見えなくとも側にいられる気がしたのだ」
     カインの精神の強靭きょうじんさを、三人は疑ってはいない。それでも、失うべきではない人を失ったその傷が、この短過ぎる時間で癒えるはずがなかった。特にビリーは、そのことを身をもって知っている。カインの行動を責められようはずがなかった。
    「あの、カイン」
    「どうした、ボックス」
    「グラントはいつも俺の演奏褒めてくれてさ、それで、グラントの好きな曲を訊いたことがあったんだ。そしたら、音楽は聴かないって言ってて。でも嫌いなようには見えなかったから、何で聴かないか教えてもらったんだ」
    「ほう。それは私も初耳だな」
    「……音楽より、カインの話を聞いていたいって、そう言ってた」
     グラントは、どのような音楽よりも、カインがあの声で語る二人の夢の話を、あるいは、他愛ない話を聞くのが好きだった。二人きりの時は、表情もぐっと和らいで、カインは邪気のない笑顔を向けてくれた。自分にだけ見せてくれるその姿を、グラントはたとえようもなく貴重なものに思っていた。
    「だから俺、グラントがカインの隣りで息を引き取ったって聞いた時、思ったんだ。ああ、グラントは幸せな旅立ち方をしたんだな、って」
     敬愛してやまない師匠の最期が幸福に満ちていた。ただそれだけのことが、ボックスには嬉しい。だからこそ、ボックスはカインに伝えなければならないことがあった。
    「カイン、俺は多分、今からとても失礼なことを言うよ。だから、気に入らなかったら殺していいから」
    「随分と物騒だな。言ってみたまえ」
    「うん……。カイン。カインはもう、幸せになってもいいんじゃない?」
     ボックスの言おうとしていることを、カインは正確に察知した。セカンドサウスの完全独立化、その夢は成就した。そうである以上、後はゆっくりと長過ぎる余生を過ごしてもいいのではないか。ボックスはそう問うているのだ。
    「ファミリーの皆が、まだ入ったばかりの頃に教えてくれたんだ。カインが、八歳でこの世界に入ってから、どれだけ苦労してきたか。カインだからつい簡単そうに見えるけど、本当は、あなたは誰よりも努力して、傷ついて、それでも前だけ向いて……。いつも一番キツい選択肢を選ぶカインは俺達の誇りだけど、もう、十分だよ。……どうか、幸せになってください、ボス」
     深みのあるグリーンの瞳が、涙ににじんでいる。命をかけてでも伝えたい、ボックスのその願いが、カインの心に温かな波紋となって広がっていく。
    「そうだな。ボックス、お前の言うことが正しいのだろう。だが私は、こういう生き方しか出来ぬのだ。ゆるせ」
     そう言ってカインは、ボックスの頭を撫でた。
    「……いいよ、カインがそれを望むなら。俺はもう、カインの側を離れないから」
    「そうか。では私も、お前の忠誠に相応しいボスであるとしよう。最後までついて来るがいい」
    「オーケー、カイン。……あのさ、もうそろそろ撫でるのやめてもらっていい?」
    「ああ、済まない。グラントが言っていた通り、丸くて可愛いと思ってな」
    「え?」
    「まんまるだな、お前の頭は」
     最後に軽くポンと叩くと、カインは満足気に笑う。ボックスは口の中で何か呟いたようだったが、誰の耳にも届くことはなかった。それを見ていたロックは、どこか拗ねたような表情を浮かべる。
    「何だよ、撫でられるなら誰でもいいんじゃねぇか」
    「ええと、ロック君、君は撫でられたくないのだと思っていたが、違うのか?」
    「……ロック」
    「何……?」
    「ロックって呼べよ。……わかってるよ、マフィアのボスって威厳?とか、そういうのが大事なんだって。でもここには俺達しかいないだろ。二人きりの時だけじゃなくて、もうちょっと、こう、何て言うか……クソッ、よくわかんねぇけど、カインは俺達を舐めすぎなんだよ!」
    「え?待ってくれ、ロッ、ク……私、いや、俺は君達を馬鹿にしたことなどないよ」
    「馬鹿にしてるとか、そういう意味じゃなくて。その、ビリーは違うって言うかもだけど、少なくとも俺とボックスはどんなカインでも、その、ええと、だから、何て言うか……」
     耳まで赤く染めて言いよどむロックを、ボックスが混ぜっ返す。
    「ええ〜?ロックくんさぁ、肝心なとこ言えないってナシじゃない?」
    「しょ、しょうがねぇだろ。苦手なんだよ、こういうの」
     仲良く応酬を続ける二人を見て、カインは笑い、ビリーは呆れて頭を振る。
    「ったく、アイツら見てると、ここがマフィアの邸宅ってこと忘れそうになるぜ」
    「うん……本当は、ボックスの方こそ、ロックと同じ世界に行った方がいいと思ってたのだけど。ああ言われてしまったらね。ちゃんと面倒見るしかないな」
     今までとは異なる口調に、ビリーは思わずカインに視線を送る。
    「お前、素はそんなカンジなんだな……。まあ、お前の見た目でその口調だと、今よりも舐められるか」
     一度でも戦えばその強さは理解出来るが、優美過ぎる容姿が、それを完全に覆い隠している。それがこの世界において不利に働くことを嫌ってのことだろう。ビリーがそう判断したのは無理はない。だが。
    「それもあるけど、そうだね、ビリー・カーン、ちょっと耳を」
    「何だよ」
     カインは耳元で何事かを囁いた。すると、ビリーの顔色がみるみる変わっていく。耐えかねたように、カインの背中を思い切り叩いた。
    「いった……何で叩く」
    「うるせぇ!その顔で何つー言葉喋ってんだお前は!」
    「顔は関係ないだろ……」
    「余計タチ悪ィんだよ!」
    「言ってる意味がわからないな。とにかく、普通に話すとうっかりああいうスラングが出てきそうになるから、気をつけて話しているのだよ」
     いつも通りの口調に戻ると、カインはにこやかに微笑んでみせた。グラントに向けるものとは異なり、明らかに計算した笑顔である。そのことはビリーにも、嫌という程わかっていた。今にして思えば、先程の口調も本当にカイン本来のものかはなはだ怪しい。ロックの発言でそう思ってしまったが、根拠となるべきものは何もなかった。メリットなどなくとも、単なる悪戯でやりかねない男である。忌々しげにカインを見やると、胸中で
    「相変わらずイカれたクソガキだな」
    と呟き、この夜で最も大きな溜め息を吐いた。
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