十二国記「図南の翼」パロ「図南の翼」パロ
珠晶→フロイド「皆ビビって王にならないなら、オレがなる。そしたら誰にも文句言われねーし、最高じゃあん♡」
恭麒→ジェイド「フロイド、お迎えに参りました」
頑丘と利広と天仙→アズール「僕たちは非常にラッキーです。やはり貴方は『鵬の翼』だ」
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恭国の支柱たる恭王が斃れて27年が経ち、王不在の国には数多の妖魔が跋扈し、旱魃や水害の災厄が全土を覆い、国土は荒れ果てていた。見上げる大人達の顔は草臥れ窶れ果て、幼い頃からフロイドは子守ばあやの諦念の溜息を子守唄に育ってきた。彼は恭国の裕福な商人の息子だ。その育ちの良さからは想像もつかないほど型破りな問題児であったため、常に周囲の大人から怒られていたが、その天真爛漫さで皆から可愛がられて何不自由なく育った。しかし、あまりに自由過ぎる彼は今年12歳になったばかりであるというのに「皆ビビって王にならないなら、オレがなる。そしたら誰にも文句言われねーし、最高じゃあん♡」と言い放ち、周囲が止めるのも聞かずに昇山のために家を飛び出してしまった。昇山とは、麒麟のいる蓬山を目指して黄海と呼ばれる砂漠を旅し、天啓を得る、すなわち麒麟に自らの王の資質を見定めてもらいに行くことである。黄海は果てしなく広がる砂漠で、天にも見放されたと言われるその土地には、恐ろしい妖魔がうようよいる。幼い子供一人ではとても渡りきることはできない。そのため、フロイドは黄海を安全に渡れるために一緒に旅に随行してくれる用心棒兼案内人を銀貨で雇った。大人たちは幼いフロイドの言うことなど、まともに相手にしない者達ばかりだったが、フロイドの出で立ちと王になると言ってはばからない威勢の良い物言いと年齢とのギャップに興味をそそられたらしく、一人だけ快諾してくれた男がいた。銀髪のその男の名はアズールと言った。長年、この黄海で妖魔を狩っては金持ち相手に売り捌く商売をしているのだという。確かにアズールはべらぼうに腕が立つ男だった。妖魔を次々に狩り立てていき、道を拓き、フロイドに過酷な黄海を進む術を教えて、彼らの旅は順調に進んでいった。しかし、途中でフロイドが持ち前の自由奔放さを発揮したせいで迷子になり、一人で妖魔の巣に迷い込んでしまう。妖魔の巣は一見それとは分からない。フロイドはそこが近づいてはいけない場所だとは気づかなかった。巣の中には卵がある。余所者に巣に近づかれたことに怒った妖魔がフロイドに襲いかかるのは当然だった。
目の前に妖魔が立ちはだかり、フロイドは声にならない悲鳴をあげた。しかし、妖魔の牙も爪もフロイドに届くことはなかった。アズールが間に合ったのだ。妖魔を一刀のもとに切り伏せて、返り血を払う彼の表情は厳しかった。すんでのところでフロイドは命を落とすところだったのだ。アズールは、一通りの説教を終えた後に、真面目な顔をして彼に問う。
「どうして、貴方のような子供が昇山しようなどと思ったのですか? 僕への謝礼の気前の良さや、その高級そうな布地で出来た服を見る限り、危険に身を晒しても構わないという家柄のご子息ではないとお見受けしますが」
フロイドの左右で色の違う目は静かにアズールを見つめた。
「王様はオレが生まれる前に死んだ」
拗ねたようなかたい声が落ちる。確かに、恭の国は王を失って久しかった。
「みぃんな、王様がいればってこの国の大人は二言目にはそればっかり言ってる。オレはずーっとイライラしてた。じゃあ、自分が昇山しろよって。自分が王様かもしれないじゃん。この国の全員が山に昇ったら、必ず王様は見つかるじゃん。それなのに、黄海が怖いとか、蓬山に登れる訳がないって言い訳ばっかでさぁ。この国には弱っちいヤツしかいねーのかよ」
フロイドのまだ柔らかな輪郭を残す頬に上気したような赤みが差している。声がうわずっていて彼が興奮していることを示していた。
「王様がいないのに、なんで、ダレも昇山しねーの?」
アズールは、今この子供が行ってのけた内容と、秘めた胆力に密かに驚いた。そして、値踏みするかのような冷静な眼差しを彼に投げる。
「では、貴方は王になる覚悟があるというのですね」
蒼い輝きを纏った瞳をひたりと子どもに向けたまま彼は問う。
「この国の者達全ての生き死にを。運命を。たかだか12歳の小童にすぎないお前が? 全て背負えると? 自分が王になると豪語するのなら、貴方にはその覚悟があるのですか。お前が、お前こそが王の器であると言うのなら、その覚悟を示してください」
問われてフロイドは静かな熱をもった瞳で、アズールの視線を受け止めた。
「何言ってんのアズール。オレ、自分が王になれないことくらい分かってるよ。当然でしょ。オレはそんな器じゃない。最強ってわけじゃない。今だってアズールがいなかったら死んでた。せいぜいあの家を継いで、よくてあの辺で一番の豪商ってとこが関の山だよ。
でも、オレみたいなガキでも昇山できるんだって、大人どもに分からせてやろうと思って。それで、いつか本物の王様が登ってきたら、おせーよって笑ってケツを蹴り上げてやんの」
にひっとフロイドが笑う。片方の金の瞳が陽の光を受けて悪戯っぽくきらっと輝いた。
「ホントは王サマとかどーでもいい。なれるとも思ってない。でも、居ないから不幸なんだって口先ばっかの大人の相手すんのは、もううんざり。王がいないって泣いていいのは、きっちり昇山して、自分は王じゃないんだって分かったヤツだけでしょ」
「フロイド……。お前そんなことを考えていたんですね」
「あはっ。それに、オレが本当に王の器ならこんな旅しなくたって、麒麟の方から迎えに来るっつーの」
そう言ってフロイドはどこか自嘲気味に目を伏せた。もう蓬山は目の前だ。もう少しでこの旅も終わる。そう、油断したのがいけなかった。気配を殺した妖魔の群れがすぐそばまでやってきていたことに気がつくのが遅すぎた。あっという間に取り囲まれ、さすがのアズールも防戦一方になる。フロイドを守りながらの戦いは、彼をじわじわと疲弊させていき、とうとう足を引き裂かれてしまう。血が止まらない。それでも、彼は敵の数を減らし続けた。しかし、仕留めきれなかった一匹が、フロイドに向かって鋭い爪を振りかぶる。逃げきれないことを悟ったフロイドはぎゅっと目を瞑った。しかし、そこに伸びてきた影があった。その影は人の形からいびつに四足歩行の獣へと形を変えていく。それを見てアズールはうっすら笑った。
「僕たちは非常にラッキーです。やはり貴方は『鵬の翼』だ」
フロイドはソレを目にした瞬間、まるで空が落ちてきたのかと思った。鮮やかで美しい碧の鬣を靡かせた一頭の麒麟が妖魔との戦場に風のように躍り出てきたのだ。フロイドと妖魔の前に割って入り、あれよあれよと言う間に楽しそうに角や蹴りで妖魔達を蹴散らしていった。麒麟は慈悲を体現した存在なので、殺生や戦いを嫌うのでは?とアズールは思ったが、口には出さなかった。碧い麒麟は例外なのかもしれない。
「フロイド、お迎えに参りました」
深く染み入るような落ち着いた声で獣は人の言葉を話した。そのまま人の姿に形を変えると、身なりを整えて地面に座りこんだままのフロイドに手を差し伸べた。碧の髪が柔らかく煌めいて春の海のようだった。神々も惚れてしまいそうなほどの完璧な美貌に、凍りつくような冷めた金色の瞳と、深山幽谷に生える老木の葉の瞳をしている。その顔は、なぜかフロイドによく似ていた。ジェイドと名乗る彼こそが、この恭国の麒麟である。恭しくジェイドは頭を垂れ、優美に微笑んだ。
「迎えに来るのが大変遅くなりました。申し訳ございません」
「ど……て……」
「え?」
「どうして、オレが生まれたときにすぐ来なかったんだよ! この、バカ!」
フロイドは立ち上がるなりジェイドの脛を思いっきり蹴り上げた。本当はお尻を蹴りたかったのだが、あまりにジェイドの背が高く、腰の位置まで足が届かなかったからだ。ジェイドはびくともしなかったが、まさか、やっと見つけた自分の主に開口一番で罵られ、蹴飛ばされるとは思っていなかったらしく困ったように眉を下げたまま固まってしまった。フロイドは引き絞るような声を出した。
「……おっせーんだよ、ジェイド。 国が、半分なくなっちゃったじゃん」
「……はい」
「人もいっぱい死んじゃったよ」
「は、い」
「大人も子供も、悪いやつも良いやつも、知ってるやつも知らないやつも皆死んだ。飢饉で、災害で、妖魔にやられて。全部、オレとアンタのせいだよ」
「はい。……はい、その通りです。わが主」
「だからこれから、めいっぱいこき使うから。この国を誰にも負けないくらい強い国にするまで。死んじゃった人の何倍もの人が生きられる国にするまで。
オレを王にしたのはジェイドなんだから、一生、オレのための麒麟でいて」
「勿論です。貴方の御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、誓約申し上げる」
ジェイドが膝をつき、フロイドの擦り切れて汚れた靴の爪先に額をつける。垂れた黒い一筋が地面に触れるのも構わず、ジェイドは顔を伏せたまま微動だにしない。フロイドが少し、戸惑ったような声を出した。
「どうすればいいの?」
「一言、許す、と、おっしゃってください」
「……許す」
僕の選んだ新しい王。いつまでも、この王のそばで支えていたい。ジェイドはようやくそう思える王と出会った。背中に置かれた気丈で幼い王の掌が少しだけ震えているのに気づいた麒麟は、一瞬胸が詰まり、それからそっと微笑んだ。
【終】
注:鵬の翼……王を含む昇山の旅のことを鵬翼に乗ると言います。