あの日と同じ、隣同士。ある日の練習終わり。
この日は、えむの方から前日にあるお願い事をされていた。
「夕飯をご馳走したいから、練習後に残っててほしいの!
それから、練習後すぐにご飯食べるから、練習はいつもより長くやってもいいかな?」
えむや寧々の帰宅時間を考えていつも日があまり落ちないうちに終了してしまうので、後者のお願いに関しては願ったりといった状態だった。
そして、当日。いつもよりも長い時間ということも相まって、練習が終わった時にはあまり動くことがない類でさえも少し疲れたような顔を見せていた。
そんな疲れた重い身体を引きずりながら片付けに入ったのだが、えむはご飯のために少し席を外すといって、着ぐるみたちとどこかへ走って行ってしまった。
「はい、こっちの片付け終わったよ」
「お疲れ様、寧々!こっちも終わったぞ!」
「なら、あとはえむくん待ちか。…一体、何があるんだろうね?」
3人で舞台の縁に腰掛けながら、えむの帰りを待つ。
大分薄暗くなった空は、日が陰ってきたことを表していた。
「……みーーーーんなーーーーーー!!!お待たせーーー!!!」
顔を向けると、いくつもの袋を両手に引っさげたえむが、小走りで此方に向かってきていた。
後ろを追う着ぐるみも、手に何かを持っているようだ。
「えむ、おかえり」
「これはまた、大荷物だねえ」
「ご飯とは聞いていたが……その手にあるのはなんだ?」
「えへへ、これはねー……じゃっじゃーん!」
袋を客席に一度置くと、中から取り出したものを両手で掲げた。
そこにあったのは…
「……焼きそば?」
透明なパックに入った、茶色の麺。
遠目でもそれが、焼きそばであることがわかった。
「うん!焼きそば!それからこっちはたこ焼きと、焼き鳥!デザートに鈴カステラもあるよ!」
手にした袋それぞれに食べ物が入っているらしく、どんどんと食べ物が出てくる。
……というか、だ。
「多いな!?」
「全部4人分というわけではなさそうだけど、これはまたボリューミーだねえ」
「というか、料金大丈夫なわけ…!?」
「だいじょーーーぶ!これ、お兄ちゃん達の奢りだから!」
「……は?奢り……?」
呆けるオレに、えむはうん!といいながら答えた。
「今日ね、実はフェニックスワンダーランドで夏祭りがあるんだ!屋台もあるんだよ!」
「夏祭り……?そんなの去年はあったか……?」
「お金の割にあんまり集客が望めなくって、止めたんだって。でも、今年は若い人も沢山いるから復活しよう!ってなったんだって!」
えむの言葉に、笑顔に、オレ達も、思わず顔が綻ぶ。
オレ達の働きは、ここにも繋がっていたのか。
「ちなみに、去年できなかったこともありますので、皆さんは夏祭りスタッフから除外させていただきました」
「それを着ぐるみさんに聞いてね!それならあれができるー!って思って!」
「あれ……?」
首を傾げる寧々に、ふっふっふー、とえむが不敵に笑う。
「実はね、このステージ、夜に上がる花火がとーっても綺麗に見えるんだ!人も来ないし穴場スポットなんだって、おじいちゃんが言ってたの!」
「へえ……。なら、屋台ご飯を食べながら皆で花火を見よう!ってことかい?」
「うん!あ、ちゃんとレジャーシートも持ってきたんだ~♪」
しゃしゃしゃー、といいながら広げたシートはかなり広く、俺たち4人で寝転んでも余裕があるくらいだ。
「本当に至れり尽くせりだな……。えむ、お兄さん達にお礼を言っといてくれ」
「うん!さ、ここに並べよー!」
「どんだけ買ったの……?」
「これは私共からです。どうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
類が着ぐるみから受け取っていたそれを、横から覗く。
「麦茶……?」
「練習後で汗もかいていますでしょうし、ご飯であればこれが良いかと」
「なるほど。ありがとうございます」
ペコリをお辞儀をして、麦茶を皆に手渡す。
舞台の照明に照らされたそこは、見事な宴会場となっていた。
「よし!準備ができたな!皆麦茶を持て!ではまずはこのオレからの祝辞を」
「お腹すいたから早く乾杯しよ」
「そうだね!司くん早くー!」
「ふふ、ほら座長、お呼びだよ?」
「ってこらお前ら!……まあ、お腹がすいているのならば致し方ないか」
ニコニコと彼らに、オレはため息をついて。
改めて、4人で乾杯した。
「ワンダーランズ×ショウタイムのこれからに!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
---------------------------
「ふー…お腹いっぱい…」
「デザートに用意された鈴カステラから林檎飴まで、全部食べきったねえ」
「えへへ…ぜーんぶ食べちゃったあ…!」
「こら、えむ。食べてすぐ寝ると牛になるぞ」
はーい!と元気に返事をして起き上がるえむの傍で、牛……?と首を傾げる寧々。
そんな寧々に説明するかと口を開こうとした、その時。
ひゅ~~~~…… パーン!!!!
「っわ!?」
「え、何!?」
「これは……まさか」
「あー!始まった!花火だよー!!」
笑顔でステージに縁にいくえむの後に続いて縁に座ると、夜空を大輪が彩っていた。
「思ってたより大きい……し、音がすごい…!」
「確かに本来は……これくらい音が大きいけれど……これくらい音が大きいのは、混んでるところくらい……だからねえ」
時折上がる花火の音で声がかき消されて、会話が途切れる。それくらい、凄い音だった。
会話が途切れてしまうこともあり、みんな会話するのを止めて、大輪を眺める。
オレは、ひっそり横目で、右隣にいる類の顔を見た。
時折花火で顔が照らされたその顔が、まるで新しい玩具を買ってもらえた時のような、わくわくに満ちた表情をしていて。
とても愛しく感じながらも、それを抑えるように目を花火に戻した。
オレは、類のことが好きだ。
気持ちを伝える気もお付き合いする気も全くないけれど、こうして類の新たな一面を知れると、どうしても嬉しくなる。
(……告白、か)
そう言えば、咲希が持っていた少女漫画に、花火のシーンもあったな。
告白が、花火の音でかき消されたんだったような。
……1回だけ。試しても、いいだろうか。
「あ、そろそろ終わりだよ!」
そう言ったえむの声に、考えてた意識が戻される。
もうすぐ終わり。きっと、最後は凄い花火で終わるのだろう。それは絶対、お互い見たい筈だ。
なら、チャンスは今しかない。
耳をすまし、花火の発射タイミングを伺う。
発射された、とわかった瞬間、類の服を引っ張った。
「……司くん?」
「あのな、類」
「オレ、類のことが好きなんだ」
きっと声に、出せていたと思う。
思う、というのは。花火の音が大きすぎて、自分の耳でも拾えなかったからだ。
呆ける類に、「すまん、何でもない」と言って、視線を戻す。
類がハッとなって慌てて顔を戻すのと、最後の花火が打ち上がるのは、ほぼ同時だった。
----------------------
「……類?昼休みに呼び出しなんて珍しいな」
「うん、ちょっとね」
あ、これ休んじゃったお詫びにどうぞ。そういいながら手渡された麦茶をありがたく受け取る。
あのあと。片付けはやっておくからと着ぐるみ達に言われ、別の着ぐるみが運転する車で、俺たちは家に帰った。
何故あの後、類はぼんやりと何かを考えていることが多くなり、オレ達は声をかけても曖昧な返事しかしなくなった。
心配したオレ達は真っ先に類を家に帰し、次の日の練習も類だけお休みにした。
だから、こうして会うのは2日ぶりだ。
「体調はもう大丈夫なのか?」
「うん、まあ。そのことなんだけど。ちょっと司くんに謝らなきゃいけないことがあってね」
「謝らなきゃいけない……?なんだ?」
「うん、あのね」
いいながら、何故か類は此方に近づいてくる。
類の圧に押されて、オレは思わず後退りをしてしまい。
気づいたら、後ろはフェンス、前には類といった状態になっていた。
「お、おい類。だから一体何を…」
「あのね、司くん」
真剣な類の目に、オレは思わず唾を飲み込み、類の言葉を待つ。
「僕ね、読唇術を学んでるんだ」
「……どく、しんじゅつ。心を読む、あれか?」
「ううん。漢字が違う。僕が言ったのは、「唇の動きから何を言ってるか判断する」方だよ」
「ああ、なるほど。………んん?唇の動き……?」
首を傾げるオレに、類は苦笑しながら教えてくれた。
とんでもない、爆弾を。
「うん。だからね、花火の時に言った司くんの言葉も、僕にはわかったんだよ」
「……………………はああ!?」
思わず出てしまった大声に、類が顔を顰めて耳を塞いだ。
それに関しては申し訳ないが、いやそこよりも。つまりは。
「……その……すまん」
「そのすまんは、どれに対して?」
「告白するつもりなんて、なかったんだ」
類の顔を見ることができず、俯きながら言う。
「あれは、前に見た少女漫画を思い出して実践してみただけで、友達のままでよかったんだ。」
「…………」
「……でも、その、同性でなんてと思うなら、オレは諦めるし、気持ちも踏ん切りをつける。
気持ち悪いなら、オレは類に近づかないようにするから、」
「……?あの、司く、」
「だから!」
「……また、抜けるのだけは、止めてくれ…」
ひゅ、と。類が息を呑む音が聞こえる。
自分でも、こんな情けない、小さな声が出るなんて思いもしなかった。
でも、それでも。
あの立ち去る背中を、もう一度見るのだけは。
それだけは、嫌だったんだ。
「ま、待って司くん!僕がしたいのはそういう話じゃない!」
肩を掴まれて言われたその言葉に、恐る恐る顔を上げる。
そこには、何故か顔を赤く染めた、類の姿があった。
「……なん、で……類、顔が赤くなって……」
「これからしようとしてることが恥ずかしいからだよ!ああもう、もう少し演出を考えたかったけど
こんな姿を見て言わないなんてできないじゃないか…!」
そう言い切った類は、顔が赤いまま、真剣な顔で見つめる。
オレはその瞳から、目を離すことができなかった。
「あのね、司くん、僕は……」
その日はお互い、顔の赤みが取れなくて。
結局、午後の授業は、サボってしまった。
それでも、隣にいる温もりが。それがあることが、幸せで。
花火の日と同じように、隣同士に置かれた麦茶を眺めて。
少女漫画も案外、捨てたものじゃないな。
そう思いながら、空を見上げた。