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    しいげ

    @shiige6

    二次創作オンリー※BLを含む/過去ログは過去に置いてきた。

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    しいげ

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    HADESタナザグ。ザグが〇〇になる全部捏造設定の話です。

    ##HADES
    #タナザグ
    tanazag.

    幽明境を”同じく”す冥界に日の光は差さない。こと最奥部である冥王の館など、篝火から離れればいつでも薄暗く、地上からは陰鬱だと敬遠されている。
    だがそこで生じた者には──死の神タナトスにとっては、逆に地上の光の方が眩しくて煩わしい。生き物とは喧しく、死者や霊魂の静けさがいかにも好ましかった。
    例え亡者が牙を剥こうが、鎌の一振りでいくらでも沈黙させられることも含めて。
    そしてこの度も己の務めの間を縫い、地上を目指す王子に襲い掛かる死者たちを沈黙させ、タナトスは館に戻っていた。
    ケルベロスやザグレウスが暴れさえしなければこの館は落ち着いたものだ。
    以前はそれでよいと思っていたが、新たに加わった騒々しさも華々しさも、今は悪いものとは思わなかった。メガイラも冥王の手前口には出さないが煌びやかになった酒場に賞賛を送り、西館の入口を守る亡霊もザグレウスが設置した調度品に心を慰められている。
    タナトスも同じだ。頼んだ覚えはないのに配置された卓や椅子の類。ヒュプノスにも贈られた鮮やかな寝椅子…あいつは寝具がなくともどこでも眠れるというのに。その心配りが何より嬉しいのだろう、皆ザグレウスには一様に感謝を贈っていた。
    それが我が伴侶だとこそりと誇らしい気持ちをフードに隠し、タナトスは定位置のテラスから歩き始めた。
    ステュクスの泉を見に行こうと思ったのだ。ザグレウスが館に帰ってくる場所。次の仕事の時間まで戻りを待つのもいいが、たまには自ら迎えに行くのもいい。

    西館から出て右に折れると、豪華な寝椅子に浮いたまま横になる弟神の姿がある。その前を静々と並び通り過ぎていく亡霊たちは、風に吹かれれば散る空気に近い。
    冥王の館はいつでも薄暗く、ともすれば亡霊の姿など背景に溶け込んでしまう。タナトスの威圧感故か姿があれば霊同士のお喋りは途切れ、ぶつかる質量もないため余計に意識の外に行ってしまうのだ。
    だが、違和感がタナトスの目を見開かせた。
    闇を広く見通せる瞳が、水面を揺らしもせず泉から出現し、こちらへ〈歩いて〉くる〈亡霊〉へ焦点を合わせようと動く。
    輪郭から細部まで認識しようとして。
    俄かに信じがたいそれを確かめるために。

    『………… タナトス 』

    〈亡霊〉の声だ。
    死の神を呼び捨てにできる亡霊は、ザグレウス王子の姿をしていた。


    「──どういうことだ!!」

    思わずがなり立てたタナトスに、通り過ぎようとした一般亡霊たちは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。
    一瞬、ザグレウスの姿も蠟燭の火のようにぶれ、タナトスは慌てて伸ばしかけた手を降ろす。
    『えっと……その、死んだ。』
    ザグレウスの声は肉声ではなく、思念のような亡霊のささやきそのものだ。聞き漏らさないよう触れる直前まで近付くが、立体感というものがまるで感じられない。
    表情を歪めて焦るタナトスに対してザグレウスの答えも簡潔すぎる。もう少しだけ冷静だったら、ザグレウスにもそれくらいしかわからないのだろうと予想がついただろうが。
    混乱する感情を叱咤し、詰めていた息を吐いて、タナトスは改めてザグレウスの姿を見やる。半透明の体の向こう側が透けて見えるのがいまだに何かの冗談に思えた。

    「…ザグレウス。触れても平気か?」
    『え?…あ、その、無理じゃないか?』
    そんなことは予想がついている。それでも一つずつ試していかねばならない。
    ガントレットを嵌めていない手を恐る恐るザグレウスに近づければ、霧を触ろうとした己の愚かさを痛感することになった。
    『触れないよな?』と確認するザグレウスの声すら虚しく吹き抜けるようだ。
    『俺の体は…多分、ステュクス川のどこかに沈んでるんだと思うが…』
    「心当たりはないのか」
    『死んだのはサテュロスの巣の中だ。意識が戻ったらもうこうなってて…泉から上がってみたらおまえがいた』
    チッ、とらしくなく反射的に舌打ちをしてしまう。死者の存在しないステュクスにはタナトスは足を運ばない。しかもサテュロスの巣の中など完全に無法地帯だ。どのあたりに体がありそうか一切の予想ができない。
    いずれはステュクスの流れに運ばれる体を待とうにも、それが意識のない死体のままなら自ら上がってくることはできない。川の中で引っ掛かってでもいるとしたら、広大すぎてカロンですら探し当てられまい。
    そもそも神が肉体を離れて亡霊になるなど聞いたことがない。冥友のように繋がりあった中で魂を飛ばすことはあるが、まるごと魂が彷徨うことはない。
    なぜだ。どうしたら?そればかりがぐるぐると頭を巡り、タナトスは思考に入り込み始める。
    一方、こちらも何かを考えていたザグレウスは突然両手を打つ真似をした。当然、打ち鳴らされる音はないが。

    『なあタナトス、話を聞いてみよう』
    「何?」
    『亡霊が一切何にも干渉できないわけじゃない。物を持ってるやつもいるだろ?どうやってるのか聞きに行こう』
    すう、と立ち上がってすいすいと進むザグレウスを慌てて追いかける。普段はあまりにも騒がしいはずの神が音もなく現れたことは、目的地である酒場の客たちの度肝を抜いた。
    「つまりコックに話を聞くのか…」
    調理場で手際よく腕をふるう亡霊は、確かに包丁を手に持ち、鮮やかに赤玉葱を切り分けている。
    『あ、見てくれタナトス。ガラスには俺の姿が映るぞ』
    この状況で、自分が釣った魚を放流する水槽の前で遊ぶザグレウスに意気が挫けかける。メガイラなら間違いなく頭を殴打していた。肉体がないいま無意味だが。
    『──どうやって物を掴むのか、ですか?』
    触れないザグレウスを小言で引っ張り出し、コックの前に二神が並ぶ。
    ザグレウスの姿を見たコックは奇妙な質問にもすぐに納得したようで、作業の手を止めて話を聞いてくれる。
    『生きていた頃の「掴む」感覚は既に忘れましたが、私は手で持っているというより…こう』
    言ってコックが目の前で包丁を手放すと、包丁は落下せず、コックの手の近くで浮遊している。念動で動かしているということだろう。
    ザグレウスはそのくらいのことでもはしゃぐように声を上げる。
    『柄を持たなくても捌けるなら、どうして手で振ってるんだ?』
    『そこだけは生きていた頃の習慣かもしれません。手で刃を動かすイメージでないとやはり思ったようには捌けないので』
    全ての形を失ったはずの一般亡霊が目と手らしき器官だけは保持している理由は、やはり人間の名残なのだろう。意思は形に宿り、形は意思を遂行する武器であり得る。
    そういうものかと素直に納得するザグレウスに、タナトスははたと気づく。
    (まさかザグレウスは体を探すより亡霊体としての過ごし方に興味を持っているのか?)
    「ザ…」
    『忙しいところ悪かったな。助かった!またうまい食事を貰いに来るよ!』
    コックにふわふわと手を振り、ザグレウスは急ぐように酒場を出た。タナトスの問いかけを置き去りに。


    「…ザグ。体探しはどうするつもりだ?」
    集めた賜物と武器のコレクションが並ぶ中庭で、焦りを堪えて腕を組むタナトスを尻目に、ザグレウスはキョロキョロと武器を物色している。
    なお直前まで”誰か”がいた魔法陣の痕跡があるが、ザグレウスが以前言っていたカロンの差し向けのことだろうと予想できたので追求はしない。当人はどうもザグレウス以外には会いたくない様子だし、それよりはるかに重要な問題が目の前にある。
    『もちろんするさ。それも、武器がないと始まらないだろ?…うん、やっぱりこれかな!』
    選ばれたのはスティギウスだ。だが、愛用の剣の前で立ち止まり、手を伸ばしたり引っ込めたりしながらザグレウスはどうしたものか思案している。
    無慈悲にすり抜けるそれをどうにか念動で吸い寄せようとしているらしいが、剣の意思かザグレウスの不得手分野のためかまるで動く気配はない。タナトスなら念動で水中の魚を捕獲できるレベルだが、瞬間移動と同様、教えられる技能ではないのだ。

    タナトスはその間も思索を続けている。
    (陛下はザグレウスの未到達を知ればすぐにでも館に戻られるだろうが、報告はしばし伏せておくべきだ。先ずは夜母神か女王陛下に相談したいところだが…いずれも今は祖神の領域かオリュンポスだ。陛下の帰還の方が早いかもしれない。メガイラには持ち場がある以上、自分とカロンで手分けして探すしか……)
    焦りが徐々に強まる一方、ザグレウスの能天気とも思える態度に、タナトスは我知らず溜息を吐く。
    事態の深刻さが分かっているのかと小言を言いたくもなるが、そうではない。そうでないことくらいもう知っている。

    「…おまえが虚勢を張っていることくらい理解している、ザグ」

    タナトスの呟きが届くや、ぴた、とザグレウスの動きが止まった。
    振り向く顔には苦笑が浮かんでいる。

    『虚勢…とも言い切れないだろ?幸い魂のあるべき場所は冥界だ。きっと消滅することなんてない。もとに戻る方法を探す時間だってたくさんある…きっとな』

    その表情から滲み出るものに、タナトスは自分の胸がざわりと波立つのを感じる。
    ザグレウスと話すとしばしば、しまったと思うことがある。もっとやんわりと言えばよかったと後悔することが。
    だが、言わなければよかったなどと悔いるのは滅多になく、今がそれだ。
    どれだけ強がろうと、ザグレウス自身が不安でないわけがないのだ。
    もとより彼自身が多くのイレギュラーを抱えているのだから、もとに戻れる保証も、魂が消滅しないとも誰に証明できるというのだろう?
    (ザグが……………消える?)
    すまないと言うことすら失念して、タナトスは己の想像に”血の気が引いた”。

    『…タン、だから、さ。そんな顔をしないでくれよ?な?』

    ザグレウスは固まった苦笑のまま指をタナトスの頬に伸ばす。つい淡い期待をしてしまうが、やはりザグレウスの体は一瞬かき消えるようにすり抜け、感触さえも伝わらない。
    魂そのものには死神すら触れられない。当たり前で容赦のない現実だ。
    (……おまえを救うために、俺は何もできないのか)
    己の職務だったからこそ。繰り返し当たり前のように接し続けてきた魂というものの脆さ、そして異質さを目の当たりにし、悪い想像だけが膨らんでいく。
    (ザグレウスが蝶になったら?違うものに羽化…、いやそうでなくても、戻ることができなかったら?)
    考えただけで耐えられない。それを杞憂と否定してくれる神はここに誰もいない。
    神の輪廻から外れ、手の届かないどこかへ行ってしまったら。魂ごといなくなってしまったら。
    もしそうなったら
    どうし た ら

    (──助けてください、母上)
    生じてこの方一度も口にしたことのない言葉が喉元まで出掛かる。──虚勢を張っていたのは、自分の方だったのだ。

    その時。
    冥界に吹かない微風が、俯く死神の額を掠めて過ぎた。
    …そんな錯覚がタナトスの顔を上げさせる。そこにあったのは、ザグレウスの指だ。
    目の前で、ふわりと浮いた銀の髪が音もなくタナトスの額に落ちかかる。
    『……タナトス、いま……!』
    ザグレウスも驚きの声を上げた。
    ザグレウスの手が、タナトスの髪を揺らしたのだ。
    「ザ…グ…!!」
    掠れた驚嘆の声がタナトスの喉から漏れる。見間違いでも、勘違いでもない。
    「どうやって…」
    『その、どうやって…?は分からないが。なんとかおまえを慰めたくて…触れないことも忘れて……』
    要約すると、ただひたすらタナトスに触れようとしたからだという。

    後の推論からすれば、やはり必要なのはイメージだった。亡霊コックが手で包丁を持つことや、神々が自分の考える物にしか変身できないことのように。
    触れない、と思いながら手を伸ばせばすり抜けてしまい、それよりも強く触れることを願えばその通りになる。
    不安や臆病は神の心にだって簡単に陰を差すのだ。
    さらにそれは、ザグレウスではなく、どちらかといえばタナトスの影響が強かったに違いない。ザグレウスが懸命に不安を隠していたというのに、徒に狼狽し不安を煽った。
    このときそこまで理屈は分からずとも、希望がザグレウスの顔を晴れやかにさせた。

    『な、触れただろ?!もう大丈夫だ、タン!』
    「………そ、う…か」
    楽観と対極にあるタナトスは、ザグレウスほど素直に希望を信じることができない。
    それでも、今はザグレウスに救われた。
    いや今だけじゃない…いつでも、大切なときはザグレウスに導かれているのだ。
    そっとザグレウスに指を伸ばし、やはりそれはすり抜けてしまったところで、冥界に夜の帰還を告げる厳かな気配が広がった。



    *****


    「…まあ、その後の方が大変だったかもな!」
    ザグレウスは再び質量を得た手で柘榴の実をつまみ、口に運ぶ。食事は部屋か食堂でと普段は咎める声も今日はなりを潜める。
    ニュクスの帰還と共にザグレウスの体探しが開始されたが、これが大変難航した。
    ニュクスの推測曰く「私の力が、あなたの魂からもあなたの体を隠すように働いてしまっているのかもしれません。体に戻ったら、次はそのようなことがないよう取り計らいます。また…冥界にとどまり闇の力に触れ続けることで消滅は避けられるものと推察しますが、あなたの魂が遊離している原因については不明です」とのことだ。
    つまり、ザグレウスの体を見つけるのは運と地道な捜索活動しか方法がなかったのだ。
    カロンの領域に偶然流れ着いたのを船主が届けてくれるまでに、地上の時間は人生数人分は過ぎたかもしれないと思うほど長かった。

    「おまえも食べろよ、タン」
    咎められないために許されていると解釈してか、ザグレウスが差し出した実をタナトスは謹んで辞退した。
    正確には、それをスルーして目の前のザグレウスの頭を撫でた。
    「ぅえ?」
    癖のある黒髪を、命を刈る手が愛おしく撫ぜる。それはまさに感触を楽しんでいる手付きだ。
    「あの騒ぎにはほとほと参ったぞ……おまえの責ではないとはいえ、だ」
    毛並みを撫ぜるままにさせていたザグレウスだが、軽口だけは忘れない。
    「戻れたんだからいいじゃないか」
    「よくはない」
    「何がだめだったんだ?」
    全てだ、と言いたいところだったが。
    「……俺が、おまえに触れられなかったことだ」

    タナトスの万感の言葉に、ザグレウスは軽く首を傾げる。

    「おまえは触れようと願えば触れられた。だが俺は、幽体だったおまえにはどれほどに願おうとも……指一本触れられなかった」

    その不安は今思い出しても胸がささくれ立つ。だから再びこうして触れられるようになったことはひたすらに幸福だ。
    だからって俺の頭ばかり撫でるなよ、と、くすぐったがるように破顔するザグレウスがただ愛おしい。

    「頭だけじゃ足りないんじゃないのか?ほら、抱きしめてやるよ」
    ザグレウスはタナトスの手をすり抜け、抱擁を求めて両腕を伸ばす。ちなみにここはプライベート空間でもなんでもなく、手入れされた柘榴の木が並び立つ冥界の玄関口だ。
    衆目を恐れてタナトスはそんな行動はできないと高を括っているようにしか思えない。
    「相変わらず人の話を聞いていなかったようだな?そこは、俺がおまえを…」
    言い終わる前に、ザグレウスを連れてタナトスは空間転移を敢行した。わっ、というささやかな驚きの声だけを置き去りに。


    降り立った先は、当然のようにザグレウスの自室だ。
    徒歩移動が当たり前のザグレウスにとって、これほど僅かな移動も待てないタナトスに時折おかしみを覚える。実は自分よりよほどにせっかちなんじゃないかと。
    「予想はしていたようだな?」
    必要以上には驚かない王子に、死の化身も心得たように頬を緩める。
    「勿論。それと、さっきは聞こえなかった。おまえが俺を…なんだって?」
    「おまえはすぐ調子に乗る──」

    そこで言葉が切れても、ザグレウスは満足気な笑みでタナトスを待ち受ける。焦らすのも焦らされるのも、王子の苦手の範疇だ。
    タナトスは一歩前に出るようにしてザグレウスに自分の身を沿わせ、腕を回す。ザグレウスもそれに応えた。
    身長差ゆえにどうしてもタナトスの肩口に頭を埋めるような形になり、そのままザグレウスが口を開くともごもごと擽ったい。
    「……おまえに触れられなかったときは…正直、辛かったよ。嫌なことばかり考えてた」
    タナトスも同じだったが、違いは、ザグレウスは辛いときこそ弱音を吐かないことだろう。
    それで自分の中の意地が崩れてしまうことを知っているのだ。今回のことでタナトスも身をもって知った。
    それを知った今、あとからでも、不安を吐き出してくれる相手が自分で良かったと思う。
    分かち合える喜び。
    体温を感じ呼吸を感じ、肉体の動きを直に感じながら、さきほど言いそびれた言葉をザグレウスの耳に吹き込んだ。
    いや、願いのぶん少しだけ形を変えて。


    「抱き締めたいのは俺の方だったんだ、ザグ」
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    😭😭👏👏❤❤❤❤👏😭👏
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    REHABILIお題「タナザグ前提で、ザグへの惚気にしか聞こえない独り言を誰かに聞かれてしまうタナトス」
    表情や言葉ではあまり変化はないけれど、内側ではめちゃくちゃ影響受けていて思わず言葉で出てしまったタナトス…という像で書かせて頂きました。ありがとう御座いました!
    肖像画は笑わずとも かつて、死の神にとって休息とは無縁の物であった。
     世界が世界である限り時間は止まらない。常にどこかで新たな命が花開く様に、常にどこかで命の灯火が消え死者が案内を待っている。そう、死の神は常に多忙なのだ。己の疲弊を顧みず職務に没頭しなければならぬ程に。だが神であれ肉体を伴う以上「限界」は存在する。タナトス自身はその疲労を顔色に出す事はほぼ無いものの、母たる夜母神にその事を指摘されて以来、意図的に「休憩」を挟むようになった。地上の喧騒、死者たちの呪詛、そんな雑音と言葉の洪水の中に身を置く反動だろう……休息で必然的に静寂を求めるようになったのは。ハデスの館も従者や裁定待ちの死者がいる以上完全な静寂が漂っているわけではないが、地上のそれに比べれば大分マシだ。厳かな館の片隅で、ステュクスの川面に視線を落とし、そのせせらぎに耳を傾ける。かの神にとって、それだけでも十分に心休まる平穏な時であった。
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