三脚「一眼レフカメラを使用する際に下で支えるもの...3本足のあれです。あの道具の名前は知っていますか?」
VIPルームで今日の売上を記入してる際にかけられた言葉に顔を上げる。今、この時間は支配人として自分を雇っているアズール・アーシェングロットに...オンボロ寮の監督生は世間話か何かをされたと思い「確か、三脚ですか?」と返した。
彼は時折、このように世間的や謎かけのような事をしてくる。上に立つ立場の事はよくわからないが部下との円滑なコミュニケーションを取ろうとしているかもしれない。
「当たりです。よく、ご存知で。」
「あれ、私もしかして馬鹿にされていますか?」
自分がいた世界でも『三脚』という名の道具はあった。この魔法が飛び交うような世界と同じ使い方をする、アレ。
「(...小さい時にお父さんが使ってたな。)」
確か、あれは運動会だったろうか。保護者たちが競うように場所取りをし我が子を少しでも近くでカメラに収めようとしていたあのイベント。監督生は朧気ながらも思い出されたシルエットになんだか懐かしくなり俯き目を細める。
「監督生さん。」
しかし、凛としたテノールに呼ばれハッと顔を上げた。支配人である蛸の人魚はその綺麗な顔を少し歪ませながらこちらを見ていた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せたその顔は確かに苛立ちを表している。
「す、すみません。仕事中にボーッと、」
「三脚とは不思議だと思いませんか?」
異世界からきた少女は遮るように言われた言葉に思わずビクリと肩を揺らした。苛立ちと他にも、言うならば焦りが含まれた強い声。
「3本足というのに重たいカメラを支えている。基本的に陸で重たい頭を支えているのは偶数...ええ、2本足や4本足。だというのに三脚は3本という奇数で支えている。」
ね、そう思うでしょう?と言うようにニコリと笑みを見せながら首を傾げる彼に「は、はい。」と震える声で返した。何故か分からないが指先が冷えて背中に冷や汗が伝う。
「...ああ、そうだ。監督生さん、これは知っていますか?」
クスクスと口元に手を当てるアズール・アーシェングロット、その細められた瞳が人間のものでは無いことに気が付きヒュッと喉がなった。逃げなければ、と思うが足が動かない。震える身体を抑えながら足元を見ると、右足に蛸足が絡みついていた。
「人間の頭はボーリングで使われる玉くらい重いそうです。」
「それを支える人間の足は2本、今ここに貴方と僕がいることを考えると4本ある事になりますね。」
「...監督生さん、僕は貴方の『2本目』と『3本目』の足になりたいんです。ねぇ、良いでしょう?」