君を攫いたい 乱凪砂「……このまま攫ってしまってもいいかな」
「え」
突然私の髪をサラリと指を通しながらそう言った。Treatでは甘い言葉をかけるのが今年のテーマらしく、どんな甘い言葉をかけてくれるのかワクワクしていると、思わぬ路線で私は固まってしまう。
「大丈夫?」
そんな私の表情を伺うように顔を近づける彼は、心配そうな顔をしていた。
「凪砂くん、どこでそんな言葉覚えてくるの……」
「この間読んだ小説にこの台詞があったから。君に言いたいなと思ってたんだ」
悪戯をするような意地悪な顔で微笑む。こうやって新しい知識を私に伝えてくれるのは嬉しいが、こういったことは私の心臓が持たないのでやめてほしい。
「でも、素敵なセリフだね。攫いたいなんて」
少し考えた彼は、「あぁ」と言うと静かに近づき、私の耳元で囁いた。
「……攫ってしまいたいのは本当。君が私だけのものになったら良いのにね」
そう告げると、ふふっと笑って何処かへと行ってしまった。私は、このうるさい心臓を抑えることなんて到底できなかった。