ハッピーエンド最近ネロの様子が変だ。
ブラッドリーとネロは冬の国と春の国の友好の証として結婚した、いわゆる政略結婚というやつだ。
ネロはこの結婚にあまり乗り気ではないようだが、ブラッドリーの方はむしろ望んでいたことであった。
二人はまだ小さいころに春の国で出会い、数時間ではあるが一緒に過ごしたことがある。
ネロの方はそのことを覚えてはいないようだが、ブラッドリーはしっかり覚えており、その時からネロと結婚したいと思い続けてきたのだ。
そんな十数年にも及ぶ片思いの末、念願叶って結ばれたわけなのだが、ネロの方に全くその気がない、どころか当初はブラッドリーのことを嫌がっている素振りすら見せる始末である。
さすがのブラッドリーもこれは堪えた。せっかく結婚したのに嫌われていては意味がない。
何とかネロの気を惹きたい一心で、春の国に近い場所に二人の城を建てたり、料理をしたいだとか祭りに行きたいだとかいうわがままも聞いてやった。
ネロの気持ちの整理がつかないうちは寝室も分けて別々に寝るようにし、最近はよく喋るようになったし気を許しているようなところがあったから、そろそろかなと思い始めた矢先のことであった。
「ネロの様子がおかしい」
公務の最中、側近である部下の男に話かける。この男はブラッドリーが最も信頼する部下のうちのひとりである。
「ネロ様ですか?」
「そうだ。だいぶこの国に慣れてきたかと思っていたが、最近どうも様子がおかしい」
男はブラッドリーの城にもよく来るのでネロとももちろん会ったことがある。
「どんな風にですか?」
「俺様が話しかけても目を合わさない。ああ、とかふーん、とか返事もあいまいだ」
「そうでしょうか?私が城にお伺いした時は挨拶してくださって、おまけに焼き菓子まで頂きましたよ」
それを聞いたブラッドリーはギロっと男を睨んだ。俺とはまともに話さないくせに家来の男には挨拶して菓子まで渡すのか?
ブラッドリーの扱いには慣れているのか、男は睨まれても怯むことはない。表情一つ変えない。
イライラしながらブラッドリーが続ける。
「しかもだ。最近は食事も一緒にとりたがらない。時間をずらして別々に食いたがる」
ネロは料理を作るのも好きだが自分の作った料理を美味しそうに食うやつの顔を見るのも好きなのだ。多分。
その証拠に、ブラッドリーと食事をするときはいつも顔色を窺うように見ており、食べた後「美味い」と言ってやると満足そうな顔をするのだ。
そんなネロが料理だけ用意して一緒に食べたがらないなんて、それはまるで…
「ブラッドリー様のことを避けていらっしゃるのでしょうか?」
ブラッドリー自身が考えていたことを男に言われてしまった。
「・・・心当たりがねえよ」
否定したいが状況証拠が揃いすぎている。ブラッドリーともあろう男が、ことネロに関してはずいぶん弱気だ。
「ネロ様に直接聞いてみては?」
「かっこ悪りいだろうが」
「ブラッドリー様はネロ様にお気持ちを伝えられたことはございますか?一度きちんとお話してみてはいかがでしょう?」
そういわれてはっとした。
挙式はネロが冬の国にやってきたときにセレモニーとして行った。
ただの形式ばった儀式の一つではあるが、その中でお互いに守り支え愛することを誓った。
しかし、個人的にブラッドリーからネロに対してプロポーズをしたのは、そういえば幼いころ出会ったあの日だけで、再会してからはしていない。
ネロのことが好きで結婚したのだから当たり前の事実過ぎて大事なことを忘れていたのかもしれない。
「ネロ!」
ブラッドリーは帰宅するやいなやネロの元を訪れた。
ネロはキッチンで夕食を作っている最中のようだった。
突然声をかけられたことにびくっと肩を跳ねさせ驚いたネロは、一瞬目が合うもののすぐにかき混ぜていた鍋に目を戻しこっちを見ずに「おかえり」と呟いた。
そんな態度にイラっとしたが怒っている場合ではない。ネロにちゃんと伝えようと思って早く帰ってきたのだ。
「おい、ネロ。話がある」
「それ今じゃなきゃダメか?夕食作るのに忙しいんだけど」
「ダメだ。でないとまた適当な理由付けて夕食も別々にしようとするだろうが」
「それは…」
ネロが黙り込んでしまった。
はあ、と小さくため息をつく。
「じゃあ、夕飯作りながらで構わねえから、話を聞け」
キッチンでプロポーズ、締まらねえなあと思いながらブラッドリーは単刀直入に伝えた。
「ネロ、俺と結婚してくれ」
ネロが鍋をかき混ぜていた手を止め、ばっと驚いた顔でブラッドリーの顔を見た。
とても驚いた表情をして、でもよくよく考えながら冷静な声で「…もう結婚してるけど?」と言った。
「そうゆうことじゃねえんだよ!」
「どうゆうことだよ?!」
「だから!俺はお前が好きだってことだよ!」
今度は驚いたままで、目をぱちぱちさせている。
「え…?そうなのか」
「はあぁぁ…やっぱわかってなかったのかよ」
「いや、だって!お前一度もそんなこと言ったことなかったじゃないか!ちゃんと言葉にしてくれないとわかんねえよ!」
じわじわと言葉の意味を理解してきたのか、かああ、と顔を赤くさせていく。
「そうだな。俺が悪かった。ネロ、もう一度言うぞ」
もういっぱいいっぱいなネロを差し置いてブラッドリーは続ける。
「お前が好きだ。俺と、結婚してくれ」
耳まで真っ赤にしたネロが目を潤ませながらブラッドリーを見つめる。首に手を回しぎゅっと抱き着いてきた。
「返事は?」
ネロの頭を優しく撫でながらブラッドリーが尋ねる。
「…そんぐらいわかれよ」
「ちゃんと言葉にしてくれねえとわかんねえな」
とぼけてみせると真っ赤な顔でこちらを睨みつける。かわいいだけで全然怖くない。
抱き着いたまま、ブラッドリーの耳元に唇を寄せてネロが囁く。
「俺も、ブラッドのこと…」
最後の言葉は聞こえるか聞こえないかというくらい小さい声であったが、ブラッドリーがにやりと口角をあげたのでどうやら聞こえたらしい。
寄せられた唇に噛みつくようなキスをする。ずいぶん遠回りをした。その時間を埋めるような長いキスだった。
そっと唇を離すと二人は見つめ合う。
「今日からは一緒に寝よう」
見たこともないほど満面の笑顔で「うん!」とネロはうなずいた。