ポッキーの日【ポッキーの日】
昼休みの屋上は、僕と司くんだけの貸切状態。ゼリー飲料をさっさと飲み込んで僕は作りかけの機械をひたすら弄っていた。黙々と僕の隣で司くんがお弁当を食べている。静かな屋上には、風の音と校庭ではしゃぐ学生の声が聞こえるくらいだった。遠くから消防車のサイレンが小さく聞こえる。何かあったのかな、なんてぼんやり思いながらネジを外した。カラン、と床にまとめて置けば少しだけコロコロと回る。
「ご馳走様でした」
司くんが丁寧に手を合わせてそう呟いた。どうやら食べ終わったようだ。片付ける音が聞こえてくる。そちらは向かずに僕は機械の蓋を外した。中にはコードやパネルなど沢山詰まっている。それを慎重に指で退けて、置くから細いコードを引っ張った。その先にあるパネルにドライバーを向ける。
「なぁ、類」
「なんだい?」
司くんに呼ばれて、条件反射で聞き返す。目は逸らせないので、なるべく優しく返すのを心がけた。特に気にする様子のない司くんの声が返ってくる。
「類は、ポッキーとプリッツならどっちが好きだ?」
「…んー、ポッキーかな?」
「おぉ!そうか!やはりな!」
なんとも楽しそうな声が返ってきた。というか、なぜ今そんな事を聞かれたのだろうか。どちらかと言うとポッキーだけど、あまり食べたことは無いのでどちらでも良かった。何となく適当に答えたが、司くんは満足そうだ。ガサガサとビニールを漁る音がする。そう言えば、今日は珍しくビニール袋も持っていたっけ。特に気にはしていなかったけれど、思い返せば司くんにしては珍しい事だった。
「実はな、オレもポッキーの方が好きなんだ!
どれも好きだが、冬限定のこれとかも美味しかったな!」
「へー…」
「あとな、これはイチゴだが、デザインがとても…」
「ふふ、司くんもお菓子が好きなんだね」
意気揚々と話す司くんに小さく笑う。こんなにも楽しそうな声は久しぶりに聞いたかもしれないね。きっと、表情もとても楽しそうにキラキラしている事だろう。いや、ショーの話をしている時はいつもそうだったかな。ようやく一つ作業が終わった。今度はその隣のパネルを直さなくちゃね。ゆっくりとドライバーで奥のパネルのネジを回す。
「…そうだな、お菓子は好き、だが…」
「…」
「今朝、咲希が教えてくれてな」
「何をだい?」
カチャカチャと機械を弄る音が響く中、先程までの勢いが少しおさまっている司くんが、僕へ話しかけている。言葉を選ぶような、言い淀むような声音だ。お菓子が好き、と言ったことを気にしているのだろうか。子どもっぽいと思われたと、恥ずかしがっているとかかな。思いの外司くんは子どもっぽいと言われる事を気にするからね。カチャカチャと音が響く。司くんの方から、ピッとビニールの包装を破く音がした。
「今日は、ポッキーの日らしいぞ」
「そうなんだね」
「だから、その…途中のコンビニでつい目についてしまってな…」
「ふふ、司くんにしては珍しいね」
登校中にコンビニに立ち寄るなんて珍しいけれど、もしかしたら咲希くんと一緒だったのかな。二人は本当に仲が良いからね。咲希くんとコンビニでお菓子コーナーを見る司くんの姿が浮かんで、つい笑ってしまう。目の前の機械は漸く作業が半分というところまで来た。背を少し丸めて、機械の中をじっと見つめる。少しでもズレて傷をつけてしまったら、事故に繋がってしまうかもしれないからね。慎重にしないと…。
「…オレは…」
「…」
「………類と一緒に、食べたかったんだがな…」
消え入りそうな司くんの言葉に、ぴたりと、僕の手が止まる。今、なんと言われたのだろうか。目の前の機械はさっきまで自分で弄っていたのに、別の何かに見えてくる。ゆっくりと司くんへ顔を向ければ、彼は俯いてイチゴ味のポッキーを口にしていた。サクサクと小気味いい音が聞こえてくる。
「……ぇ…」
からん、とドライバーが床に落ちた。司くんの綺麗な白い人差し指が最後の一口をその唇に押し込む。ふに、と柔らかそうに彼の唇がその形を変えた。もぐもぐと咀嚼する彼はこちらを見ない。琥珀の瞳はじっと手元の袋を見つめていた。ごくりと、僕の喉が鳴る。
(ぇ、…待って、それって、つまり…)
朝、咲希くんから今日が何の日か聞いて、コンビニでポッキーを見つけた時に僕と食べたいって思って、お昼休みにわざわざ持ってきたって事で良いんだよね??2本目を取り出した司くんは、そのままそれを咥えてサクサク食べ進めていく。僕が顔を向けているのは分かっているはずなのに、頑なにこちらを見ようとはしなかった。これは、拗ねているのかな?きゅぅ、と胸が鳴って口元が緩む。
(なんだい、それは…)
可愛い恋人の態度に体が震えた。さっき楽しそうだったのは、僕に構って欲しかったからでいいんだよね?ちらりとビニール袋の中を見れば、お菓子の箱が幾つか見える。緑色のパッケージも見えたから、多分僕がどちらを答えても良いように用意していたのかもしれない。それがわかって、さらに胸が熱くなる。心臓の鼓動が早まって、心なしか顔も少し熱い気がした。手に持った機械を横に置いて、両手を司くんの方へ乗り出す形で床につく。
「ねぇ、司くん」
名前を呼べばちらりと目だけで僕を見た。琥珀の瞳には若干だけれど涙の膜が張っているようだ。素っ気なくしてしまったのは申し訳なかったかな。僕としては返していたつもりだけれど、司くんは放っておかれたと寂しくなっていたみたいだ。それがまた可愛くて、緩みそうになる口元に力を入れて引き結ぶ。ごくん、と司くんが咀嚼し終わったものを飲み込んだ。
「……なんだ」
ムスッとしたような声に、ぞく、と背が震える。これは確実に拗ねている。構ってくれなかったくせにと訴えるような目で、僕を見てくる司くんが可愛らしい。僕の返答を待たずにもう一本取ろうとする司くんの手を取る。彼の指をグッと引き寄せて顔を近づければ、ほんのりとイチゴの様な匂いがした。その白くて甘い匂いを付けた指先をペロッと舐めると、「ひぁ、…」と裏返った様な声が彼から漏れる。高い声音が、情事の際の彼を思わせた。
「な、ななッ、なにしてッ…!?」
「…構ってあげなくて、ごめんね?」
ずり、と彼へ身体を寄せれば、後退ろうと彼が背を引く。それを逃がすまいと腰に手を回して引き寄せる。真っ赤に顔を染めた彼の手から、ポッキーの袋が落ちた。お腹がくっつくくらい身を引き寄せれば、胸を逸らして司くんが離れようと藻掻く。片手で司くんの頬を撫でて、反対側の頬へ口付けた。
「んッ…、る、類ッ…?!」
「ねぇ、僕にも頂戴」
「わ、分かった!分かったから離せッ…!!」
グググッ、と僕の胸元を必死に押しやろうとする司くんは、震えていて全然力が入っていない。そんな弱い力で逃げようとする姿が僕の加虐心を煽る。逃げられないように更に腰を引いて、僕の足の上へ乗せれば驚いたように彼が目を丸くした。恥ずかしいのか更に彼の抵抗が強まる。あんなにも可愛い事を言ったのに、今更逃げようなんて許せるわけないのにね。彼の後頭部へ手を回し、一気に僕の方へ引き寄せその唇を塞ぐ。
「んぅ…ふっ…」
「…ん、甘ぃね」
「ッ…ふぁ、…ぅい…ん…」
開いてる口に舌を差し入れて、上顎を舐める。彼の舌と絡めて、じゅ、と吸えば、司くんの背が震えた。お菓子の甘い味がする。これはこれで楽しいかもしれないね。苦しそうに僕の胸元を叩く司くんから、ゆっくりと唇を離せば肩で息をしながら睨まれた。琥珀の瞳は涙が滲んでいて、睨まれていても怖くはなくて、逆にとても愛らしい。ぺろりと唇の隅を舐めて見せれば、彼は乱暴にカーディガンの袖で口元を拭った。
「お、お前は、毎度好き勝手にオレを弄びおってッ…!」
「おや、司くんは僕とキスはしたくなかったかい?」
「いきなりするなと言っているんだッ!!」
ギャンギャン騒ぐ司くんが、犬の如く吠える。その顔が真っ赤に耳まで染まっているので、照れ隠しだとすぐに分かってしまった。ぴったりとくっつく胸から、とても早い彼の鼓動が伝わってくる。それがまた愛おしくて、僕はふふ、と笑う。床に落ちたポッキーの袋を拾えば、僕の膝の上にちょこんと座ったままの司くんが首を傾げた。
「一本貰うね」
「…欲しいなら最初からそう言え、バカ」
「ふふ、はい、司くん」
あーん、と言ってあげれば、数秒置いてから司くんが「はぁ?!」と素っ頓狂な声を上げた。ボフッと顔から煙が出そうな程に紅潮する様がまた可愛い。うにうにと引き結ばれた司くんの唇にポッキーの先を押し付ける。むむむ、と抵抗していた彼は、渋々その口を開いた。そっとその口に入れてあげれば、サク、サク、とゆっくりと咀嚼していく。最後の一口を指で押し込んであげて、真っ赤になった彼が恥ずかしそうにそれを良く噛んで飲み込んだ。ぷるぷると震える司くんの頬を僕は両手で包み込む。
「何がしたいんだ、お前はッ…」
「ふふ、いただきます」
「へ…?…ッ、ぁ、んぅ…」
文句を言う司くんに一言断って、僕はその唇を塞ぐ。さっきと同じように舌で口内を舐めて、舌を絡めて吸ってあげれば、とろとろに溶けた司くんがくたっと僕にもたれかかってくる。一度目よりも長く深いキスに腰の抜けた司くんは、肩で息をしながら僕を睨みつけた。つーっと涙が一粒その柔い頬を伝っていく。
「司くん、確か食べ物は残しちゃダメなんだよね?」
「…お、お菓子は別だッ…」
「だぁめ」
僕は袋に残っているポッキーが全てなくなるまで、一本一本丁寧に司くんへ食べさせてあげた。その度にキスをする僕を、司くんは涙目で睨み続けるのだ。予鈴のチャイムのせいで、個包装の一袋分しか食べれなかったけれど。残った分は他の奴と食べる!と頬を膨らませて走って逃げた司くんの背を見送って、僕は帰りにコンビニに寄ることを決めた。今日は放課後、ショーの練習もあるからね。練習後は疲れて甘いものが欲しくなるはずだ。
「…ふふ、放課後が楽しみだね」
夕方、練習終わりに司くんが真っ赤な顔でわなわな震えながら僕を指差すのは、また別のお話。