毛繕い 雲深不知処には、綿毛のような真っ白なウサギが生息している。
いまは全部で何羽いるのか、途中で数えることを諦めてしまうほど多くいるが、そのはじまりは魏無羨が藍忘機に贈った二羽だということを知っているのはごく僅かだ。
ウサギたちは藍忘機のことがそれはもう大好きで、彼の姿を見るや否やわらわらと集まってくる。
一羽一羽代わる代わる抱き上げ、ゆったりと撫でては白い綿の塊の機嫌をとる藍忘機を、魏無羨は草むらに横たわって眺めていた。
いつまでこの光景を見続けていればいいのか、三羽目ですでに飽きてしまい欠伸をしていた魏無羨の視界に、二羽のウサギの姿が映った。
一羽はほかの個体と同様に白いが、もう一羽は黒い。
雲深不知処に来て随分と経つが、黒いウサギを見たのははじめてのことで、魏無羨はそのウサギに興味を持った。
黒ウサギは、傍らにいる白ウサギが藍忘機のもとへ行こうとしているのを、周囲を駆け回って進路を妨害したり、戯れ付いたりとなにかと邪魔しているようだ。
白ウサギは最初は動じていない様子だったが、黒ウサギが執拗に戯れ付いてくるのに、だんだんと腹が立ってきたのかやり返すようになってきた。
「ハハッ!いいぞ、頑張れ。そいつをなんとかしないと藍湛に抱っこしてもらえないぞ」
最初は喧嘩しているように見えた二羽だったが、次第に互いを毛繕いし始める。
そうすると、今度は白ウサギのほうが黒ウサギが逃げ出すのを追いかけては毛繕いし、背中や尻付近を丹念に舐めているようだ。
「あれ?なんか様子が……」
魏無羨が首を傾げると、いつの間にかウサギから解放され傍らに立っていた藍忘機が屈んで彼をすっと抱き上げた。
「藍湛。抱き上げるのは俺じゃなく、あっちのウサギだろう。ああやって二羽で時間を潰してずっと順番を待ってたんだ。でもちょっと様子がおかしくて」
「あの二羽はいい」
「いいってどういう意味だ?」
相変わらず言葉が少ない藍忘機の意図を読み取ることができない魏無羨がウサギに視線を戻そうとすると、なぜか彼の夫はそちらに背を向け歩き始める。
「これから判る」
「判るって、あいつらの姿がお前でもう見えないんだけど」
藍忘機はこれ以上はなにも言わず、魏無羨を抱きかかえたまま静室へと戻った。
そして、魏無羨は彼が言わんとしたことを、その身をもって知ることとなる。
【了】