約束/前編(サンズ視点)サンズは考えあぐねていた。
フリスクが大人になるまで手は出さないとトリエルと「やくそく」したのだ。
やくそくを交わしたのは、フリスクが成人するまであと2年という時だった。
サンズは付き合うまで何年も待ったのだから、あと2年くらい待つのはなんてことないと、当たり前のように返事をした。
彼にはいつまででも我慢できる自信があった。
しかし1年後
フリスクはそれを強く、強く、望みはじめる─
*
「サンズあそぼ」
玄関を開けると、そこにはフリスクが可愛らしい水色のワンピースを着て立っていた。
サンズの眼窩に浮かぶ光がわずかに縮む。
「…フリスク、今日は用事があるってパピルス達の誘いを断ってなかったか?」
「うん、あるよ用事」
今日、パピルスはアルフィー達と海へ行くと言っていた。フリスクは用事があると言ってその誘いを断った。フリスクが行かないならオイラもやめとくよ、とサンズも誘いを断った。
パピルス達は出掛け、フリスクは用事。今日はサンズにとって久しぶりの一人きりで過ごす休日…になるはずだった。
頃合いを見計らって、「フリスクの用事」が何なのかこっそり見に行くつもりではあったが。
フリスクはにこりと微笑んで言った。
「私には『ひとりきりのサンズ』に、会うっていう大切な用事が」
少し開いた瞳から覗くケツイの光はまっすぐにサンズを見据えていた。
この瞳にサンズは弱い。ニンゲンの強い意志はモンスターの心をすぐに飲み込んでしまう。
どうやら最近フリスクと2人きりになるのを避けていたのがバレているようだ。先週はトリエルと3にんで食事、先々週はアズゴアのところへ。その前はメタトンの舞台を見に行ってメタトン、ナプスタ、バガパンの打ち上げに参加した。
今日はパピルス達と海へ行くはずだった。フリスクが「用事がある」と言いださなければ。
「あー」
動揺を隠すようにフリスクの髪に手を置き、くしゃくしゃと掻きまぜる。
「なんだ、そうか。オイラとふたりきりになりたかったのか?へへへ、かわいいな」
まんまとやられた。
*
「まぁ座んな」
サンズがソファに座ると、フリスクはその隣にピッタリとくっついて座った。
大人になっても小柄なその体はサンズの背をわずかに追い越せなかった。ほんのわずかな差だがまだサンズのほうが大きいと言える。
その事に悔しがるけれど、あえてヒールを履かずにずっと「負けて」いるフリスクを、かわいいとサンズは思う。
2人がモンスター達公認のカップルになって1年が経った。
手もつなぐし、ハグもする、別れ際にはキスもする。サンズはフリスクを絶対に手放したくないし、フリスクが望むことはなんだって叶えてやりたいと思っている。ただ、ひとつを除いては。
「あのね…学校の友達がね、彼氏とお泊まり旅行に行ったんだって。…でね」
ぴたりとくっつけられた体から、緊張の色が漂ってきた。
学校というところはやっかいで、フリスクは友達からいろんな情報を仕入れてくる。
「あー旅行、いいねぇ」
「…うん」
旅行に行きたい…わけではないのはわかっている。近道で既に色んな所に行きつくしている。
そう。ここ最近のフリスクの望みはひとつ。
だけどそれを叶えてやるわけにはいかない。
「行きたいとこあるなら連れてくぜ?オイラいろいろ近道知ってるからさ」
「あ、別に行きたいところがあるわけじゃなくて」
「うん?」
「その…私はサンズがいればどこでも…いいし…」
フリスクの手がサンズの手に触れる。
心配になるくらいに熱い。
「あのね私」
触れたところからフリスクの感情が流れ込んでくる。強く、強くサンズを求める感情だ。甘くて、どうしようもなく切なくて、サンズは思わずその手を離して立ち上がった。
「フリスク、なんか飲むか?」
勇気を振り絞り何かを伝えようとする小さな肩を、本当なら今すぐ抱きすくめてしまいたかった。
だけどもう今は抱きしめたら止められる自信がない。フリスクから発せられるその気持ちはサンズをかき乱して冷静な判断が下せなくなる。
モンスターはニンゲンの感情に弱い。
はじめは手を繋ぐだけでフリスクは満たされて、ハグをすれば満たされて、キスをすればいっぱいいっぱいで。サンズもそれでよかった。その先を望むような感情になったことはあるけれど、自分の欲は簡単に抑えられる。サンズがフリスクの心を満たして幸せにする。その満たされた感情が、触れたところからサンズに流れ込んでくる。それがサンズの幸せだった。
しかし、フリスクの望みがその先になってからは抱きしめることすら我慢せねばならなくなった。
─うまくいかないもんだよな…まぁあと1年だ。
1年我慢できれば
しかしジュースを手に戻ってきた時には、フリスクの姿はなかった。
*
傷付けたかったわけじゃない。
守りたかっただけだ。
フリスクの気持ちを無視するつもりは無かった。
でも結果はそうなった。
自分が我慢すれば。
自分さえ我慢できれば。
でも違った。
我慢するのは自分だけじゃなかった。
触れなくなった手に傷付いてた。その心に気付いてなかったわけじゃないのに。
近道をしてフリスクが通るであろう道へ出る。
姿は無い。
フリスクの家も、学校も、よく行く店も、彼女が行きそうなところはすべて回って見たが、姿はなかった。全部の場所に笑顔でこっちを見ているフリスクの記憶が残っている。
─あぁ、違う
フリスクがいるのは、ここじゃない。どこにいたってフリスクが見てたのは。
サンズはその体を自分の部屋に「近道」させた。