愛の手紙と悪魔を追いかけて『おまえ宛の手紙だぞ!』
そうやって彼女はにこやかに両手でラグヴィンド宛に蝋で封がされた手紙を渡してくる。その笑顔が眩しかった。ピッチリとしたボディラインがよく映えるビキニに、ふわふわと柔らかそうな褐色の肌が眩しい身体。そして輝く笑顔とくれば落ちないわけもなくて。
「……君がよければここにいないか。金だって郵便局よりも多くの賃金を僕なら出せる」
「うーん……俺は金目当てで働いているわけじゃないんだ。この仕事をしていればいろんな奴に会えるだろ?それが楽しいから仕事をしているんだ。現におまえにも会ったしな?」
ベッドでゴロゴロしながらもなだらかな太もものラインを見せつけつつ、猫のように伸びをして身体を伸ばす彼女は先ほどまで自分に奉仕してくれたとは思えなかった。
『えっと、そういうサービスってわけじゃないんだが……するか?』
『する』
一目見た時から気にはなっていた。朗らかに笑う笑顔も勿論素敵だったが、男としてはその魅力的な体から視線が逸らせなかった。本人は自称悪魔らしいがほぼ淫魔……のはずだ。きゅっと引き締まった腰とボリュームのある尻、そして何よりビキニからこぼれ落ちそうな胸にアンバランスな小顔と一点唇だけが紅く主張してくる。毎回にこやかに手紙を渡して少しだけ世間話をする時間が最近何よりも楽しかった。彼女が来るであろういうもの時間を心待ちにしてしまっていて。なんとか引き止められないかと糸口を探していたら稼ぎがという話になってその身体に捩じ込むだけねじ込んでいたのだ。
「や……えっと……そういう店とかでもなくて……俺はそんなつもりは……」
「その、すまない……つい……」
「……旦那はそういうところに行くのか?」
「いや!違う!」
慌てて否定をするが、きょとんとした悪魔からはほのかに甘い香りも漂っている気がする。何よりネクタイさえ挟んでいるそのデカい……何がとは言わないが充分に大きいそれは魅力的で、正直我慢ができないと言えばそうで。視線を感じ取ったのか、可愛らしい郵便屋は冒頭の言葉を放ったのである。
「(どうすれば僕のものになるんだ)」
悪魔はもうそれはすごかった。
『どっちが好みだ?』
と慣れた程で聞いてきた時には若干他の男にもしたことがあるのかとムッとした気配を感じ取ったのか結局両方してくれたし、一晩そのまま明かしてしまったが、最高によかった。だから引き留めようと朝にゆっくりベットの中で、ここに住んでもいいのだと背中から抱きしめながら問い掛ければ、一箇所には止まらないとばかりに言われ、挙げ句の果てには今日も勤務だからと仕事に向かってしまったのである。
『美味しい朝食ありがとう!また配達があったら来るからな!』
あんなに甘い一夜を過ごしてなんなら自分のものになれば働かなくてもいいとまで言ったのに、それで靡かないなんて……ラグヴィンドの資産の上に乗れるのがなんの不満があるのかと思ったが、不満があるというよりかは、本当に仕事が好きなのだろうと察する。
好奇心が尽きない悪魔は自由に飛び回るからこそ惹かれたのだろうし、ここで簡単に手に入っては面白くない。なんせ相手は悪魔である。その手練で何度昨晩は昇天させられたかわからない。だが、今後は身体だけの関係と思われるのは嫌だ。彼女の全てが欲しいし、そばにいて欲しい。そうつらつらと考えていれば、いつのまにか彼女の配達の時間だった。
「さっきぶりだな!今日はこれだけだ!後お誘いするなら仕事が終わってからにするんだぞ!昨日はあれが最後だったからいいものの、まだ配達残ってたらめんどくさいことになるんだからな!」
「名前を」
「ん?」
「君の名前を聞いていない」
「ん〜……名前を教えるってことは呪いだってかけやすくなるんだ。旦那様の名前だって教えてもらうことになるぞ?」
「構わない。僕は本気だ」
「いきなり誘いにのるからてっきり欲求不満かも思ったのに……俺以外に可愛い女の子はいるし、旦那なら選びたい放題だろ?」
そう、二人はずっと名字や仮の名前で呼び合っていたのだ。悪魔はカエヤ、男はラグヴィンドの旦那としか互いに呼びあっていない。魔法や呪術が蔓延る世界では真の名前は正体がバレることと同義であり、だからこそ通称を使うことが多い。それこそ真名なんてものは家族か大事な相手にしか伝えない……つまりはそういう関係になりたいということだ。
「君はある程度知恵も回ることがわかったから話していて楽しいんだよ。頭がカラで胸がでかいだけの女とは違う」
「あのなぁ〜旦那様……それ外で言うなよ……?仕方ないな……等価交換だ。互いの名前を握り合う。それでいいか?片方に何かあったらどちらも呪われかねないぞ?」
「いいよ」
「思い切り良すぎるだろ……一番こういう関係性で伝えちゃいけないと思うけどなぁ……」
男の本気に呆れる悪魔。もしかしたら過去にも似たような男がいたのかもしれないし、この可憐さである。言い寄った奴もいたのだろうが、そんじょそこらの虫に負ける自分ではないとの意気込みに押されたようになってしまった悪魔は渋々と口を開いた。
「ガイア。名字は伝えないぞ」
「充分だよ。僕はディルック」
「……俺が悪魔だってわかってるか?」
「わかってるよ」
満足したかのようにガイア……ガイアか、と何度も名前を反芻するディルックにもう……とやれやれと頭を緩く振っていれば、ディルックは懐から取り出した手紙に何か書いているらしい。はて、受け取っていない郵便物でもあったかな?と首を傾げていれば仕事とばかりに差し出された。
「……遅くなったけど、これを届けて欲しい」
「ん?誰にだ!?いつでもどこへでも届けるぞ!」
「君宛にだよ。名前がわかったから互いのイニシャルを入れておいた」
途端に固まるガイア。名前を手にしたと思ったらこんなことをされるとは思ってもおらず、思わずフリーズする。大体今名前を書いて渡せるなど確実に最初から名前を告白させる気満々だったではないか。受け取ったはいいものの内心動揺して慌てふためいていたところ……
「そっ、そういうキザなことができるなら先にやれよ!順序おかしいだろ!?」
「僕もそう思うのだけど、改めてアプローチさせてくれないかい?」
落ちるまで逃さないとばかりに鷹の目をした御曹司に狙われることになった悪魔はやはり名前なぞ教えるものではなかったと戦慄しながら、出会うたびに愛の言葉を囁いてくるディルックに四苦八苦する日が来るとは思わずに悩むばかりになる日々を送ることになるのであった。