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    urouro_ta__

    @urouro_ta__

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    🐞💄、かきかけ

    「名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまったんです!」

    目の前の女性は顔を赤らめてそう言い放った。僕ははあ、とため息をついた。
    事務所には幸か不幸か皆出払っていた為、彼女の応対は僕が一人で行っているという訳なのだが。

    「…なるほど、で、あなたのご相談というのは一体何です?」

    敢えて、質問する。

    「…彼を探して、彼に会わせて下さい」
    「その、プラチナブロンドの長髪で、ちょっとしかめた眉、挑発的な目付きで、口紅の似合う、真っ黒い服装をした背の高い例の『彼』、ですか」
    「ええ、ええ、そうです。あなた方に頼むリスクは分かってるつもり。お礼だっていくらでもします。それでもいいの。彼を見て、私は分かったの。これは運命なんだって!だって、私はそう感じるの」

    女はうっとりとした顔でそう言った。何が運命、だ。彼のことなんか何も知らないくせに、…『リスクは分かってる』?全く笑わせてくれるな。ただの人探しなら、ここに来る前にもっと宛はあるはずだ。そう、もっと、『まとも』な。十中八九、彼女は例の彼の目星がついている。だからまっすぐこの事務所へ来たのだ。
    そんな訝しげな僕の視線に、女は気付いたらしかった。先程の惚けた表情が嘘のように、女は機嫌の悪そうな顔をした。

    「…まあ、子供にはまだ分からないかもしれないわね。前金はこれ」

    ぞんざいな言葉に、ぽんと雑に放られたリラ札の束は嫌味な程分厚かった。

    「回りくどい事言ったけど、要するに、私、今度の週末が暇なの。彼の予定を押さえておいてって、そういう事よ」

    女は試すような視線で僕を見た。僕が何も返さないでいると、女は大きなため息をつく。そして、机の端に置きっぱなしになっていた灰皿に目を留め、手で引き寄せた。赤いネイルがキラリと光った。そして煙草を取り出し、火を付ける。長い煙が上った。

    「はあ。…ねえあなた、新入りでしょ。※※※っていう建設会社、聞いたことないかしら」

    女は小さなバッグから名刺を取り出し、札束の横に添えた。そこには女が先程告げた会社名と、男性の名前が印字されている。僕が名刺を一瞥すると、私のパパよ、と女は笑った。

    「ねえ、彼に伝えて。※※※からあなた達への資金援助、減らされちゃったら困るでしょ。これはあなたにも関わってくる事だと思うんだけど、どうなの?」

    女は勝ち誇ったように言った。

    「…あなたが仰る通り、僕はまだここに来て間もない。従って、事実関係を確認しないことには、僕はあなたの依頼に肯定も否定も出来ません」
    「そう、固いのね。ま、一回彼に聞いてみたらいいわ。繰り返すけど、今週末、お願いしたいの。じゃあ、そう言う事だから」

    女は一方的に言って席を立った。カツカツとヒールを鳴らして、玄関口に向かう。と、くるりと振り返って今一度僕に向かって来た。椅子に座ったままの僕に、女は笑って耳打ちをした。

    「…ブチャラティには内緒にしてね」

    そして女は去っていった。煙草の吸殻から、一筋煙が上っている。


    事務所に戻ってきたアバッキオは一人だった。僕は名刺を差し出す。経緯を話すと、彼は何でも無いような顔で言った。

    「で、どこに連絡すりゃいい?」

    独り言のようなそれ。アバッキオがくるりと名刺を裏返すと、細い字で表の会社の番号とは異なる別の電話番号が書かれていた。彼はフン、と鼻を鳴らす。そのまま電話機へ向かおうとする彼を、僕は制した。

    「…何だよ」
    「電話をして、どう返すつもりですか」
    「どうも何も、今週末っつったって、相手と落ち合うなら日時を決めなきゃ話になんねえだろうが」
    「…受けるつもりですか?」
    「拒否権はねえだろ。その女が言ってた事は正しい。あそこから俺たちはそれなりの額で金を回して貰ってる」
    「…僕達は女衒じゃありません。まして、あなたは物じゃない」

    思わず語気が強くなる。彼を金で買い叩こうとするあの女が気に入らなかった。同じくらい、それを何とも思っていなさそうな彼も気に入らなかった。

    「こんなことはよくある事だ。スポンサーがご所望なら、多少の無理は通るし、呼び出しだって理由は色々ある。金の回収、恫喝、用心棒ってのもあったな。今回の女が何を希望しているにせよ、よくある事なんだよ」

    アバッキオは少しあやすような、珍しく優しい口調で僕に言った。それがまた気に障る。

    「でも、彼女は『ブチャラティには言うな』と言いました」
    「呼び出しには色々ある。ブチャラティは、…こういうのを好かねえ」

    僕が彼の名前を出すと、アバッキオは途端に顔をしかめて、特にこういった類はな、とぶっきらぼうに付け足した。

    「だが断れば角が立つ。ブチャラティが事を収めたとしても、だ。また、そのためにブチャラティが割く労力や時間が無駄だと俺は考える」
    「…そのためにあなたが貶められたとしてもですか」
    「てめえには関係ねえ。そして、ブチャラティにも関係のねえ事だ。何せ今回の件に関してあいつは何も知らない」

    彼は低い声で唸った。僕は、アバッキオに声を掛けたのは失敗だったと気付いた。恐らくあの女は何回かこうした依頼をしてきて、そして今まではブチャラティが上手く躱してきたんだろう。だからこそ、新入りの僕が一人の時に、敢えて、事務所へ来たんじゃないのか。とそこまで考えて拳を握り締める。

    「あなたは、」
    「あ?」

    光に透ける瞳が僕を見据えた。明るく、その癖底の見えない不思議な虹彩。腹立たしいのは何故か僕で、本人は涼しい顔なのが、それがまた腹立たしくて、思わず唇を噛む。

    「あなたは、どうしたいんですか」
    「俺がどうしたいか、だと?」

    僕の詰問に、返答は意外性を持った自問を含んでいた。その瞳が見開かれて、普段は睫毛に翳るその瞳に光が当たり、一層色が淡くなる。…馬鹿馬鹿しい。そんなのって馬鹿馬鹿しい話じゃないか。まるでそんなことなんて考えてもいなかったとでも言うようなその顔。馬鹿じゃないのか。他の誰でもない、それはあんた自身の事だって言うのに。

    「チームの事、ブチャラティの事、こんな事はよくあるだなんて、そんな事はどうだっていいんだ。あんたはどうしたいんですか」

    気付くと胸ぐらを掴んでいた。アバッキオは僕の背に引き摺られて腰を折った。

    「札束さえば積めば簡単にあなたが来ると思っているような女ですよ。侮辱にも程がある。そんな奴の所に本気で行く気なんですか?」
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