【WEBアンソロ】夢の伝言バーでたまたま隣に座った青年が、いくら男から見ても美人で綺麗だったからといって、好きになった覚えはないし、好かれている覚えもない。枕元に立たれるような理由はない。
2度目に会ったときに教えてもらった「鯉登」と言う苗字が、聞いたことがある大企業のものと同じだからといって、俺がどう思ったかなんて相手には関係のないことで、だから、やっぱり、そこに鯉登さんそっくりな男が立っているのは、おかしい。
実際は立っているのではなくて空中で器用に座って浮遊している、大体幽霊のようなものだと思う。足の先まで見えているが、靴だ。黒い長靴。
星のついた袖と線から、恐らく軍人の服だと思う。
ベッドから見上げる俺の視線に気づいたのか、はたと男がこちらを見て口を開く。
「貴様! 私のことが見えているのか?」
「いえ見えてません」
「いや返事してるなら聞こえてるしなんなら目も合ってるから見えてるだろ!!!」
キエエと夜に似つかわしくない叫び声が上がる。やはり鯉登さんとは少し違う。
本当は昨日から見えています、と言ったらまた騒ぐだろうから、言うのを辞めた。
「ふん、しかし貴様大分健康的な生活を送っているようだな!」
どこを見てそう言っているのか分からないが、横になっている俺を上から下まで眺めて、満足げに頷く。
「はあ……お陰様で」
「ふん、そうだろう! 私がこっそり嫌な上司に嫌がらせしてるからな!」
「何してるんですか、」
やめてください、という言葉を続けようとして、抗えない眠気に瞼が落ちる。
朝になったらすっかりそんなことを忘れて、1日をこなし、寝る直前にまた現れた鯉登さん似の軍人を見て、そういえば昨日の夜もこの人と話していたんだと思い出す。
昨日は状況を把握せずに寝てしまったが、指は動くし顔も動かせる。金縛りではなさそうだ。
「おっ! 今日も寝たな、月島ァ!」
あまりにはっきり見えている幻覚に、頭を抱えたくなる。
何よりこれから寝ようとしているときにわざわざ出てこられるには騒がしすぎる。昨日は寝たけど。
今日は男は空中に寝っ転がって浮遊している。多分この人ものすごく器用だと思う。
「日中は楽しそうだったではないか!」
美味しそうだったなあ、酒、とニコニコする男に、今日まさに顔がそっくりな人とご飯を食べたことを思い返す。
見れば見るほどよく似ている。表情豊かなところとか、ずっと機嫌がよさそうなところとか。
興味本位だった。質問が口を滑り出る。
「あなた、誰ですか?」
「私か? 私はな、」
自分より上背のある鯉登さんが、上手に上目遣いをするのが好きだった。かわいくて。
夜パフェを食べたいと一緒に寄ったカフェで、鯉登さんがこちらを見上げた。
「その……今度の週末、誕生日か?」
「えっ、はい。なぜ知ってるんですか」
「その……」
鯉登さんは言い淀んで手元のコーヒーカップをつついた。
「ゆ、夢で……お前に似た男が最近よく出てきてて……今度お前の誕生日だって、言うから」
その言葉に驚いて、スプーンを取り落としそうになった。カチ、とスプーンの先がグラスにぶつかって、我に返る。俺も、そうだ。毎晩少しずつ話している、いつも名前を聞く前に寝てしまう人が、いる。
「俺も……実は、毎晩見てて」
「え?」
「鯉登さんに似た人を。軍服着てませんか?」
「そうだ」
お互いに顔を見合わせる。喉が渇く。勇気は思ったより軽く声になった。
「今度うちに来ませんか」
「えっ、いいのか?」
「ええ。鯉登さんが来たら、日中その人にも会えるかも」
理由はなんでもよかった。この人と関係を進めたいと、自分が思ったことが。向こうが自分と似た人と夜な夜な話していると、言うから。
「やった。ケーキ買っていかないとな」
「その辺のでいいんですが」
「そうはいかん! 楽しみにしてろ!」
ニコニコ鯉登さんは笑った。
反対に恨めしそうな目をして、鯉登さんによく似た男がこちらを見ている。
「なんですか」
「なんでもない」
「なんでもないことないでしょう」
怒っているような、拗ねているような。
「言いたいことがあるなら今言わないと、日中は分からないんですから」
男は腕を組んでむすっと口を閉じ、顔を逸らした。これは拗ねている。
「あなたも会いたいんですか?」
俺に似た人に。
そう言うと、少し俯いてから、頷いた。
「寝ている間じゃないと、会えない」
「……」
思ったよりハードルが高かった。黙ってしまった俺を見て、男はもう一度顔を逸らした。
「お前たちふたりがどうなるのか、どうなりたいのか、」
私には決める権利がない。
消えそうな声でそう言う顔は、やはり鯉登さんと同じで、そんな顔をさせたくないと思った。
告白をした。
鯉登さんはちょっと固まって、すぐに首に飛びついてきて何事か言っていたが、よく聞き取れない。ひとしきり騒いだ後、落ち着いた鯉登さんを前に口を開く。
「その、本当に下心なしに、もう一つ試してみたいことがあって、」
俺が言い淀むと、鯉登さんは首を傾げた。
「今日泊っていきませんか?」
「ああ、月島のそっくりさんか」
鯉登さんが頷く。話が早い。
本当はきっともっと段階を踏んで泊まってもらった方がいいんだろうが、逆に中途半端に時間が過ぎた方が泊まりづらそうだ。まだ、コントロールできるうちに。本当にできるかは分からないが。
「私はてっきり起きている間に見えているのだと思っていたんだが、あれは寝ている間に見えていたんだな」
「そのようですね」
男が沈んだ声を出したときの表情を思い出す。
できるだけ早いうちに、会わせてやりたいと思う。
「よしそうと決まれば風呂だ!ルームウェアを貸せツキシマァ!」
「はい。あ、ドライヤーはないです」
「ないのか!?!?」
お急ぎ便で頼んでも今夜はこないか、とぶつぶつ言いながら風呂に行く背中を見送る。
苦笑いをしながらサイズの大きい新品のルームウェアと、新品のバスタオルを出してやる。
「礼を言うぞ月島ァ!!!」
やはり夜に似つかわしくない声だ。
先日から打って変わって元気な声に、ほっとする。
「ちゃんと会えた!!」
「よかったですね」
誰かの腕をぐいぐい引いているようだが、そこには誰も見えない。
きっと、俺似の軍人なのだろう。
ふと優しい顔をして、男が笑う。
「お前たちも、これからうまくいくといいな」
「そうですね。これからです」
頷くと、男は満面の笑みで、叫んだ。
「私を、鯉登音之進を、大事にしろよ!」
もう、枕元に彼が立つことは、ない。