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    しおん

    🪄(ブラネロ|因縁|東と北)

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    しおん

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    瀕死のネに人魚の肉を食べさせる夢をみるブの話。

    #ブラネロ
    branello

    おまえに愛される権利がある 長時間の飛行で心底くたびれて、たらふく食べたら眠っていた。厄災の傷は時折役立つが、基本的にはやはり厄介極まりない。今回も随分と辺鄙な場所まで飛ばされた。
     皿を空にした直後にはテーブルに突っ伏した。目を瞑ったのは早かったが、即座に意識が飛んだわけではない。まだ微かに意識があったとき、ブラッドリーの耳はところどころ聞き逃しながらも、それなりに音を拾った。
     起こさないよう慎重に食器を下げ、遠ざかる足音。焼き立てのアップルパイを嬉しそうに頬張っていた幼い魔法使い二人と賢者が、声のボリュームを落としてひそひそと交わす他愛ない会話。なんの話だこれは。童話? 眠りの底に沈みかけていて、内容が途切れ途切れにしか届かない。
     一度は食堂を後にした男が戻ってきたようだ。文字をまだ満足には読めないリケが甘えたように「ネロ!」と呼び、慌てて口を噤む気配がする。今度は囁くように「ネロ」と言い直した。
    「どうした?」
    「えっと、絵本を読んでほしいんです。でも……」躊躇うようにリケは小声で続ける。「談話室に移動した方がいいでしょうか? おやつを食べ終わったら」
    「そうですね……ブラッドリー、疲れてましたし……」
     声を潜めた賢者が案じるように呟く。続けてミチルも「起こしちゃったら可哀相ですよね」と同調した。口々に気遣う若いやつらに対し、ネロが密やかな笑い声を立てる。
    「大丈夫だよ。こいつは元々、他人の気配に敏感なんだ」
     ブラッドリーの髪にそっと触れる感触があった。森のなか箒を飛ばしてきたので、枯れ葉か何かついていたらしい。取り除くついでとでも言うように、雑に後頭部を撫でられる。
    「今だって、ぐっすり眠ってるように見えて、完全には意識を手放してるわけではないと思うぜ。本格的に寝たくなったら、部屋に戻って寝るさ」
    「そうなんですか?」
    「ああ」
     まだ少し心配そうにリケが、……いや、今のはミチルか? 賢者の可能性も捨てきれない。水が張ったように音がぼやけてきた。声を聞き分けにくい。一人を除いて。
    「それで、今日は何を読んでほしいんだ?」
     ぱらり、と紙を捲る音を聴覚がぎりぎり拾う。時折、気まぐれにブラッドリーの毛先を梳きながら、ぱら、ぱら、と頁を進めている。
    「へえ、人魚の話か」
     中身をざっくり確かめたらしいネロの小さな声が落ちてきた。人魚。触れる体温が心地よくていよいよ脳のほとんどが休眠状態に入っていたが、それだけはなんとなく頭の片隅に残った。
    「はい。賢者様の世界にある人魚の物語を聞かせてもらってたら、ミチルがこの絵本を教えてくれて」
    「賢者様の世界では『人魚姫』っていう童話が有名だそうです。ロマンチックなんですけど、終わり方がちょっと寂しくて……ボクが読んだことがあるこの絵本とは、雰囲気が違うからびっくりしました。これはみんな幸せになれるお話なんですよ」
     ネロさんは読んだことありますか、とミチルに訊かれて、いや、初めて見た、とネロが答える。そりゃそうだ、と朧げな意識でブラッドリーは思った。読み書きや計算、必要な知識はひと通り叩き込んだ。でも盗賊に絵本は不要だ。地図やレシピを代わりに読んでやったことはあっても、物語を読み聞かせてやった記憶はない。
    「そうだ。あの、ネロ」
    「ん?」
    「人魚の肉を食べると、不老不死になるって伝説があるんですって」
     好奇心と恐れが入り混じったリケの声が、やけに遠く聞こえる。そろそろ限界らしい。たまに触れてくる指先にブラッドリーは安らぎ、押し寄せてくる睡魔をそのまま受け入れた。
    「……本当でしょうか?」

     微睡んでいる最中にそんな会話を耳にしたからか、こんな夢をみた。
     厄祭戦後、どうにか双子とフィガロを石にした。辛勝だった。一手でも間違えていれば、今頃ばらばらと無残に地面に散らばっているのは自分だったはずだ。
     さすがにこの年齢まで生き延びてきただけはある。ブラッドリーの魔力はもうほとんど底をついていた。あの外道たちが善人ぶるためのパフォーマンスに使われた『死の盗賊団』の名誉を回復したのだ。少しくらいは清々するかと思ったが、気分は最低だった。足元から崩れるような錯覚。それに、酷い眩暈がする。
    「なあ、おい……ネロ」
     あいつらを石にするのと引き換えに、ネロも死にかけていた。意識はとうに失っていて、呼吸も少ない。傷口からは血が溢れている。
     治すことも魔力を注いでやることもできず、ただ名前を呼び続けた。これ以上血液が失われないよう、ひときわ深い傷を着ていたコートで押さえてみたり、徐々に下がっていく体温に焦って全身を撫でさすったりした。そんなことは無駄だとわかりきっていたが、到底諦めることはできなかった。
    「……っ、ネロ……!」
     祈るだけで救われるかよ。そんなに世の中は甘くない。ブラッドリーは今にも息をするのをやめてしまいそうなネロを抱きしめる。簡単に誰かに救いを乞い願う連中を、自分は冷めた目で見てきたはずだ。だけどもうできることはそれくらいしか残っていなかった。
     ぱしゃ、と背後で水面が揺らぐ気配がした。反射的に振り向くが、そこは断崖絶壁。誰もいない。しかし再び波の音とは異なる、水面を弾く音が聞こえた。警戒しながら縁までにじり寄り、ブラッドリーは下を見た。かちりと無垢な瞳と視線が交わる。
     崖の下で海から顔を覗かせている生きものは、一瞥しただけなら人間と見間違えたかもしれない。耳の奥でいつかのリケの声が甦る。人魚の肉を食べると、不老不死になるって伝説があるんですって。……本当でしょうか?
     満身創痍の体を引き摺り、ブラッドリーは崖を下りた。箒は左右に揺れ、飛ぶこともままならないのか、と乾いた笑いがこみ上げる。
     よろよろと近寄ってくる傷だらけの男に、そいつは興味津々の眼差しを向けた。親しげに手を振って、自分の元にたどり着くのを嬉しそうに待っていた。純粋で警戒心など抱いていない。だから陸に無理やり引き揚げて、仕留めるのはさほど難しくはなかった。
     どれくらい食わせればいいのかわからず、適当に肉を削いだ。なるべく細かくしたが、意識のないネロはそんな小さな欠片すら飲み込んでくれない。刻んでも刻んでも受けつけないのだ。考えてみれば当たり前のことだった。でもそこまで頭が回らず、焦燥感で心臓が押し潰されそうになる。ネロがいつ目の前で石になるかわからない。恐怖でどうにかなりそうだった。
     肉が駄目なら血はどうだ、と気管に詰まらせないよう慎重に口に含ませる。本当は全身の血液を搾り取って飲ませたかったが、唇を湿らせる程度の量を震えながら与えた。指先が冷たくなってきた手を握りしめ、口づける。あとはもう本当に祈るしかなかった。
     ブラッド、と声がして、自分が賭けに勝ったことを悟った。死にかけていたのが嘘のように、ネロはやすやすと上体を起こしてみせた。不思議そうに自分の体を見下ろしている。腕や腹、脚。負傷したはずの箇所が綺麗に治っているのを確かめ、目を丸くしている。
    「これ、あんたが? 俺、だいぶやばかったと思うけど……」
     不思議そうに両手を握ったり開いたりしているネロを、力加減なしに抱きしめる。なんだよ、と照れ臭そうに離れたがるネロを強引に腕のなかに閉じ込めて、人魚の肉の破片をブラッドリーは躊躇なく飲み込んだ。

     その晩、ネロの部屋で飲んでいるときにふと思い出した。
     ただでさえ生きづらそうにしているやつを、無断で不老不死の体にしたのだ。聞かせれば嫌な顔をするだろうと思ったが、思いのほか返ってきた反応は穏やかだった。怒ったり呆れたりするのではなく、ひたすら困惑している。
    「え……あんた、俺に血を飲ませてから、肉食ったの? 躊躇いなく?」
    「おう」
    「じゃあ、あんたも死なないんだよな……」ネロは難しい表情でグラスに映る自分の顔を見つめている。「……なら、いいか。いや、いいのか……?」
     ここまで真剣に取り合われるとは思わず、つい笑ってしまった。夢の話で機嫌を損ねる方がよっぽど馬鹿らしいので、この反応は寧ろ嬉しい誤算だったけど。
    「いいだろ。一緒にいてくれよ、ネロ」
     上機嫌で抱き寄せると、ネロは「ああ」とも「うん」ともつかない曖昧な返事をし、目を逸らした。今日くらい言ってくれてもいいだろうが。浮かれた気分が一気に下がり、意地の悪いことの一つや二つぶつけてやりたくなる。
    「てめえは俺にしか食わせねえだろうな、どうせ」
    「は? 何を……って、ああ……」
     ふん、と鼻を鳴らしてグラスに残っていたワインを飲み干す。
     ネロはブラッドリーのために人魚を殺すことは躊躇わない。なんとかして手に入れて、ブラッドリーにその肉を食べさせるだろう。そう確信する程度には、この男に好かれている自信がある。でもネロ自身が人魚を口にすることはない。永遠に生きるなんてこいつからすれば地獄だ。
    「食うよ」
     あまりにも軽いトーンだったので、一瞬、聞き流しそうになった。
     ブラッドリーは空のグラスをぱちんと指を鳴らして仕舞う。食うよ。そう言ったのか? こいつは。眉をひそめてネロを見据えると、真っ直ぐに見つめ返された。
    「どうして」
    「あんたを一人にしたくないから」
     曖昧な言い方に逃げることなく、ネロは言った。硬直するブラッドリーをよそに平然とワインを飲んでいる。
    「あんただって、俺が一人にならないように食べてんじゃん。なんでそんな驚いてんだよ」
     いつまでも反応がないことに焦れたのか、ネロは呆れたように笑った。
    「長生きしたくねえだろ、てめえは」
    「したくねえよ、そりゃ。俺みたいなのには向いてないって」
     ネロは眉を下げてブラッドリーを見つめた。諦念とそれ以上の愛情が滲む、ネロらしい優しい眼差しだった。
    「でも、あんたなら仕方ないって。もうしょうがねえから諦める」
    「『諦める』ってのは気に入らねえな。さっきのにしろよ」
    「さっきの?」
     こういうときに限って鈍いやつだな、と腹が立つ。舌打ちして顔を背けたら、昼間のように頭を撫でられた。
    「あんたのこと、一人にしないよ」
     余計なことを口走りそうだったので、ブラッドリーは唇を噛んだ。本当に複雑なやつだ。夢の話を通してではなく、何故おまえの目の前にいるブラッドリー・ベインに直接それを言えないのだろう。
     ネロは以前、今でもブラッドリーのために死ねると言った。あんたが好きだった、と。それでもブラッドリーのために生きること、ブラッドリーと共に生きることはできないのだろうか。こいつは昔から難しい。
     人の気も知らずのんきに頭を撫でてくるので、手を思いっきり振り払いたいような、抱きしめてひっつき合って眠りたいような、混乱した感情がこみ上げてくる。結局は後者が勝って、「なんだよ」と可笑しそうに笑うネロを腕のなかに閉じ込め、そのまま眠った。
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    44_mhyk

    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523

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