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    しおん

    🪄(ブラネロ|因縁|東と北)

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    しおん

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    冬春パロ|幼い頃に出会ったきりのブのことを時折思い出すネと、どことなく訳知り顔の愛憎の話。いくつもの世界線を超えて何度も再会するブラネロです。

    #ブラネロ
    branello

    来世でもきっと見つける 湖の前で待ってると言われた。来年もその先もずっとここで会おうぜ、だって。屈託のない笑顔だった。こんなに容易く永遠を約束できるやつが世の中にはいる。透き通るようにきらめくロゼ色の瞳が眩しい。
    「なあ、聞いてんのか」
    「……聞いてる」
     焦れたように顔を覗き込まれて、ネロは咄嗟に目を伏せる。それがよほど気に食わなかったらしい。両手で頬を挟まれ、顔の向きを固定されてしまった。かちりと視線が交わると、心臓が微かに痛んだ。火傷したみたいにひりひりする。
    「待ってるからな」
    「……うん」
     頷いたけどもう二度と出会わない気がした。この約束は守られない。元の居場所に戻れば二人で過ごした時間をきっと忘れる。
     もしかしたら次の年くらいは律儀にやってくるのかもと少しは考えたけど、その次は? その先は? 低い可能性に縋るのは後から余計につらくなる。今日で終わりだ。思い切ってそう認めてしまった方がいい。
     奇跡というものは恐らく、人生でそう何回も起こるものではない。大抵は一人につき一回。例外はあるのだろうけど、ネロは自分がそうだとは思えない。ごく平均的な幸運、もしくは平均以下の運しか持たなかった。
     さまざまな偶然が重なったことで出会った。もうすでに奇跡を使ってしまっている。だからたぶん、これが最後だろう。次の年、湖の前で待っていたって一人でぽつんと佇むことになりかねない。
     そうなっても恨まないし、そもそも無理もないと思ったのだ。幼いながらなんとなく理解していた。この国はこいつにとって退屈。初めて迷い込んできた土地だから、何もかも新鮮に映ったのだろう。好きだと勘違いしたのだろう。故郷に帰れば思い出などあっという間に色褪せて、すっかり飽きてしまうのだ。
    「忘れんなよ! 待ってるからな!」
     そう叫んで大きく手を振ると、潔く前を向いて去っていった。その背中が見えなくなるまでネロは立ち尽くしていた。手を振り返すわけでもなく、ただ眼裏に焼きつけるみたいに。
     やがて視界から完全に消えると、脱力して湖のほとりでしゃがみ込んだ。凪いだ湖面は陽射しを受けて切ないくらい光っている。眩しくて目を瞑った。
     炎のようなやつだった。あるいは嵐のような。何もかもを滅茶苦茶に蹂躙しかねない荒々しさを秘めているのに、それでいて大地のような安心感があった。手を引かれると心が安らいだ。ずっと感じていた居心地の悪さは、手を引かれているあいだだけは忘れていた。
     だけど一緒にはいられない。ネロはまだ子供だったがそれだけはわかった。同じ年くらいのあいつは好奇心旺盛で、どこにでも駆けていく。穏やかで優しい日常が嫌いではなくても、ずっとそこにはいられないやつだ。危険が好きだから。でもネロは、奪ったり奪われたりの世界で生き抜ける気がしない。
    「来年だけ、来てみようかな……」
     水面に映る自分を眺めてそっと呟く。
    「でも、あと一年だけ、もう一年だけって、ずっと待つことになんのかな……なんか、諦められなくて」
     それは嫌だな、と思った。そんな寂しさには耐えられない。来るかわからないやつを待ち続けるなんて、途方もない苦しみに違いなかった。
     結局、ネロは行かなかった。ぎりぎりまで悩んだけど、湖に向かうまでに何度も足が止まってしまったのだ。
     どうせあいつだって来てない。そう自分に言い聞かせて踵を返した。その次の年も、さらにその次も、それからずっと。魔力を失わなかったのは、「待ってる」に対して「俺も」と明確に答えなかったからだろう。もう会わないと心の片隅で感じていたから、恐らく〈約束〉にはならなかったのだ。少なくともネロにとっては。
     あいつは大丈夫だっただろうか。「絶対に」とか「必ず」とかは言わなかった。危ういところだが、どうか〈約束〉として扱われていませんようにと祈るように思う。

     たったの一度も湖を訪れないまま時は流れ、ネロは大人になっていた。体が成長を止めたのは二十半ばになろうかという頃。手足は嘘みたいにすんなりと伸びて、幼い頃の面影はほとんど消えた。別人みたいだ。いまさら再会しても、あいつはネロのことがわからないかもしれない。そう思うと肋の奥が軋んで、だけど同時に安堵した。
     そこから優に百年ほどの時間が過ぎ、今では朧げにしか思い出さない。ブラッドリー・ベイン。吹き荒ぶ雪に覆われた土地から、旅と称してこの国に迷い込み、ネロと出会った子供。
     とこしえの春の、本当の春の季節にだけ開花する花が咲いた時期。淡紅色の花弁が散るまで過ごした日々の輪郭はぼやけつつあったが、あのときが一番楽しかったなと思う。
     今の生活が気に入らないわけではない。純粋なエネルギーに満ち溢れたフローレス兄弟は、元気いっぱいで親切で、庭ではしゃぐ声を聞くだけで気分が明るくなる。時には悪戯っぽく微笑んで揶揄ってくるけど、決して揺らがない芯を持った長生きのシャイロックはいつだって優しく手を差し伸べてくれる。
     平穏で波風のない、陽だまりのような楽園。彼らとの暮らしは幸福だ。分不相応なほどに。本当に自分なんかがいていいのか、たまにわからなくなる。
     物心つくまでのことはほとんど覚えていないし、シャイロックに確かめたこともない。だけど、ネロは恐らくこの国の生まれではないと確信していた。だったら何故、幼い時分からここで生活していたのかという疑問は残るけど。
     誰かが連れてきたのだろうか? いったい何のために? それとも、何らかの事情で故郷を離れなければならなかったのか? もしくは単純に、ネロが心のどこかで馴染みきれずにいるからそんな想像をしてしまうだけなのだろうか?
     ここは春の国。
     柔らかで緩やかな日々が続く、永遠の春に微睡む国。驚くほど平和で、悲しみ苦しみとは縁遠い。
     余所の国もそれぞれにいいところはあるが、この国ほど住民が安心して暮らせているところはないんじゃないかと密かに思っている。ひとえに土地を統べるシャイロックの努力の賜物だ。気まぐれで生真面目とは言い難く、一般的な統治者の型からは外れているのだろうが、愛をもって民のために尽力しているのは確かだ。
     そのシャイロックの頼みは断れず、ネロは引き立てられて宮廷で仕事を手伝う羽目になっている。最初は趣味の料理の腕を活かし、厨房を任せたいという話だったはずなのに。些細な用事を任されて、知らず知らずのうちにその頻度が増え、そしてその細々とした雑用はいつの間にやら国の運営に携わるような職務へと変わっていたのだ。
     淡々と頼まれたことをこなしていたら、周りからの視線がやけにきらきらと輝かしいものに向けるものになっているとふと気づいた。そのときにはもうすでに遅く、ネロ・ターナーは春の国においてシャイロックに次ぐ権力を有していたのである。
     不本意にも高い位につくことになってしまい、思うところはあるけれど受け入れた。シャイロックは悠然とした微笑で感情を見事に隠すから、本当は助けが欲しいとき、傍にいなければ見落としてしまうと思ったのだ。この人が人知れず無理をして、自分をすり減らすことはあってほしくない。
     てきぱきと雑務をこなしていると、不意にシャイロックが口を開いた。ネロ、と密やかに名前を呼ばれて顔を上げる。が、シャイロックは優しく眇めた瞳でネロを見つめるだけだった。こういうことは過去にもあった。たまにじっと意味深な眼差しを向けられるけど、その理由は未だに教えてもらえない。
    「……あの、さ。仕事、戻ってもいい?」
    「ええ」
     ゆったりと頷いたシャイロックは、ネロの手元を眺めて思案する顔つきになった。
    「ちょうどきりのいいところまで片付いたようですね。では、少し休憩いたしましょう。とっておきの紅茶を淹れて差し上げますから」
    「はは、あんたのとっておきは本当に美味いからなあ。じゃあ俺は、寝かしておいたフルーツケーキを持ってくるよ」
     レーズンやオレンジピール、ナッツがたっぷり詰まったケーキは、ちょうど今日が食べ頃だ。ラム酒が効いていて、シャイロックの好みにも合う。広々とした執務室から厨房に向かおうと席を立つと、また名前を呼ばれた。返事はせず視線を合わせる。シャイロックは普段よりやや複雑そうな微笑を湛え、ネロを見つめている。
    「……あなたは今度こそ、逃げ切るのかもしれませんね」
    「え?」
     ふ、と溜息とも吐息ともつかない息を吐いて、シャイロックは窓の外に視線を遣った。
    「彼はどの世界であっても、あなたを必ず見つけ出し、自らの隣に置きました。幾度となく不本意な別れを経験しようとも。だからこそ、今回もきっとそうだと思っていたのですが……これまでのようにはいかないようですね。あなたは彼のことを思い出さないまま、ここまで生きてきたのですから」どこか遠くを眺め、シャイロックは呟いた。「ですが、ネロ。お忘れにならないで。運命なんて、気まぐれで、自由で、刹那的な享楽主義なのです。西の魔法使い以上に」
    「西の……魔法使い?」
     聞き慣れない単語に思わず首を傾げる。魔法使いには馴染みがある。ネロやシャイロック、フローレス兄弟たちがまさにその魔法使いなのだ。
     引っかかったのは「西の」という部分だった。春の国の他、夏の国、秋の国、冬の国があって、そのいずれもが魔法使いたちの国だ。しかし、「西の魔法使い」というのは聞き覚えがない。いや、幼い頃に耳にしたことがあったような。寝つけない夜に、確か……微かに記憶の底で水面が揺らいだけれど、ぴんとこなかった。
    「悲しまず、あらがわず、ただこれから訪れる未来という名の運命を共に楽しみましょう」
     困惑するネロに向かって宥めるように笑いかけ、シャイロックは片目を瞑った。口元に手を当てて、わざとらしく声を潜めて言う。
    「実はムルと賭けをしようとしたこともあったのですが、二人とも同じ方に賭けたので成立しなかったんです」
     ムルはシャイロックと古い付き合いの友人で、国中を渡り歩いている。好奇心の赴くまま。非常に博識な人物だ。性格はやや難しく、猫のように人懐っこく笑うこともあれば、神経を逆撫でするような容赦のない言葉を誰が相手でもぶつけがち。
     澄んだエメラルドの瞳は時に親しみやすく、時にぞっとするほど冷たく、冴えた光を放つ。歌でも歌うかのような軽やかさで人の心を抉るのに、その冷淡ささえも端正な彼の容姿をひときわ輝かせているように思う。
     生まれはいちおう春だと聞いているが、本人は秋の国を本拠地として活動し、その土地で地位を築いている。誰よりも互いを認め合い、無二の存在としているのに別々の場所で彼らは生き、気が向けばふらっと会いに行く。さっぱりとした付き合いだが、深いところで繋がっているのは傍から見ているとよくわかる。
     二人の気楽で特別な関係性には、時折どうしようもなく打ちのめされるような気分になった。純粋に羨ましかった。ネロは人付き合いが煩わしいと感じる性質なのに、一方で他人と関わらずに一人きりで生きていくのは寂しくて堪らない。好かれたら嬉しいけど好かれすぎると途端に重荷になって逃げ出したくなるし、自分でも自分のそういうところを持て余しているのだった。
    「……成立しなかった賭けの内容は、訊いてもいいやつ?」
    「ふふ、勿論」
     シャイロックは優雅に腰を上げ、ネロに近づいてきた。そしてすらりと長い人差し指で、ネロの心臓の辺りを示すのだった。
    「彼の一途な愛を前に、あなたは最後には負けてしまう。少なくともこれまではそうでしたが、今回はどうなるでしょうね」
     婉曲的な物言いにますます戸惑ったが、ふとネロは一人のことを思い出した。湖の前で待ってると言った子供のことを。
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    44_mhyk

    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523