ゆめのかよいぢ、ひとめよくらむ。ある日、女は微睡みのなか、暗い森に立ち尽くしていた。これは夢の中であろう、と女は推察した。というのも、目の前に広がる光景があまりにも、非現実的だったから。
月に照らされて、季節も大きさも、色もとりどりの花が咲き乱れていたのだ。だというのになにだか、爽やかなミントの香りがしていた。
女はそれをぼうっと見やって、きれいだな……と適当なことを考えていたが。
「やあ、こんばんは」
「ルーサーさま」
振り向くとそこにいたのは、女が住まう屋敷の主、ルーサーであった。
夢に現れる彼は普段より小柄で表情豊かだ。屋敷の管理、監視を行っているルーサーは無表情で物静か、そして時に厳しく甲斐甲斐しく小言を言っているのが常であった。しかし夢の中ではそうではない。
その少し幼い容姿に引きずられてか、少年らしい言動が目立つのが可愛らしかった。
「隣に行っても?」
「もちろんです」
ルーサーは膝を折って女の立つ横に座り、手を伸べて女に座るよう示した。
夢にルーサーが現れるのは初めてではない。以前ランダルと共に夢の中で出会った彼と同じように、見た目にそぐわぬ自信と威厳に満ちた表情、仕草だった。
「きれいですね……」
「本当に。……おや」
ルーサーは目の前に生えているベリーを少しとって、それをぽいと口に放り込んだ。
もぐもぐとそれを咀嚼するさまはやはり、普段のワイルドなそれとは異なっている。頬をふくらませながら味わう様子はほんの少しの幼さをはらんでいた。
「うん、きっとおまえの口にも合うだろう」
そして何を思ったか、その果実をもうひとつ摘んで女の口許へと運ぶ。少しためらいつつ、女はそれをぱくりと食べた。マナー違反を叱られるかとルーサーの様子を窺うも、彼は特に何も気にしていないようであった。
それはやはり、一般的なベリーの味とほとんど変わりなかった。冷凍で売られているものより香りが強くて美味しいような、しかし思いすごしと言われれば否定できないような。
「美味しいかい?」
「はい、とても。嬉しいです。ルーサーさまに頂いたと思うと、特に」
ルーサーはふにゃりと笑顔を浮かべる女を見遣り、どこからか取り出したハンカチで女の口許を拭って苦笑交じりに言った。
「おまえは本当に、私が好きだね……」
その「好き」の意味を図りかねて、女は少し黙った。
ふとベリーの横に咲く花を……名前も知らぬ花を摘んで、ルーサーに手渡した。
彼は何も言わずそれを受け取り、上目遣いで女を見上げる。ジャスミンのような、ほんのり甘い香りがした、気がした。
「もちろん私、ルーサーさんのこと……お慕いしてますが。でも、それだけじゃないですよね」
「……どうしてそう、思ったのかな」
「ふふ、だってルーサーさま。私、ランダルくんと一緒にいたわけじゃないんですよ」
ルーサーの表情は見たこともないような、少し驚きに満ちたものに変化した。
女はそれをみとめて、口の端を上げる。
「私の夢に、来てくださったんですよね。ありがとうございます」
虚をつかれた少年は……ルーサーは固まって。
そして、ふいと目を逸らして向こうを向いた。
彼の真っ赤に染まった顔は、まるで先程手ずから与えてくれたベリーのようで、……とても、とても可愛らしいものであった。