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    絹豆腐

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    絹豆腐

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    #mafiyami

    紫炎喧騒、怒号、乾いた破裂音。薄汚れたアスファルトに鮮やかな命の色が映える。生み出した作品が温度を失っていく様を、ルカは酷くつまらなそうに見つめていた。マフィアのボスとして君臨する以前から親しんできたいつもの風景。命を狙い狙われるスリリングな日常は、生きる喜びと自信を与えてくれる。そんな愛すべき隣人は今宵、ファミリーの裏切りを携えて心を踏み荒らしに来たのだ。粛清を行うのは初めてではない。それでもこのスパイスは何度経験しても不快感を拭うことは出来なかった。
     部下を置いて、未練がましく纏わりつく鉄錆と埃の匂いを振り払い暗がりを進む。街灯も殆ど無いこの場所では、月が姿を隠してしまうと何処まで歩いても明るい場所に出ることは叶わない。苛立ちの原因は排除したのに、気分は汚泥に沈み続ける。
     気分転換が失敗した事に舌打ちをつくと、ふと暗闇の質が変わったことに気づいた。違和感を探るように意識を向ければ、空気を割くような小さな音を耳が拾う。少し進んだ先の曲がり角だろう。人の気配、そして本能が拒絶反応を示すナニカ。マフィアとしての勘が間違いなく告げていた。退路を確認し、気配を隠し慎重に近づき

    ――そして見た。

     煌々と輝く美しいグラデーションの紫炎。暗闇のようなナニカが焼かれる苦しみに藻掻いている。鋭く飛ぶ人型の紙が藻掻くそれを切り裂き、二対の頭蓋が喰らう。炎はうねりを起こし全てを飲み込まんと火力をあげる。モノクロの世界で紫が踊り、名状しがたい慟哭を捩じ伏せる。この世のものならざる光景に唖然とした。燃えているようだが、吹き荒ぶ風に煽られる程の位置にいても熱さは感じられない。思わず手を伸ばす。触れたと思ったそれは途端に霧散し、火の粉は手の中で形を崩す。いつの間にか本能は危機感を出すことをやめ、心は炎に奪われていた。
     呼吸も忘れ見蕩れていれば、揺らめきの中に人が立っている事に気づいた。紫炎とは異なる、爛々とした輝きの紫の瞳には見覚えがある。
     よく知っている人物だ。ファミリーとは別の、血縁関係も何もしがらみの無い、しかし家族と呼ぶに相応しい者達。ルームシェアを共にするメンバーの一人、闇ノシュウ。
     心臓が強く脈打ち始めるのを感じ思わず姿を隠す。思い返せば目の前の紫と彼が背後に背負う紫は確かに同一の色彩だ。普段は嫋やかに揺れていたため、支配者然として猛る姿と結び付かなかった。炎に照らされた高潔な紫の瞳を思い浮かべれば鼓動は激しさを増す。会った時から整った顔だと、摩訶不思議で綺麗な炎だとは思っていた。ただそれだけのはずだった。指先の痺れと顔の熱さの正体を知っている。なぜこのタイミンで。そもそも彼は親友で、ただのルームメイトで ― 「ルカ」 ― 。
     名を呼ばれた驚きに思わず顔をあげれば、今しがた脳裏に思い描いていた美しい瞳が目の前に広がる。心臓がリズムを崩した。
    「… ルカ、大丈夫」
    顔が赤いことを心配したのだろうか。温度を測るために頬に伸ばされたしなやかな指の冷たさとは裏腹に、こちらの温度は上限を知らずに上がり続ける。何か応えるべきとは分かっていても、司令塔はシュウを記憶に刻みつけることに100%のリソースを割いて唇を動かすことすら叶わない。その間にもシュウは怪我をしていないか確認したのか安堵の息を吐く。その背後に揺らめくはいつもの紫炎だった。
    「取り敢えず深刻な怪我はなさそうだね。 動けないなら式神に運ばせるけど動ける」
    「……ぁ、えっと…だっ大丈夫!!うごける!」
    「良かった。じゃあ…どこかに部下の人達いるのかな。心配だし、着いていくから。」
    有無を言わさない口調に首を縮め、のろのろと歩き出す。大きな瞳が声量に驚いたのか、一瞬零れんばかりに見開いたのが愛おしかった。ろくに働かない脳を叱咤し会話を探る。産まれたばかりの気持ちをバレる訳にはいかない。
    「シュウが呪術師の仕事してるの初めて見た。」
    「やっぱり見てたんだ 何処まで認識できたのか分からないけど、気持ち悪かったでしょ。ごめんね」
     予想だにしない発言に歩みを止め隣の彼を見る。不快になる要素があっただろうか。寧ろ彼の姿を見て、沈み込んでいた気分は嘘のように燃え上がっている。覗く前から本能で感じた程に、あの場には根源的恐怖が佇んでいた。それに竦むこと無く悠然と呪術を操る彼の優美な姿は、恐怖を忘れるのに充分すぎるほどであった。
    「綺麗だったよ。シュウの炎があんな…なんだろう、命が迸ってるみたいな?そんな感じに燃え上がるの知らなかったし。それに腰にいるその子達が動けるのも知らなかったよ。」
    「…。」
     呆然とした表情から一転、何か言いたげに目を逸らされる。
    「ぁ〜ぇと………その……。怯え以外の反応が返ってなんて思ってもみなかったや」
    「それなんで確かに嫌な感じなのはいたけど、シュウはそれを倒してたよね。なんでシュウに怯えるたり嫌悪感を抱くと思うの。」
    「……。」
     シュウは過剰な謙遜も過大な自己評価もしないことを知っている。努力と行動それに見合う成果と評価を彼は正確に計上できる。だからこそ、この出来事で印象がマイナスに振れるとシュウは本気で思ってるのだと分かった。歩みを再開する。先程よりも早足で。シュウの纏う雰囲気が逃げたそうにしていたから。
     少し後ろで着いてくる足音を聴きながら空を見上げれば、雲間から少しだけ月が顔を出し始めていた。暫く歩いていると、緩やかな風に小さな声が溶ける。
    「この炎に触れてみたいと思わなかった?これはね疑似餌みたいなものなんだ。呪力をもつモノにとって美味しそうなご馳走だけど、同時に罠で天敵なんだよ。だからルカが感じたそれは誘蛾灯に違いないんだ。」
    「俺も呪力もってるの?」
    「持ってるよ生き物なら誰しも。特にルカは職業柄呪われやすいし、そういう意味でもね。…僕の一族の力は変わってるんだ。普通呪力は形取らないし、ただの骨が意志を持って動いて呪いを食べたりしない。これは命を蹂躙するものなんだ。ルカの言った嫌な感じの原因の大半は僕だよ。」
    再び止まった足音に振り向く。口調からは気落ちしていたように感じたが、実際はどうだろう。力強くこちらを射抜く深い紫に思わず笑ってしまう。
    「なにさ。」
    「いや…ッ、ふはは!シュウかなり頑固だなって。分かったよ、シュウがそう言うならそうなんだろうな。力のことは全然わかんないしね。」
     訝しげな表情が警戒心の高い野良猫のようで愛らしい。離れていた距離を詰める。
    「ちなみにその炎に触れたら俺に害はあるの。」
    「…僕にその意図がない限りはないよ。ただ言った通り良いものではないし、無闇に触るのはさけt―」
     話の流れからそう言うだろうと予想できた。だから無視してその穏やかな紫炎を捕まえんと触れた。ふわりと蠢くと指の隙間から抜けていく。軽く手遊びをしていれば目の前の顔が驚愕から意識を取り戻す。咎めるための口が開かれる前に、今度は顎を掴んで逃げられないよう主導権を握る。
     シュウは分かっていない。きっと特異な力は上位の立場を与えてきたのだろう。本人の性格や意志に関係なく、力が権力に最も近いのはどの時代でも変わらない。だが、目の前にいるのはマフィアのボスだ。一般人と、ただのルームメイトだと思っているシュウに分からせてやらねばならい。
    「シュウ。俺はさっき人を殺してきたよ…ファミリーだったやつをね。その力でシュウが俺を殺せるように、俺はこの銃でお前を殺せる。」
     腹に当てられた鉄の感触に気づいた身体に力が入るのを感じた。生に素直な反応の割に藻掻きもせず、続きを促す瞳に心がかき乱される。撃たないという信頼。撃たれる前に呪い殺すことの出来る自信。何を思ってるかは察する余地もないが、シュウらしい反応にただ嬉しく思う。
     今日、恋に堕ちる前から予兆はあった。気づけば目で追い、共有したい時は一番に顔が浮かんでいた。呪術師としての活動を見たことがなく、偶にヴォクスが手伝っているのが羨ましかった。優美に燃ゆる紫炎を独り占めしていたことがわかった今、羨ましいなんて一言では済まないが。
    「銃を持って立っているだけで怯える奴もいるし、絵になると褒める奴もいる。変わらないんだよ俺もシュウも。だからシュウがどういう存在であれ、俺にとってシュウは綺麗であることに違いないんだ。」
    そう告れば白い肌にじわりと朱が滲むのを見た。思わず手を離したが気づいていないのか固まったまま動かない。遠くで部下の声が聞こえる。そういえば随分と道を戻ってきている。あちらも探していたのだろう。
    「…ルカ。」
     名を呼ばれ視線を戻すと、紫炎を纏う手のひらが目の前に差し迫っていた。仕返しかと身構えれば、そのまま顔の横を通過し掴むような動作をする。瞬間、筆舌に尽くし難い悲鳴が上がった。
    「言ったでしょ、職業柄呪われやすいって。そうやって誑し込むのもよくないよ。こうやって寄ってくるのがいるから。」
     あんまり部下の人に迷惑かけちゃダメだよ。そう言って薄ら染まる頬のまま距離を置かれる。
    「…あと、その…ありがとう。これを褒められたのは初めてだったから……。仕事頑張ってね。」
    逃げるように言い直後一瞬にして式神に包まれると、跡形もなく消えた。部下が駆け寄る音が聞こえる。
     ずるいだろその反応は。思わずため息がでる。 
     誘蛾灯と言っていたそれは間違いないのだろう。危険だったとしてもあの炎に触れる欲は抑えられなかった。呪われてもいい、寧ろ呪ってほしい。その罪悪感で愛おしい人が俺に囚われるなら。
     
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    絹豆腐

    DONE💙💜
    薄明と染まるカチャカチャと物の触れ合う音がする。
     途切れた集中に目の前の原稿から顔を上げる。カーテンの隙間から漏れる光が朝の訪れを知らせていた。思い切り伸びをすると固まった筋肉と関節が悲鳴をあげる。疲労にため息をつき、軽いストレッチを続けながら原稿を見やる。ここ最近のスランプが嘘の様に筆が進んだ。この恋物語の佳境は過ぎ、後は終幕に向け畳んでいくのみでプロット通りのものだ。まだオチは決まっていないが、この調子なら締切にかなりの余裕を持って終えられるだろう。早々に提出しようものなら何を言われるかわかったものではないので、ギリギリまで温めるが。
     スケジュールの更新をしていれば、食べ物の匂いがほのかに鼻をかすめる。愛しい恋人が活動するには早い時間だが、今日は朝から昼にかけて仕事があると言っていた。会いたいが今行けば朝食を追加で作らせてしまいそうだ。悩みあぐねていればスマホが通知を告げる。『軽食作っておくから、休憩時に食べてね』あまりの人間性に一瞬天を仰ぐも、彼と食事を共にすべく直ぐに立ち上がる。原稿を片付け、カーテンと窓を開け換気を行う。駆け足気味でリビングに向かえば音で気づいていたのであろう、エプロンを着けたシュウがこちらに身体を向け手を広げている。勢いもそのままハグをすれば腕の中の存在は肩を揺らした。
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