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    絹豆腐

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    絹豆腐

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    #ikeshu

    薄明と染まるカチャカチャと物の触れ合う音がする。
     途切れた集中に目の前の原稿から顔を上げる。カーテンの隙間から漏れる光が朝の訪れを知らせていた。思い切り伸びをすると固まった筋肉と関節が悲鳴をあげる。疲労にため息をつき、軽いストレッチを続けながら原稿を見やる。ここ最近のスランプが嘘の様に筆が進んだ。この恋物語の佳境は過ぎ、後は終幕に向け畳んでいくのみでプロット通りのものだ。まだオチは決まっていないが、この調子なら締切にかなりの余裕を持って終えられるだろう。早々に提出しようものなら何を言われるかわかったものではないので、ギリギリまで温めるが。
     スケジュールの更新をしていれば、食べ物の匂いがほのかに鼻をかすめる。愛しい恋人が活動するには早い時間だが、今日は朝から昼にかけて仕事があると言っていた。会いたいが今行けば朝食を追加で作らせてしまいそうだ。悩みあぐねていればスマホが通知を告げる。『軽食作っておくから、休憩時に食べてね』あまりの人間性に一瞬天を仰ぐも、彼と食事を共にすべく直ぐに立ち上がる。原稿を片付け、カーテンと窓を開け換気を行う。駆け足気味でリビングに向かえば音で気づいていたのであろう、エプロンを着けたシュウがこちらに身体を向け手を広げている。勢いもそのままハグをすれば腕の中の存在は肩を揺らした。
    「んふふ、おはようアイク。ご機嫌だね」
    「おはようシュウ。僕は幸せ者だよ。」
    身体を離し目を合わせればシュウは顔を傾け、良かったねと呟く。
    「朝食ありがとう。一緒に食べてもいいかな」
    「うんもう出来るから顔洗ってきなよ。」
    音を聞き待っていた割にあっさりと身を翻したシュウに寂しさを抱きつつ、言われた通りにする。徹夜を敢行した顔は酷いものだろうし、予定のあるシュウの時間を奪うのは忍びない。
     身なりを整え戻ればテーブルには食事が並び、シュウはエプロンからロングカーディガンに着替えるところだった。こんがり焼かれたトーストにキャビアのチューブ。人参のフラッペと僅かに焦げ目が付けられたミートボールが添えられている。スープに炭酸水に食後のいちごヨーグルトと好物ばかりの朝食に目を見張る。
    「なんか今日豪華じゃない」
    「でしょ美味しいパンを貰ったんだ。それに前に"今回のコンテストは名誉あるものだ"って言ったでしょ。少しでも貢献したくて。」
    ほら食べよ。言われて席に着き手を合わせ食材への感謝を告げる。これはシュウと暮らすようになってから身についた習慣だ。シュウの優しさに心が温まる。この関係になる前から彼のサポートに助けられてきた。するりと傍に来るとサポートを始め、大丈夫だと分かるとそっと離れて見守る。恩着せがましさを感じさないそれにいつも支えられてきた。癖のある人間ほどシュウのフラットさに助けられ惹かれていくのだ。雑談を交わしながらそっと愛を積んでいく。
    「そういえばさ、そろそろ衣替えしようと思うんだ。夏物クリーニングに出すけど、アイクはまだだよね」
    「あー…そうだね、僕はまだかなぁ。」
    スウェーデンで生まれ育った身としては日暮れは兎も角、日中はまだ暑い日のカウントの方が多い。今だって半袖を着ているが、シュウは既に長袖に加え薄手ではあるが体を包み込む程のカーディガンを羽織ってた。食事のため上げられた袖は、いつもは手を中ほどまで隠すことを知っている。ふと案が浮かんだ。彼はロマンチストではないし、そういった方面は恥ずかしい感情が多いのだ。それでも彼と共にそれを実行したい。
    「そういえば、シュウ今日はこの後仕事だよね。何時ぐらいまでかかりそうなの。」
    「んー…15時位には帰るかなぁ。でもその後部屋でやりたい事もあるし、なんだかんだで17時あたりまで掛かるかも。」
    「珍しいよね昼に外仕事。」
    「呪われちゃったんだって男子大学生たちが。そういう人たちのおかけで、この時期みんな忙しいから。」
    「じゃあ夕飯は僕に任せてくれない買い出しも行きたいし、クリーニングする物出しておくよ。」
     トーストを咥えながらこちらの思惑を探る瞳が擽ったい。概ね原稿の進捗具合や体調の事を考えているのだろう。過去スランプになった際、逃避のためにシュウと遊ぶ事に耽り担当者へかなりの迷惑をかけ、最終的に体調を崩したのを根に持っているのだ。知らなかったとはいえ、片棒を担がされたことを彼は決して許しはしなかった。友人だった頃から振り返ってもあれ程までに怒りを顕にしたのはその1回のみだ。
    「心配しないで今回は順調なんだ、本当に。ご飯食べたら寝てその後買い出しに行くから、ね」
    じっと真偽を図るように見つめる様は猫の様だ。そんな風に余所事を考えていれば、納得したのか分かったとお許しが出る。
     良かった。今日は特別な一日にできそうだ。

     
    「――。これで祓いは終いです。お疲れ様でした。ああいった場所には無闇矢鱈に立ち入らないように。」
    「ありがとうございます」「やばくない吐き気とか全部どっかいった」「ヤブお祓い師特集六選動画作ろうと思ったらガチなの来た」「美人のお兄さんに癒されたの最高すぎる…。通いたい。」
    儀式の静けさとは一変、講堂の中は騒がしさで満たされる。男子大学生が集まれば暇を持て余し、大概は馬鹿な事をする。動画投稿のために曰く付きの場所に行き呪われる、在り来りなよくある話だ。大抵は冷やかしで終わるが、今回の依頼者達はしっかり全員呪われてきた。小一時間前まで顔面蒼白で今にも倒れそうな様子だったが、今は全員元気そうだ。今回のは少し厄介だった。現地への派遣依頼を後でしておかなければ。
    「あとその荷物の中にある、卒塔婆とか諸々没収ですよ。」
    「えっなんで見せてないのにわかるんすか。やっぱこれが原因…」
    「あの場に訪れたことそのものが原因ですよ。冷やかして、死者を冒涜する様に物を持ち帰って怒りを買いましたね。」
    カバンを受け取り中を開けば、色々と盗んできたようだ。骨壷が見え流石に深いため息が出る。あまりも愚かだ…。
    「…はぁ。カバンは返却しますか。」
    「いえ大丈夫っす。処分してもらえると助かります。」
    「ではこれで全て終わりなので、受付で清めの塩を貰ってください。…因みに心霊スポット巡りをやめる気あります?」
    「ん〜ピックアップしてるとこ、4つくらいあるっけ」「今回のが本命だったけどな」「このしんどさはちょっとなぁ」「あと4回お兄さんに会いに来れるってこと」
    「どうであれ物を壊したり盗むのはやめてください。今回は間に合ったからいいものの、割と危険な状態だったのは貴方達が一番理解してますよね。歴史や死者には敬意を払うように。あと僕、人への祓いは専門外なのでまた依頼してきても会えないですよ。今日はたまたまです。」
    「会えないんはぁぁ…マジ無理もう二度と行かん。今回はご迷惑をおかけしました。」
    あまりの身代わりの速さに苦笑を漏らしながら彼らを見送る。専門外の術の行使に、久々の対人仕事でもあったため酷く気疲れした。現代社会において呪いは勢いを無くしている。ただ呪いの減少に比例し呪術師の数も減少しているため、今も昔も仕事の忙しさは変わらない。今回の報告、各地への派遣者の選定にステジュール立て、呪具の手入れに呪符の作成。やる事の多さに憂鬱な気分となる。アイクが何やら企んでいたのを楽しみに励むしかない。
    「あっいた!お兄さーーーん!!」
    「あれどうしました。」
    忘れ物だろうか慌てて戻れば、目の前に紙が出される。
    「お兄さん、恋人いますあっいる、デスヨネ。...~悔しいまぁいいや、これ今回のお礼ってことで。」
    「御礼…報酬は頂いていますので。」
    「やっぱこういう神事にはチップってダメです本当はお金盛ってカッコつけたかったんすけど、何分金欠で…。俺たち、お兄さんに辿り着くまでに5回お祓い行ってたんすよ。どこも料金ここより高かったけど、悪化する一方で本当に切羽詰まってたんです。」
    だから少しでも弾ませたくて。そう言ってこちらを伺い見る目には覚えがある。奇っ怪な出来事の末に出会った三人、彼らは僕に頼み事や懇願をする時こういう目をよくする。今朝も見たし、目の前の彼は特に黄金色の獅子と雰囲気が近い。弱いのだ、こういうのに。背後に犬の尾を幻視した時にはもう受け取っていた。
    「あざっすじゃあこれで、マジでありがとうございました」
    仲間の呼び声に引き返しながら、またね!と大きく手を振り去る彼が眩しい。受け取った紙を見れば水族館のチケットで二枚綴りな辺り、割と本気のナンパだったようだ。…アイクが無事脱稿できたら行けるかな。
     予想外のプレゼントは思いの外、気分を上昇させ帰宅後の内務を捗らせた。買い出しに出ていたアイクが活動する音を聴きながら、仕事を終わらせるべく気合いを入れ直す。そうして暫く集中していれば時間は飛び、部屋は茜色に染まり眩しさに目を細める。今日はこの辺りで終わろう。式神に片付けを命じ、仕事着から朝着ていたものへと着替え直す。やはり陽の落ちるこの時間帯は冷える。寒さへの耐性が強すぎるアイクを思いながらリビングに向かえば、想い人がこちらを向き手を広げている。何故か誇らしげな顔をしている事に吹き出しながらハグを返せば、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
    「んっふふっっアハハ苦しいよ〜」
    「この可愛い子はなに笑ってるの…お疲れ様。」
    「朝とは逆の立場だなって思っただけだよ、ありがとう。いい匂いだけど何作ってたの」
    「スープとサンドイッチ。シュウ完璧なタイミングだよ、準備がちょうど今終わったんだ。行こ」 
    差し出された手への疑問に首を傾げながら手を重ねれば、指が絡まり誘導される。
    「御案内しますよ。My Lady.」
    「ヴォックスみたい。」
    「ちょっと」
     網グローブとグローブ越しのペンだこの感触にドキドキしたのは僕だけの秘密。

     
     アイクに連れていかれた先はテラスだった。遮光カーテンを引けば準備された晩餐会が目に入る。思わずアイクの顔を見れば、先程よりも誇らしげにしている。
    「まって。今日って何かの記念日だっけ。」
    「ははは違うよ、何でもない日。ほら座ろう。」
    窓を開けテラスに出れば、そのまま椅子に座らせられる。ひざ掛けを渡され、アイクが横に座った。テラスにさえも出不精を発揮する僕とは違い、アイクはよくここで執筆をしている。2人用の椅子は久々にその本懐を遂げたのだ。
     テーブルの上にはサンドイッチとスープの他にサラダやキャンドルに溶かされるチーズまでも用意されている。サンドイッチも卵やカツなど種類が豊富だ。葉物のサンドイッチとサラダが僕の方にしないのは見間違いではないだろう。
    「すご準備大変だったでしょ。」
    「いやほとんど切って挟んだだけだよ。手軽に準備できるプチパーティって紹介されてたの真似たんだ。ふふ、サプライズは成功かな。冷めちゃう前に食べよいただきます。」
    「ん、いただきます。」
     黄金に輝きオレンジを揺蕩わせる夕焼けは時折雲がかかる事で柔らかい光に変わる。一緒に住んでいても異なる時間帯で活動することが多いため話は尽きない。趣味の話になれば自ずとテンポが上がり、気づけば2人で身を寄せあい小さな画面に見いる。舌鼓を打ち話に華を咲かせ夢中になっていれば、色味の強い西日は空に混ざり星を浮き立たせながら、色彩の柔らかなグラデーションとなっていた。あれほど用意されていた食事も無くなり満足感で満たされる。
     片づけに席を立とうとすればデザートも用意しているからと肩を抑えられ、食器とともに部屋に戻る彼の背を見送った。朝食後に睡眠を挟んでいるとはいえ、徹夜したその日に買い出しと夕食の準備、加えてデザートまで用意さえたことに申し訳なさが募る。一方で心は彼の愛情深さで温めらた。日常的なハグやキス、先ほど手を繋がれた時のような細やかな肉体の接触をアイクは好む。付き合うまでは何とも思っていなかったその数々に今では自分も多幸感を感じるのだ。好意のある人の仕草や言葉遣いが似るとは聞いたことがあるが、趣向もその一つなのだろうか。戻ってきた彼を見ながら思う。水族館へのお誘いは日々の幸せへのお返しになるだろうか、負担ではないだろうか。鶯色に喜色が浮かぶことを祈った。

     デザートも食べ終える頃には、太陽はその殆どを地平線に沈め星が瞬き始める。触れ合う肩が僅かに震えたのを感じた。想定通りの挙動にブランケットを取り出し、肩を抱き寄せ温める様に包む。この程度の気温はまだ暖かい方だが、ブランケットの中に滑り込みシュウと温度をシェアする。ずっと夢だったのだ。大切な人と夕焼けの沈む空に見える星を、金色のグラデーションが変遷するその時間をただ一緒に過ごすことが。想像していたよりも何倍も高鳴るこの胸の鼓動がどうかバレませんように。
     穏やかな時間に身を任せ、心地の良い沈黙を享受する。暫くそうしていれば彼との間に置かれた手の上に手を重ねられた。そして肩だけれなく腕も、脚も触れるように寄せられる。珍しい彼からの甘えモードに動揺していれば、肩に重みが加わり首筋に絹よりも上質な手触りが触れた。重ねられた手がぎゅっと握られれば、全身に勢いよく血が巡る。スマートでいたかったが、きっとこの鼓動はバレてしまっただろう。正直ブランケットから抜け出してしまいたいほど体温が上がっている。だって今晩の食事にアルコールは含まれていない。彼のこの行動は全て素面によるものだ。ベタなシチュエーションにきっと恥ずかしがると思っていた。恥ずかしがるどころか、むしろ彼から仕掛けてくるなんて。
    「っ...シュウ。」
    「アイク。今日は本当にありがとう。...今日だけじゃないね。君は毎日僕に幸せをくれる。本当に、献身的に。」
    「...僕はしたいことをしているだけだよ。でもそれで君が喜んでくれているなら僥倖だね。」
    「んふふ、そういうところだよ。」
    擦りつく頭に揺れる髪が首筋を擽る。
    「今執筆してる作品完成したら、直ぐに次の作品に取り掛かるの」
    「どうだろ。でも最後に出版したの結構前になるし、そうなるだろうね。」
    「...。そっか。」
    「まぁ、まだ案も浮かんでないしネタ探しの期間は設けると思うよ。」
    重ねられた手が緩められる。瞬間、手のひらを返し、逃げられないように指を絡め握りこむ。
    「で、なんで」
    「いや単にスケジュールを知っておきたかっただけだよ。」
    「本当に」
    「...。いや、...。はぁ...負担は掛けたくないし、忙しくなるなら断ってほしいんだけど、その...一緒に出掛けない」
    「出掛ける。」
    嬉しい。断るわけがないので被せるように答える。きっと過去の逃避行が彼を気後れさせたのだろう。パッと彼が頭を上げこちらを見る。まだあの体勢でいたかったが仕方がない。久しく彼とデートしていないのだ。この好機を逃してなるものか。
    「絶っっ対に出掛けるから。直ぐに日付を決めよう。それでどこにもう決まってる」
    「んふ、うん水族館。今日の仕事の依頼人から貰ったのチケット。」
    そう言って差し出されたチケットを見て目を剥く。依頼人は男子大学生と言っていた。シュウは会って間もない人間に身の上を話すことはないし、呪わるような軽率な行動をする者たちに対してはより距離を置く。そんな人間からの施しは簡単に受けないのに。伊達に小説家をしていない、想像や推測は得意なのだ。
    「シュウちゃんと答えてね。ナンパされた」
    ブルーアワーの中で輝くアメジストが、明後日の方向へ泳ぐ。分かりやすすぎる。
    「な、なんで。」
    「見てこのチケット、カップル割。」
    「えっ、わぁやっぱり本気だったんだあっ......ごめんなさい。ナンパされました。」
    「はあぁぁやっぱり謝らなくていいよ。シュウは悪くないし。君が魅力的なのは仕方がないから。」
    「えっと、ちゃんと恋人がいるって言ったら諦めてくれたから。だから大丈夫だよ」
    なんのフォローだ。僕のシュウに手垢をつけようとした罪は重い。次の作品のテーマは愚かな男子大学生が呪い殺される物語に決まりだ。最高級の恐怖をプレゼントしてやる。ホラーは得意なのだ。
    「嫌になったやっぱり行くのやめる...」
    「行くよ絶対に。シュウも見たいでしょ、ペンギンとか。」
    不安に揺れる瞳がパッと晴れた。愚者のことは忘れよう。触れ合う脚をそっと絡め、繋いだ手とは反対の手を彼の頬に添え、合わせるだけのキスを送る。何度か繰り返せば、口が開いたので舌を忍び込ませる。暫くそうしていれば唇が離れ、上がった息が口元に当たる。肌はぼんやり染まり、アメジストには夜の色が覗いている。いつの間にかブランケットは落ちていた。
    「はぁっ、ん、スイッチが分かんない。」
    「そうシュウにはまだ早いかもね。…大丈夫、シないよ。明日は朝から仕事だったよね。」
    「……。」
    額にキスを送れば、服を引かれる。―少しなら。― 都合の良い幻聴じゃないのは顔を見れば分かった。立ち上がり片付けもおざなりに、そのまま彼の手を引き部屋に戻る。
     シュウは僕だけのもの、誰にも渡さない。夜は始まったばかりなのだ。ゆっくり分かってもらえばいい。


     
     この恋物語はハッピーエンドだ。頑張ったキャストには相応の報酬が贈られなければならない。ずっとその褒美を考えていた。『作家は経験したことしか書けない』なんてリスペクトや想像力の欠如した言葉は嫌いだ。でも想像よりも素敵な経験した。だから今回は経験したことを書く作家になろう。書き出しは、そうだな――
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    薄明と染まるカチャカチャと物の触れ合う音がする。
     途切れた集中に目の前の原稿から顔を上げる。カーテンの隙間から漏れる光が朝の訪れを知らせていた。思い切り伸びをすると固まった筋肉と関節が悲鳴をあげる。疲労にため息をつき、軽いストレッチを続けながら原稿を見やる。ここ最近のスランプが嘘の様に筆が進んだ。この恋物語の佳境は過ぎ、後は終幕に向け畳んでいくのみでプロット通りのものだ。まだオチは決まっていないが、この調子なら締切にかなりの余裕を持って終えられるだろう。早々に提出しようものなら何を言われるかわかったものではないので、ギリギリまで温めるが。
     スケジュールの更新をしていれば、食べ物の匂いがほのかに鼻をかすめる。愛しい恋人が活動するには早い時間だが、今日は朝から昼にかけて仕事があると言っていた。会いたいが今行けば朝食を追加で作らせてしまいそうだ。悩みあぐねていればスマホが通知を告げる。『軽食作っておくから、休憩時に食べてね』あまりの人間性に一瞬天を仰ぐも、彼と食事を共にすべく直ぐに立ち上がる。原稿を片付け、カーテンと窓を開け換気を行う。駆け足気味でリビングに向かえば音で気づいていたのであろう、エプロンを着けたシュウがこちらに身体を向け手を広げている。勢いもそのままハグをすれば腕の中の存在は肩を揺らした。
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