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    おすず

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    おすず

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    第零話。プロローグ

    0.幻想怪奇前日譚 今の子、つかれてた。
     気がつけば、廊下ですれ違っただけの彼女に目を惹かれてしまっていた。



    0.



     私立宝玉学園中高等部。自由な校風の名高い、男女共学の比較的新しい学校だ。生徒たちを縛る校則はほぼ最低限だが、その分というべきか、生徒たちの自律能力は高い。一人一人がそういう意識を持って入学してくるのがこの学校。部活も施設もそれなりに充実している。地下に食堂があり、屋上も広い。辺りが自然に囲まれた明るい学校。
    「おうち帰るのめんどい」
     そんな学校の中等部棟の二階の、三年C組。
     机にだらしなくつっぷしたまま、私はそうひとりごちた。
     中等部の最高学年としての心得、先輩の矜持、受験に向けての前準備、云々かんぬん。進級一週間目にして、既にそんな話題は聞き飽きてしまった。どうせ今後三年間、始業式の度に少しずつ話題を変えて同じことを言われるという確信が自分の中にある。
     我が学校のウリの一つは中高一貫であること。自分は外部を受験する気もないし、先生の顔ぶれもそうそう変わらないだろう。高等部からの受験はないし、生徒の方にも大きく変化はない。
     なんとなく打ち込んでいたテニス部も足の怪我で退部、勉強もすっかり難しくなってしまって、何をするにもやる気が起きない。肌寒い天気の中を歩いて帰るのも億劫なまま、かれこれ十五分は経った。持ってきていた本もさっき読み切った。
    「私たち先帰るから、鈴ちゃんもまた明日ね!」
    「んー」
     手を振るクラスメイトたちに生返事をする。昔は下の名前が主流だったのに、すっかり名字の一部があだ名に化けてしまった。
     ぽつんと、広い教室に一人取り残される。廊下からは新入生を呼びかける声が聞こえてきていた。昨年度の高三が卒業した今、どの部活も部員勧誘に躍起になる時期だ。
     私もそろそろ新たな部活を探すべきか、それとも帰宅部として趣味に打ち込むべきか。三年後の受験を思えば、部活に入っておくことが懸命だろうが、そういう打算的な思考でするのも違う気がする。
     のそりと起き上がって、机の脇にかけていたスクールバッグを手に取った。
    「帰ろ······」
     電気を消して、教室を出る。窓の外では、うぐいすがけきょけきょと下手くそに鳴いていた。



    1.



     帰ろうといざ廊下を歩き始めると、ビラ配りや声掛けをする生徒たちの群れを見ることになった。新入生歓迎の公演やらの時期もそういえばこの時期だ。
     次に入部するとすれば、演劇部なんてどうだろう。自分の声を存分に活かせそうだ。
     人の間を縫うように歩く。横切る人もまばらになってきた、そのときだった。
     ぱちん。
     その少女とすれ違った瞬間、辺り一帯がスローモーションに見えた。流れる銀髪、目に付く猫耳ヘッドホン。僅かに見えた、その横顔。
     ところで、宝玉学園には、『学年カラー』というありがたいシステムが存在する。学年ごとに色が指定されており、体操服や上履きの色がそれに準ずる。これによって、相手の学年を見分けることができるのだ。
     今年度は一年生が緑、二年生が青、三年生が赤をそれぞれ指定されている。しかしこれは中高等部で統一されているもの。色がわかったとて、先輩か後輩かの見分けがつくのは中二までと高三だけ。
     ちらりと相手の足元を盗み見る。上履きの色は、青。平均より高いだろう背の高さから推測するに高二? いや、どことなく垢抜けない雰囲気もする。やはり中二だろうか。
     だが、それよりも──。ゆっくりと振り返り、私はその生徒の背中を目で追った。
     私は最低でもこの一年間、あんな生徒の存在に気が付かなかったのか?
     自分の鼓動の音がやけにうるさく聞こえる。まるで指先まで心臓になってしまったみたいだ。
     振り返った先の人混みに、その背中はもう見えなくなっていた。
    「今の子、憑かれてた、、、、、
     誰に伝えるでもなくぽろりと口から零れ落ちたそれは、喧騒の中に溶けて消えてしまった。



    2.



     私は、所謂『本職』だ。霊やら怪異やらを認識し、祓う家系に生まれついた。たまに学校で見かけるようなものは私のような未熟者でもどうにかなるもので、たちの悪いものはそうそういなかった。
     だからこそ、こんなに身近に厄介な体質を持つ生徒がいるなど夢にも思わなかった。先程の少女はおそらく、霊媒体質だ。その背後に憑いていた霊の数がそれを物語っていた。
     当てずっぽうに校内を駆け回るも、目当ての生徒は見当たらない。中等部棟、高等部棟。その間の特殊教室棟や地下に至るまで見て回ってみたが、どこにも見つからなかった。
     さて、困った。一体どこに消えてしまったのだろう? 単に入れ違いが続いているだけかもしれないし、既に帰宅したのかもしれない。
     元々多くもないスタミナはとうに底をついていた。
    「······あー、まだ、行ってないとこ、一個ある」
     そこにいる保証もないが、いない確証もない。私は最後の目星──部活棟へと足を伸ばした。



    「あ、いた」
     その言葉は、自分の口から随分あっさりと発せられた。
     部活棟の二階、自分の記憶の中では空室であるはずの部室番号六の前に、その少女はいた。
     猫耳ヘッドホンの隣にいるのはまた別の少女。桃髪の一部に三角のお団子ヘアアレンジを施しており、腰に揺れる狐の尾のキーホルダーが離れていても目を惹く。
     しかし、本当になんなんだこいつらは。彼女たちを見た正直な感想は、それだ。
     ところで、私は人に好かれる自信はあるが、人見知りがないわけではない。本当に話しかけていいのか?
     ぐるぐると思考と体の向きを変え、しかし最終的に、意を決して一歩を踏み出した。
    「あの······」
    「ん?」
    「えっと、先輩ですよね? どうしました?」
     二人が振り返った。三角お団子の方の上履きの色は、緑。一年だ。
     こいつら、背が高い。三年生であるこちらに、上履きの色を見てから迷いなく敬語を使ってくる辺り、どちらも中学生なのだろう。そういえば新年度の度、今年の新入生は背が高いなぁ、なんてなことを考えていた気がする。まさか、こうして実感するとは夢にも思わなかったが。
     だが、刮目すべきはそこではない。この二人の前にいるだけで圧を感じるのは、身長のせいだけではないだろう。彼女らの周りだけ、『オーラ』が違う。
     ヘッドホンの方は、周りに霊が憑いているから。三角お団子の方は──ナニかが、ナカにいる。詳しいことはわからないが、それだけは感じ取れた。
     声をかけたはいいものの、どう話を切り出すべきだろうか。
     ごくりと喉を鳴らした。彼女らの知る故もない緊張が張り詰める。
     直後、明るい声がその空気を壊した。
    「ばりそー、エラー!」



    3.



     底抜けに明るい声の持ち主は、こちらに駆け寄ってくる目隠れ少女だった。
     彼女が来た途端、辺りの空気がふっと軽くなったような心地がした。考えるより早く猫耳ヘッドホン──ばりそ? か、エラー? のどちらかだろう──を見ると、憑いていた霊がすっかり消えている。
     今の私の表情は多分、ぽかんと情けないものだと思う。
     聞いたことがある。世の中には所謂『加護』を持っている者が稀にいると。つまるところ、自身の周りに浄化能力のある結界を常に展開しているようなやつがいると。多分、この目隠れ少女がそうだ。
     目隠れ少女は私と同学年だ。そう知っているからこそ、衝撃が大きい。
     あまりのことに固まって動けない私と、彼女の視線が合った。直後、がっと両肩を掴まれる。
    「あなた、部活、入ってる!?」
     開口一番、そう迫られたのには驚くほかなかった。
     彼女のことは知っている。
     名前は確か、春丸とか言ったか。「るまる」という愛称で同級生から親しまれている。中二のはじめにうちの学年に転入してきたが、人当たりの良さとか周囲を纏うムードとかですぐに馴染んでいたはずだ。
     しかし、自分とはクラスが離れていたこと、私が接点のない人間と積極的に交流を持たないたちであったこともあって私と彼女との関わりはなかった。今年もクラスは違うので、そんなものはただの一片さえも存在しないはずだった。
     今こうしてその顔をじっと見てみると、視線がやけに合いやすいことに気がつく。自分よりやや長身とはいえ、彼女もまた、背が平均より低いのだ。
    「同学年だよね。お名前なんだっけ? 鈴?」
    「あ、いや、違うけど······うん、いや、それで大丈夫」
    「そう? 私、A組のるまる! 仲良くしよ!」
    「ああ、うん」
     自分も相手と明るく接する自信はあるが、生憎陽の皮を被っただけの陰キャである。
     眼前の太陽が、ただ眩しい。



    4.



     るまるの名乗りを聞き、そういえば自分たちはまだ自己紹介を行っていなかったことに気がついた。
    「中等部三年生、鈴川すずかわ佳笛かふえ! その、最近は鈴って呼ばれる方が慣れてるから、そう呼んでください!」
    「あ、私、丹波たんばリサ! 中一です。呼び方はばりそで! ほら、エラーも」
    「中二の······エラー。江良えら未来みらい、です」
     にこにこしながらるまるがこの光景を見ている。その姿は、さながら授業参観での我が子とその友人を見守る母親だ。
    「あの、話戻すんですけど、鈴……さんって部活入ってます?」
    「テニス部の先輩じゃないっけ? 私見たよ、練習してるとこ」
    「あ、ころ。そうなの?」
     顔を出したのはまた別の······これまた背の高い。緑の髪にところどころ入っているメッシュがお洒落だ。中学生組とタメ口を叩き合っているため、ころと呼ばれた彼女もまた、中学生だろうと推測がつく。上履きの色は青。
     中二の転屋ころびや心路こころでーす、だそうだ。ころころしていて良い名前だと思う。
    「あの、テニス部はもう、退部した。から、今帰宅部」
    「えっ!?」
    「お願い、私達のサークル、入ってくれない!?」
     敬語も忘れ、エラーところが言う。
    「えっと、なんで?」
    「部活! とまでいかずとも、同好会を成立させるための人数がいなくて。発起までは行ったんだけどさ」
     るまるが言う。
    「五人必要なんだけど、あと一人いないだよね······です」
    「あぁ······」
     ばりその言葉に、私は納得した。伊達に生徒手帳を読み込んではいない。
     顧問がつかなくても、人数と活動内容が揃えば同好会としての活動が認められる。同好会を発足するメリットは、成績表にそれが記録されることと、部室を認めてもらえることだ。
     この学校は元々部活動に力を入れていて部室は多めに設置されているが、潰れてしまった部活があることもあって、部活棟の部屋が余っていると聞いている。希望すればそこを使うことは可能だろう。
     校則によると、同好会から部活動に昇格にされる場合もあるとか。
    「ちなみに、なんの活動なの?」
     問いかけてみると、彼女らは揃って顔を見合わせた。
    「え、なんだろ······?」
    「さあ?」
    「なんなんだろうね?」
     ねぇ? と問いかけられても、彼女らに分からないものが私に分かるわけがない。ああでもないこうでもないという会話を聞いてみるに、趣味をとことん追求するようなものだろうか?
     学校で何かしら活動するなら、趣味として済ませるより同好会を認められた方が断然動きやすいしメリットも多い。
     そうまで魅力的なのに同好会の発足が少ないのは、面倒だからだ。
     そうぽんぽん同好会を設立されて先生の負担が増えることは好ましくないためだろうか、事前の手続きや発足の認可を貰うまでの道のりは長い。
     そもそも同好会を発足するまでもなく、各々が何かしらの部活に所属していることが多いことも原因の一端だ。
     趣味程度の活動ならば、学校外で友達同士でつるんでいる方が楽だろう。
    「まあ、そこまではいいや。それで、なんで私? 他の人でも良くない?」
     答えが出なさそうな質問は一旦さておき、本命の質問を投げかけた。
     たった今顔を合わせたばかりの私。るまるとは同級生という共通点もあるが、他の面々との接点なんて皆無だ。
    「たしかに設立するためならそれでもいいと思うけどさ、やっぱり顔見知りの相手とかのほうが君らも活動しやすいんじゃないの?」
    「どうあがいても、私たち、交流狭いしなぁ······」
     ころが苦笑いを浮かべつつ答えてくれた。ばりそがその後を引き継ぐ。
    「るまるがそうやって勧誘するんだったら、大丈夫でしょ」
     自然と一同の視線がるまるに注がれる。るまるはそれを認め、ゆっくりと頷いた。
    「鈴なら、絶対大丈夫だと思うの」
    「え······なんで?」
    「え? だって······」
     ふにゃりと、るまるが柔らかく笑う。
    「去年の研修旅行のとき、お弁当分けてくれたの嬉しかったから!」
     にぱっと笑ったるまるを見て、ふっと記憶が蘇った。
     ──お弁当、忘れちゃったの?
     ──う、うん。お財布もなくって······。
     ──これあげる。私、今日はそんなに食べれない日だから。
     あの時しょぼくれていたのは彼女だったか。
     たかがサンドイッチ一個、たかが一瞬の会話。
     余談だが、私は学年の中で上から二番目の年齢(身長もそうならどれほど良かったか)だ。あと、妹がいて、とことん世話焼きなところがある。
     つまるところ、年下に弱い自覚がある。
     ぐらついた心は一瞬で絆されていた。
    「······しょーがないな。名前、貸すだけだよ?」
     けきょ。下手くそな春告鳥が鳴いていた。



    5.



    「おつかれーい」
     名前だけ貸す。そう言ったのはもういつのことだったか。
     気がつけば、サークルは私の入りびたる場所になっていた。最初は抵抗があったもののメンバーとはタメ口を聞く仲になり、第二の実家にいるような心地である。
     第二の実家の名前は、《芸術探求同好会》。絵、映像、音楽、物語に至るまでを探求し、時に自分たちで作品を作る。そういう体を取ってはいるが、名前も活動内容も、ぶっちゃけ誰も気にしていない。それはそうだ、自分たちが息を吸う空間の名前をいちいち把握しておく必要なんてない。
     私達はただ、したいときにしたいことをするだけ。今度はTRPGをする予定だ。
     一年と少し活動していた私達の顔ぶれにも大きな変化はないが、メンバーが一人だけ増えた。
     設立の翌年、その夏休み前に、ばりそによって我らがサークルに連れてこられたのは一人の少女だった。
     曰く、ばりその学年に転入してきたのだとか。彼女とは小学生のときから交流があったらしく、仲睦まじい様子が見て取れる。
    「こいつカンパニ。猫被ってるやつだから」
    「さささには言われたくないんだけど?」
    「なんだオラ」
    「やんのかコラ」
     やっぱり気のせいだったかもしれない。
     その頃にはエラーとばりそ(カンパニからはさささと呼ばれていたりいなかったりする)のオーラにもすっかり慣れ、何も起こらないことをいいことに私達は青春を謳歌していた。
    「あ、トンボ」
     夕焼けの残光のようなトンボが外を飛び回っていた。窓を開けると、薄暮の涼しい風が私達の頬を撫でた。



    6.



     さて、そんな我らが同好会だが、活動記録ついでに交換日誌を作っている。
     本日の担当は言い出しっぺでもある私だ。
     ぱらりとA5のノートを開き、カンパニの名前を日誌の一ページ目に加えようとして気がついた。
     学年が去年のままになっている。一ページ目をわざわざ開くこともないし、誰も気が付かなかったのだろうか。
     追記ついでに、ちょちょいと修正しておく。そして、できる限り丁寧な字でカンパニの名前を付け足す。

    ···
    ·········

    高等部一年 鈴川すずかわ 佳笛かふえ …部長
          春丸はるまる 彩花あやか …副部長

    中等部三年 江良えら 未来みらい
          転屋ころびや 心路こころ

    中等部二年 丹波たんば リサ
          蟹原かにばら パニ

    ·········
    ···

     出来上がったものを見て満足すると、私は改めて今日の日誌を書き始めた。



     これが、私達の前日譚。奇妙な縁で惹かれ合った六人の少女が出会うまでのプロローグ。
     今後訪れる怪奇譚を、私達はまだ知らない。
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