幕間:晩春の放課後「お先に失礼しまーす」
「お疲れ」
最後にそのやりとりを聞いたのは何分前だったか。
知り合いの知り合いを含めた勉強会。最後まで残ったのは六人だった。
主催の高二、 鈴川 佳笛こと、鈴。
鈴の妹、鈴川 笛音こと、フィーネ。
ころの同級生の高一男子、錫谷 翔こと、錫。
機械に強い中二男子、古西 海こと、アラル。
フィーネと同じクラス、北原 星こと、星。
鈴の尊敬する先輩、南 亜美。
ぽつぽつと点はありつつも、ちゃんと繋がりがなかった面々。勉強会という体であることもあり、会話は特段多くなかった。
また、つい先日放送機器にちょっとした異常が発生し、本日修理が入っている。そのため、突然の放送によって集中が切らされることはない。
そのため、聞こえる音はちらほら上がる質問とレスポンス、そして開け放たれた窓から入ってくる鳥の鳴き声のみ。うららかな陽光と相まって、静かな晩春である。
「ところで」
その静寂を砕いた人物が、一人。
「百物語って、どう思います?」
先ほどと毛色の違う沈黙をもたらしたのは、星だった。
「なんで唐突にそういう話題な訳」
アラルが再び沈黙を破った。
「ほら、最近七不思議が流行ってるでしょう? そういう話の中で定められてる数字で、四や六、九やら十三なんか出てくる話が多いのは分かるんですけど、なんで百物語は百なんだろうな、って」
「あー」
「たしかに、そうだよね」
星の応答に納得した様子なのは錫とフィーネ。双方言葉少なながらも、こくこくと首肯している。
「キリがいいからなんじゃないの? 十や二十じゃ雰囲気出ないっしょ」
「あと、そんだけ数あると、気軽にやりにくいのもあるしなぁ。変なのに手を出す輩はいくらでもいるし、抑制にはなるんじゃないかね」
アラルと鈴が口を挟む。それぞれ着眼点がやや異なっているようだ。
「まあでもさ」
南が苦笑いを浮かべた。
「多いよね、百って」
「やっぱり多いですよね!?」
「ほっしー、声大きい」
星がガタッと音を立てて立ち上がる。
今日寝不足なのに、と至近距離の大声を受けたフィーネがぼやいた。その頭に、こら、と鈴がチョップを入れた。
アラルが星の発言に、たしかにと同調する。
「百物語の手順が、別室に百本の蝋燭を用意して、一つずつ怖い話をする。一つ終わるごとに蝋燭を消し、鏡を覗き込んで帰ってくる。百個目の話を終えたら、怪異現象が起きる。セオリーだよな」
「あっ、知ってる! 落語の『皿屋敷』と一緒で、直前……九十九話で終えるのがルールなんだよね。あ、でも、霊障が残っちゃうから途中でやめちゃいけないんだって」
「最後までやっちゃいけないけど、途中で切らしてもいけない。難儀なもんっすよね」
「すごい、アラル先輩とフィーネちゃん、専門家みたいだ······」
「ボクも伊達にネットに張り付いてないよ。他にも朝が来るまでに話し終えるとか、早く終わったら朝まで待つとか。······絶対、蝋燭が途中で燃え尽きるって。鈴先輩が言ってたみたいに、制約が多いんですよね」
アラルからの視線を受け取った鈴がそうそう、と肯定し、まあ、と続ける。
「最初の話に戻すけど、ぶっちゃけ数は何でもいいんよね。不吉な数字も怖い噂もつく尾ひれも、きっかけはどうであれ、全部人間がそう定義するだけなんだし。ですよね、先輩?」
「うん。でもやっぱり、厄介なのは信じ込まれたり、むやみに儀式をやったりしちゃうことだよね。正式なものが存在したりしなかったり、案外馬鹿にならないから。……錫くんは、こういう怖い話とか興味ある?」
「ん?」
南が、ずっと数式とにらめっこをしていて、一言発してから全く発言していない錫に話を振った。錫はぱたんと問題集を閉じると、腕を組んで考え込む。
「おれ、そういうのよく分かんないからなぁ。あ、でも、怖い話、一個だけできるよ。今しかできないし、めっちゃ怖い」
「え、なんすか。言ってみてくださいよ」
「えー、いいよ」
錫が黒板の、やや上の方を指差した。
「最終下校、あと五分」
沈黙。
「や、やっべええええええ!! 最近明るくなったから!」
「そうだ、チャイム、今修理中です!」
「やっば。みんな、ちゃちゃっと荷物まとめちゃってね。窓閉めてくる」
「あっ、錫さんだけしれっと帰る準備バッチリだ!」
「ずっる!! 錫さんずるいっすわ、それは!!」
「ごめん!!」
唐突にバタバタと騒がしくなる教室。やがてピシャリと扉が閉じられ、生徒たちが校門に向かう足音が遠ざかっていく。
後に残されたのは、やはり静寂だった。