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    ashigaru_k

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    ashigaru_k

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    ますらおの維盛静で転生if 続きもの。
    授子さん、ますらお推してくれてありがとう!

    維静① 維盛転生寿永三年、冬。

    一ノ谷の戦いを離れた後、維盛は京へ、静の住処へと向かった。
    物陰から中の様子を伺うと、静が一心に祈りをささげている様子が見えた。やがて、仲間から源氏の入京を告げられ、義経の無事を知らされると顔をほころばせ、頬を染めた。

    (九郎、九郎と!)

    機会を得ながらも九郎を討ち損じた無念に囚われながら、こうして今、静の九郎への思いを目の当たりにしている。

    (私が落ちぶれた以外、何も変わらぬ)

    菓子を与えようが目をかけようが、維盛が何をしたところで九郎以上に静を浮き立たせるものはなかった。
    一ノ谷で九郎は維盛の手を逃れ、京の静はこちらを振り向きなどしない。

    (私にはおまえ以外に、心を動かされる存在などないというのに)

    己の命運が尽きようとしているこの時、維盛の目に映るのはただ静のみであった。
    平家栄華の世が続くのなら、変わらず手元におくことができたであろう。だが、瞬く間に世は変わった。

    (静、もはや共に過ごすことが叶わぬなら、魂だけでも連れてゆく。黄泉の国にも都はあろう)

    静と別れるつもりなどない。生きて添い遂げることが叶わぬなら、ともに死ぬまでの話だ。
    だが、眠りながら静かに呼吸するその喉を突こうとした瞬間、意識のないはずの静は不思議な強さと優しさで維盛を止めた。
    静は思い通りにはならない。逆らいながら、維盛を救い続ける。


    静の住処を出た維盛は、出会った坊主に連れられるままに京を出た。
    死に場所を探すかと問われながらも、最後に触れた静の手の温かさが未練となり、維盛を此岸に引き留めた。
    坊主と連れだって南へと歩くうちに季節は移ろい、秋には義経が武蔵国豪族の娘を正室に迎えたという噂を、翌春には平家滅亡の報せを聞いた。


    維盛は祖父清盛の最期を思い出していた。
    「遺言は『頼朝の首を刎ねて寄越せ』だった」と誰にともなく呟くと、横の坊主が「相国殿も、いま頃は地獄かのぅ」と返した。

    道中をともにするこの坊主に、改めて素性を打ち明けたことはないが、おおよそのところは察しているのだろう。

    「武士に生まれ、武士のまま死んだのだ」

    死に際に敵の首を求めた祖父は、どれほど栄華を極めようが武士の性分を失わなかった。比べて自分は、と小さく笑う。

    「なんだ、地獄と聞いて面白いか?」と坊主。
    いや、面白くなどない。今こうして維盛は地獄にいる。静に会えぬ地獄だ。
    仏の教えも救いにはならぬ。執着を捨てよと説かれたところで、受け入れるつもりなどない。
    静との記憶に縋り生きている。行く当てのない激しい想いに身を焦がす日々が地獄であろうが、そこに静がいるならば出るつもりはない。
    死なずにいるのも、まだ静がこの世にいるからだ。正妻を迎えた九郎の傍らに、妾として添うているはずだ。
    (何と言っても、静だからな)あの強かさで、うまく立ち回っていることだろう。
    まだ静が生きているならば、ひとり先に彼岸へと渡るつもりはない。


    そうして夏が過ぎ、秋も深まった頃。
    行商人らで賑わう市場で「九朗大夫判官の妾」という言葉が維盛の耳に飛び込んできた。思わず立ち止まる。

    「吉野で捉えられたそうな」

    頼朝と対立した義経が吉野山へ逃れたが、足手まといになったのか、そこで妾を捨て置いたそうな。
    妾は名の通った美貌の白拍子というが、捉えられた以上は無事ではすむまいて。いやわからぬ、今度は頼朝の妾になるやもと、人々は口さがない。
    耳をそばだてていた維盛の手が、気づけば腰にあてられていた。かつては刀をさしていた場所へ。

    (九郎、貴様、静を手放したのか!)

    維盛のただならぬ気配を察した坊主が顔を上げる。
    そこへひときわ高い声が響いた。
    「なんだ、オマエら知らんのか! 妾はなぁ、捉えられてすぐに手打ちになったのじゃ」
    「手打ちか?」
    「そうじゃ」
    その知らせを持ち込んだ商人らしき男は、鎌倉で聴いたというその噂を子細に話し始めた。

    維盛は市場を駆け出す。
    「どこへ行くんじゃ」と坊主が後を追うが、維盛の足は速く、そのまま姿を消した。その行先を訪ね歩いた坊主はやがて、維盛らしき人物が某日、日暮れも近い時刻に那智の沖へと漕ぎだしそのまま帰らず、後に主のない舟だけがぽつり漂っていたことを聞かされた。入水であろう。遺体は上がらず。坊主は水面に向かい「死相がぬぐえなんだ」と合掌した。

    ここで維盛は死ぬ。

    そうして光を見た。
    それは己の魂であった。光る魂は幾重にも分かれ、その一筋、一筋が暗闇の中へ飛んでは消え、飛んでは消えていく。
    光の消えた先に維盛の新たな生があるのだと、なぜだかそう理解した。

    ひとりの維盛が死に、同時に多くの維盛が生まれる。
    光の落ちた先には武士の維盛もいれば、公家の維盛や、あるいは坊主の維盛もいるやも知れぬ。
    笑いがこみ上げてくる。

    静、静。おまえもそうだろう。こうして光となってあらゆる世で生を受けているはずだな。巡り合えるぞ。私は、私と生きる静のもとへゆく。九郎などいらぬ。

    維盛は微笑みながら瞼を閉じた。その耳に、雅で清麗な笛の音が細く長く語りかけてきた。


    ピーヒョロロロー、ピーヒョロロロー。


    「維盛どの、維盛どの」

    誰だ、無粋な。声をかけるなど。静の笛の音が聴こえぬではないか。

    「めっちゃFAXきてますけど。起きてくださいよ」
    「ファックス?」 違和感を覚える単語に、寝ていた維盛は目を開けた。
    「総帥からです」と若い男の声。総帥。
    「あーーーーー!!!」と、役員車の後部座席で目を覚ました維盛(29歳独身)は大声を上げた。
    「どうされました?」
    「眠るつもりなどないのに眠ってしまった! 予定が!」
    「とりあえず、ファックス読みましょうか」と部下が諭すようになだめる。

    役員車にファックス取りつけてるなんて、ウチの会社くらいのもんですよねという部下の声を聞きながら、維盛は口元を拭った。涎は垂れていない。
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