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    【謝罪の極み】ワンライ叶わず
    ま、まにあいませんでした

    monthly龍千_11月 ペルセウスは北米に到着した。降り立ったエリアに特設のキャンプサイトを設置し、俺たちのアジトが出来上がるまでものの数時間。オンスケジュールの航海もサバイバル然とした生き方も、経験を会得した海の民たちにはすっかり手慣れたものだ。そのバイタリティとタフネスをもって住環境が整えられ、そうして着実にロードマップの駒を進めているところだった。
    「龍水様の具合に違和感があります。ちょっと席を外させていただきます」
    「?」
     昼時のこと。食事の準備にシュトーレンを手にしたフランソワが徐にこんなことを呟いた。龍水の体調が悪いらしい。フランソワは言わずもがな対龍水限定の臨床心理士であり、かかりつけ医であり、親かそれ以上のエスパーじみた千里眼を持つのだ。だから疑う余地なく俺もそれが気に留まって、持ち出し用のミニ窯をいじくっていた手を止めて視線をあげた。航海を短いスケジュールでの強行突破したのだ、無理をさせた自覚はある。いくら自己管理の鬼と言えど少しは堪えたに違いない。例えば心因性の眩暈とか、胃腸の調子とか、整体的な筋骨の不具合とか。はたまた自律神経系の疾患だって、龍水がどれを患っていても責められる立場ではないのだ。そうだとして、薬の存在。心身のリラックスのためのマッサージのエトセトラがさて間に合うだろうか。そんな調子で俺なりに相当な心配を過らせながら見渡して、すると十数百メートル先のところにあいつは居た。いつもの身なりでしゃんと立ち、司と何か喋っている。
    「……お元気いっぱいじゃねぇ?」
     喋っているどころではない。龍水は司になにかを懸命に説いていて、上腕二頭筋をもりもりと見せつけたと思えばスクワットをし始めた。何度かその運動を見た司は手を添えて、龍水のフォームに手直しか、もしくはアドバイスをしている模様だ。龍水はそれを受け笑ってフィンガースナップを鳴らしていた。バシィン。ここまでその音が聞こえそうな、あのいつもの調子である。
    「烏滸がましい進言で申し訳ねぇけど、バグってんのはフランソワ、テメーのほうなんじゃねぇか?」
    「いえ。恐縮ですが龍水様は無理をしていらっしゃいます。私には分かります」
     フランソワは動揺のひとつも見せず、真っすぐと頭首を見つめながら割烹着を脱ぎ去るのだ。少々行ってまいります。端的にそれだけを伝えたフランソワはすっかり憑りつかれたように龍水のほうへ向かう。頭首に似て彼彼女も大分ゴーイングマイウェイな節がある。もちろんこれも、対龍水限定の話だ。
     俺はその背中を唖然として見送り、ついその先までをぼうっと見つめていた。フランソワが何かを話しかけると司が静かにその場を離れる。龍水は調子よく覗かせていた八重歯をしゅるりと隠して船長帽を被りなおしてしまった。翳ってみえなくなる表情。二言三言を交わしたのち、こくりと頷いた龍水はフランソワの後ろに着いて俺の方に向かってくる。
    「おい、なにかあ――」
    「ありがとう千空。問題ない。悪いな」
     たったそれだけ。てっきり俺に相談を持ち掛けにきたと思ったのに、二人は俺の横を素通りして船の中に入ってしまった。思わず拍子抜けして、変な声を漏らしたまま俺は立ち尽くす。
    「……そうかよ……?」
     フランソワに預けられたシュトーレンの香り高いラムの香りが、ふんわりと鼻腔を擽っていた。


     そんなことがあってからなんとなく気にかかることが増えた。対象は龍水とフランソワ。なんだってなんでもない時にフランソワが龍水の体調不良を説くのだ。それは当てずっぽうのように思わせて、龍水はそれに切な気に笑い返しているのも知っている。そのくせ解決策の相談は俺に持ち出さず、むやみにそのサイクルを繰り返しているようだ。つまりそれは二人だけの秘密になっているという意味になる。あいつらが良いならいい。放っておきゃいい。そう思うには分が悪いではないか。だって本調子じゃない龍水なんてらしくないし、良い気はしないし――だいたい、所謂龍水と肩を並べる回数が多いのは俺で、その俺が毎度気が付けないということそのものが、なんだかとても癪なのである。
    「はー……なんだよこれ、マジで」
    「千空様、落ち着かれましたか」
     こつこつ、と木製扉がノックされて、その向こうからフランソワが問う。そのことに思わず苦笑いを浮かべながら、俺はベッドの上で寝がえりを打って身体を縮こませた。つきんつきんと痛む足首のあたりと、しくしくと歪む十二指腸の不調に思わず苦笑いを浮かべた。痛ぇんだよ、くそが。
    「ぁ。まぁもうちっと休んでりゃどうにかなるだろ、……アロエの補充だけお願いさせてくれ」
    「かしこまりました」
     足首に巻いたセコイアの葉は冷やしたアロエを纏わせていた。湿布がわりのボロ品質だけれど、無いよりは良い。体温が移って生ぬるくなったそれに縋るようにフランソワに追納を依頼し、その情けなさに舌打ちを打つ。
     結局、フランソワや龍水に気を持っていかれている間に俺のほうが体調を崩してしまった。正確には先日小さく開催された小さな宴の代償に胃腸を痛め、そして関節痛を患った。後者をフランソワと、なにより俺自身が診察した結果はスポーツ痛――つまり成長痛的なもの――だ。あの彼彼女は魔法使いか魔女かの紙一重ではないか? 隠していたこれらをフランソワはぴたりと言い当てて、結局、こうもあれこれを世話を焼かれている。こんな調子では王国リーダーとして形無しである。
     こんこんこん。もう一度ノックされて、俺は重い身体を引き上げて木製扉を開いた。
    「悪ィなフランソワ、世話かけ、……て……」
    「千空、体調が悪いんだろう。何故言ってくれない」
     扉を開いた先で、龍水が悲壮感たっぷりに立ち尽くしていた。
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    SPUR ME【謝罪の極み】ワンライ叶わず
    ま、まにあいませんでした
    monthly龍千_11月 ペルセウスは北米に到着した。降り立ったエリアに特設のキャンプサイトを設置し、俺たちのアジトが出来上がるまでものの数時間。オンスケジュールの航海もサバイバル然とした生き方も、経験を会得した海の民たちにはすっかり手慣れたものだ。そのバイタリティとタフネスをもって住環境が整えられ、そうして着実にロードマップの駒を進めているところだった。
    「龍水様の具合に違和感があります。ちょっと席を外させていただきます」
    「?」
     昼時のこと。食事の準備にシュトーレンを手にしたフランソワが徐にこんなことを呟いた。龍水の体調が悪いらしい。フランソワは言わずもがな対龍水限定の臨床心理士であり、かかりつけ医であり、親かそれ以上のエスパーじみた千里眼を持つのだ。だから疑う余地なく俺もそれが気に留まって、持ち出し用のミニ窯をいじくっていた手を止めて視線をあげた。航海を短いスケジュールでの強行突破したのだ、無理をさせた自覚はある。いくら自己管理の鬼と言えど少しは堪えたに違いない。例えば心因性の眩暈とか、胃腸の調子とか、整体的な筋骨の不具合とか。はたまた自律神経系の疾患だって、龍水がどれを患っていても責められる立場ではないのだ。そうだとして、薬の存在。心身のリラックスのためのマッサージのエトセトラがさて間に合うだろうか。そんな調子で俺なりに相当な心配を過らせながら見渡して、すると十数百メートル先のところにあいつは居た。いつもの身なりでしゃんと立ち、司と何か喋っている。
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