貝殻拾い日がだいぶ傾きもう少ししたらオレンジ色に世界が染まり直ぐに薄暗くなるだろう。
日差しや気温は温かな春を思わせても日が落ちれば一気に気温は下がる。
ザブンザァーザブザンザザァーと白波を立てて不規則に押し寄せる波もまだ冷たそうだ。
先程までチラホラいたサーファーもだいぶ減っている。
そんな夕方の砂浜を深紅の髪をポニーテールにしてご機嫌に揺らす彼女。ザッザッザッと動きやすいパンツスタイルで砂の歩きにくさも気にせず、砂で汚れることも気にせず、楽しそうに歩き、またにしゃがみ込んでは気に入る貝殻を探し物ている。
ゆっくりと近付いた私に笑顔で輝く貝殻を見せてくれた。
「カラム、これなんてどうかしら?」
「とても綺麗だな」
プライドが拾ったのはとても色鮮やかなピンクの貝殻だ。それを太陽に掲げると磨いてもいないのに宝石のようにキラキラと輝いた。
「ふふっ綺麗ね」
「ああ」
「セフェクとケメトにとても素敵な貝殻を貰ってから私も貝殻拾いがしたくて!」
「それは誘った甲斐があるな」
「ええ、ありがとうカラム」
特にやる事もなかった夕食前、太陽が沈む前に浜辺へ散歩に誘えば満面の笑顔で返された。そんなにも楽しみにしていたのかと思えばこちらも嬉しくなる。また楽しそうに貝殻を拾う彼女の横顔に目が細まり頬が緩む。
いつも第一王女として勤めを果たしている彼女は普段の生活ではしたいことも制限される。だからこんな時ぐらいは何もかも忘れて遊んで貰いたい。
──少しは楽しんでくれているだろうか?
非日常を。
プライドは些細な出来事も楽しんでいるが、夫としては忘れられない想い出を作りたい。私とでなければ成し遂げられないような大層な──結果旅行に来たのだが、プライドに行きたい場所を問えば『貝殻拾いがしたい』と言われた。
美しい風景を見るでもなく、美味しい料理を食べるでもなく、遊園地や水族館・博物館などの珍しい動物や絵画を観るでもなく
貝殻拾い……。
それがこの国の第一王女がしたい事なのだ。
ならば全力で応えようとプライドが行きたいと言った美しい浜辺と美しい海が一望出来るホテルを予約した。ついでに周りで遊べる場所も検索したがプライドは首を振った。プライドは本当に砂浜で遊びたいのだなと納得した。
折角の旅行で何処にも行かないのも勿体ない気もしたが、今私の名を呼びながら走りよってくる彼女の笑顔を見て、この笑顔が見られるなら何処でもいいと思った。
「カラム、こんなにも綺麗な貝殻を見つけたわ」
それは群青色に少し黒を混ぜたような、でもとても艶があり先程のピンクの貝殻よりも光を反射する貝殻だ。
「これはとても綺麗だな」
「でしょ?」
プライドは満足したのか私の腕に抱きついた。
「ちょっとこうやって歩きましょう」
ニコニコ笑顔で言われて断れるわけはない。
ゆっくりと波打ち際を歩く。足裏からザクザクとした感触と音に笑顔を見せるプライドに釣られて私も笑ってしまう。
穏やかな時間を共に過ごす。
本当に婚姻したのだな、と今更実感した。
こうやってプライベートな時間に日の光の中で彼女と過ごすのはいつぶりだろうか?
夫婦になってからあっただろうか?
婚姻からたった半年の事だというのに、目まぐるしく回り過ぎ去って行った日々に私はそんな大切なことも覚えていない。
うふふっ、と笑い声が聞こえた。
プライドを見れば何が楽しいのか笑っている。
「どうかしたのか?」
「ん〜?ううん。ただ……」
「ただ?」
「……ただカラムとこうやってのんびり過ごせるのが夢みたいに幸せなの」
その言葉通り何処か夢見がちな目で、足を止めて海を眺めるプライド。
顔に吹き付ける風がプライドの髪を遊んでいる。顔に掛かった髪をそっと流して耳に掛けてあげればにっこりと笑ってくれた。それは大人な笑顔だ。出会った頃は子供の表情が残っていた彼女も今では魅力的な成人女性だ。
「私と、ですか?」
「ええ、勿論よ」
頬を私の肩にくっつけ甘えるプライド。
そう言えばダンスを踊った時も甘えてきたな、と付き合う前の事を思い出す。
あの頃はプライドに甘えられるだけでドキドキしていちいち顔を真っ赤にしては心臓に悪かった。今では甘えられる事に嬉しさはあれど顔を赤くするような初々しさは無くなった。
あの頃は自分が王族になるなど想像出来なかった。ただひたすら騎士になるために剣の腕を磨いていたが、今は王族教育が大半を占めている。
そこに不満はない。
プライドと並ぶ為には必要なことだ。
彼女の不安も孤独も何もかもを共有する為に。
だが、たまに思う。
騎士を続けられると言っても王族になった私には制約は多く掛けられ、騎士団に迷惑を掛ける結果になった。罪滅ぼしではないが、やれる事はと自分なりに頑張っているものの王族の公務を優先しなければならない自分は騎士団に貢献していると言えるだろうか?
ギュッとプライドが抱きついている腕を引っ張られる。見ればプライドは含みのある顔をしている。
「行きましょう!」
「え?」
プライドが腕を引っ張り走り出した。足を止めればいい、頭では分かっているがプライドに引っ張られるまま私は足を前に出した。
バシャバシャとプライドが靴のまま海へと入っていく。続いて私もまだまだ冷たい海水がズボンを濡らし靴の中へ浸水してくる。
「ど、どこまで行くんだ?」
「もっと、もっとよ!」
もう膝下まで入ってしまったところでプライドが腕を離す。そして
「エイッ!!」
バシャっと両手で水を掛けて来た。反射的に手で顔を守るも上半身は濡れてしまった。
「うふふっ……あははっ……」
声を出して笑うプライドに呆気に取られる。
「プライド、冷たいよ……」
たぶんよくある水の掛け合いをしたいのだろうがどんなに気温が温かくても水温は低いままだ。この水をプライドに掛けるわけにはいかない。
「大丈夫、直ぐに着替えるわ!」
そう答えるプライドにカラムは小さく息を吐いた。そしてスタスタとプライドの共に
「んグッ!?」
少し乱暴に顎を上げさせ唇を合わせた。
「今はこれで勘弁してください」
「へぇ?キャッ!!?」
プライドを抱き上げると驚きと恥ずかしさからか目を見開いてプルプル震えている。
海を出ると護衛に付いていたアランが笑った顔で寄ってきた。
「靴だけでも脱がすか?」
「いや、このままホテルに戻るからいい」
「え!?このまま!?」
「今下ろしたら砂だらけになる。少なくともホテルの入り口まではこのまま行くぞ」
「ううっ……」
ポタポタとプライドの服と靴から海水が落ちている。入り口にバスタオルの用意を、と連絡を頼もうと思ったらエリックが携帯片手に手を上げた。もう用意しているらしい。本当に仕事が出来る後輩だ。
「もう日も落ちる。後は明日にしよう」
「………はい」
私の胸に顔を押し付けるプライド。パサリとアランが自分の団服を掛けた。
「俺ので悪いけど、顔これで隠してください」
「えっでも汚れますよ!」
「あ〜ぜんぜん気にしないから〜」
「すまないな」
「うっ……ありがとうございます……」
「ん」
恥ずかしそうに団服で顔を隠すプライド。団服が汚れてもアランには役得だろう。今もアランはプライドに惚れている。プライドのこともアランのことも信頼はしているし、心配しているわけではないが、それでもプライドは誰にも触らせたくはない。
くだらないちっぽけなただの男の独占力だ。
歩き出すとプライドは甘えるように額を私の胸に押し付ける。クスクスと笑う声を聞きながらだいぶオレンジ色になった海を背に歩き続けた。