さくすおポメガ 前略。
おれは敷布団の上で胡座をかいた桜君の足の、ひし形に空いた隙間で香箱座りをしている。
「……大丈夫か?」
顔を見せないからか、桜君はいつもより心配してくれているけれど、正直なところぜんぜん大丈夫じゃない。
なぜなら、おれを撫でる桜君の手つきが良すぎるんだもの。初めの頃なんてガシガシゴシゴシ、それはもう芋洗いみたいに雑だったのに、いつの間にか毛並みに沿って撫でたり、撫で方に緩急をつけたり、力加減も文句のつけようがなくなっている。
それのなにが問題かというと、いったい誰がこんな甘やかし方を教えたのか、ということだ。
犯人として真っ先に思い浮かぶのは、にれ君と桐生君。あとはクラスの中なら、実際にワンちゃんを飼っている柿内君の可能性もある。上級生なら、楠見さんだろうか。梶さんもリサちゃんで慣れてるだろうし……。
疑わしい人間が思いの外多くて、こっそりため息を吐いた。
「きゃぅっ……!」
「あ? どうした?」
不意に胸を触られて、慌てて口を閉じる。桜君にしてみたらそこは胸ともお腹ともいえるんだろうけど、おれからしたらそこは『胸』なんだよ。小さくて毛に埋もれてるからわかりづらいかもしれないけど、前足の方に2個の乳首があって、時々、指先が触れてるんだって。
でも桜君はそのことに気づいてなくて、たまに『なんかあるな?』とかってくりくりするし、やめてほしい。
「悪い、痛かったか?」
違うよ。ぜんぜん痛くない。むしろ心地良くて困るんだってば。
胸を撫でていた手をお腹に滑らせて、トン、トンって叩かれる。ゆっくりしたリズムは、一緒に眠る時の桜君の心音と同じでとても安心するんだ。
蘇枋、蘇枋って、おれの名前を呼びながら首や顎の下に手のひらの全体で触れて、ゆっくり柔らかく撫でて、それから耳の裏を引っかけるように掻いて、マズルからおでこに向かって滑り落ちる指先。
あますところなく撫で回されて、身体はポカポカしてし、頭がふわふわしてるんだ。
でもね、君がなんの躊躇いもなく際どいところを撫でてくるのに、当たった時にものすごく気まずそうな顔をするのやめてよ。こっちは隠したくても隠せないんだから。あと、抱きあげてくれた時にチラチラ見てるのも気づいてるからね! 桜君のすけべ!
「すおう、」
抱きしめられて耳元で名前を囁かれると、いよいよもう本当に身体に力が入らなくて、ぐにゃぐにゃになってしまう。おかしいな。今はワンちゃんの体だし、元はちゃんと人間の身体なのに。
だけど、最近、桜君と一緒に居られるならこのままでも良いかな、なんて考えてしまうこともある。
だって、桜君なら、どんなおれでも大事にしてくれると思うから。桜君と一緒なら、ぜんぶ、幸せ。
△▼△
「わっ!」
「うおっ?!」
ぽふん、と音を立てて噴煙が弾けた。腕の中には人間の蘇枋が収まっていて、桜はほっと息を吐いた。
「戻ったな」
「ん……」
「まだ苦しいか?」
「へい、き……」
そう言うにも、蘇枋は項垂れている。いつもならすぐ、心配かけてごめんねと顔を見せてくれるのに、まだ具合が悪いんだろうかと桜も胸には不安が募る。
「まぁ、その……とりあえず、風呂入ってこいよ」
「あっ、ちょ、まっ……、てっ!」
桜がそう言って身体を離すと、蘇枋が妙に焦りだした。
「んだよ。それか風呂は明日にして、とっとと寝りゃいいだ、ろ……?」
顔をあげた蘇枋は真っ赤になっている。そしていつも通り正座はしているのだが、様子がおかしい。腿をぎゅっと閉じているのに、膝はモジモジと擦り合わせていた。
よく見れば、ゆったりサイズで履いているズボンのファスナーが窮屈そうになっているのが見えて、桜は頭を掻く。
「桜君のえっち!」
「はっ?! なんでだよ!」
「桜君があんなにいやらしく触ったからなのに!」
「いっ?! いっ、いやらしく、なんて、してねぇだろ?!」
「いやらしかったよ! だいたい、いつどこで誰にあんな触り方教えてもらったのさ」
「べつに、誰かに聞いたわけじゃ……」
「ふぅん? じゃあ、桜君が自分でヤりたいようにヤッたんだ?」
「嫌だったのかよ」
桜の一言に、蘇枋はぴたりと動きを止めた。
「……いやじゃ、ないよ……」
そして桜の肩に頭を乗せて、呟いた。
「もっと、いっぱい、さわってほしい……」
蘇枋は足を崩して座ると桜の胸に顔を埋め、脇から腕を回して抱きついた。
すると、桜が返事の代わりに髪を撫でる。頭の丸みに沿って手を添えられ、促されるまま顔をあげれば唇を塞がれる。
この後、撫でくり回される『だけ』で立てなくなるとは、蘇枋は微塵も思ってなかった。
―終―