無常の夢路 一
湯気の立たない紅茶。初めに目に映ったのがそれだ。顔を上げてみると、向かいには理解くんが座っていて僕を凝視していた。僕の身体に穴でもぶち抜くんじゃないかというぐらい、鋭い熱視線だった。
僕は最初、理解くんにとって何か悪いことをして問い詰められている最中かと思った。ではこの冷めた紅茶は何だろう。全く以て淹れた覚えがない。カフェかどっかと思って辺りを見渡しても、今いる空間はハウスの内装にそっくりだった。ただ、この違和感はなんだろう。全体的にグニャグニャしているという感じ。向かいに居る理解くんだけが確かな形を得ていた。
おまけに時間の前後感覚が全く掴めない。僕らはいつからこうしているんだろう。五分も経ってない? 実は一日中ずっとこの場面が続いてたりして。
突然、理解くんが腕を振り上げてティーカップを床に落とした。勢いと距離の割に、パシャンとくぐもったような割れた音だった。チラッと床を見たら、中身は紅茶ではなく、ベットリした赤黒い液体だった。
「もう限界なんです」
初めて理解くんが口を開いた。彼の声音は酷くグラグラしていたが、矛先はしっかりと僕に向けられていた。その調子は怒りのようでもあるし何かを乞うようでもある。でも僕では真意を判断できない。いいや、判りたくないだけだ。僕らの関係が早くも終わるかもしれないのだから。何が、どうしたの、僕はそう訊いていた気もするし、黙って続きを待っていた気もする。視界にいる理解くんをしっかり意識するにつれて、僕の輪郭はますます不安定になっていた。
目の前の理解くんがはっきり見えるようになってやっとわかった。心なしか目がいつもより紅い気がする。いや、紅が濃いだけじゃなくて、何の反射も受けずに自ら発光しているようだ。まさか、人の目が光るだなんて! それか、そういうコンタクトレンズでもあるんだろうか、理解くんでも手の込んだイタズラをするものなんだ。怖いっちゃ怖いけど、僕はちょっとばかり彼に親しみを覚えた。きっと彼なりに浮かれた気分でいるのかも。
「依央利さんの食事では物足りない」
親愛と恐怖はくるっと一回転して、ふつふつと怒りを沸き立たせた。ぼんやりしていた僕の意識は、憤りのためにくっきりし始めた。ズキズキとする頭に血が昇って余計痛い、が、僕は椅子を引き倒して拳を振り上げた。僕の食事が不満? まさか僕の知らない所で浮気でもしたの?
「依央利さん"が"ほしいんです」
昇りつめた血圧が一気に低くなってぐわんと視界が揺れた。ズキリと頭も痛み出す。下ろした拳は僕のカップに直撃した。カップは割れずにコロコロとテーブルの上を転がった。血は出なかったが、チリリと指先が焼けるように熱い。今、なんて? 難しくない言葉のはずなのに、へたりと床に落ちた後も何一つ飲み込めやしなかった。遂に彼から誘われたと思って腰が砕けてしまった。
「実は私、吸血鬼なんです」
日本語的には間違っていない、はずなのに、脳が正しい文章だと処理してくれない。理解くんはスーッと椅子を引いた後、ゆっくりと僕の方へ歩き始めた。
急に違和感の正体がわかった。どこもかしこも赤い。赤、丹、あか。外の景色を見ても、夕暮れ時にしては朱すぎる。何より、理解くんの双眸がさっきよりも紅くて、眩しいくらいになった。
流石にイタズラが過ぎるだろうと僕は最初呑気に考えていた。吸血鬼だという理解くんが飢えた獣と同じく、ギラついた陰を現して、そーっと、距離を詰めていく内に、もしかしたらこれが現実かもしれないと考えを改めた。
身の危険が迫っている。僕は逃げるべきだと思った。そんなの当たり前だろうって? それでも僕はお尻と手をしっかり床に着けたまま、後退ろうともしなかった。金縛りにでもあったかのように身体が動かなかった。それもある。でも一番は、理解くんが本当に吸血鬼だとしたら、僕の血液全部を捧げたいと思ったから、なんだろう。それが僕にできる最大の服従なら、これ以上の幸せってない! 僕は至っていつも通りだ。たとえ理解くんが吸血鬼だとしても、僕は死んだって君に尽くすつもりだからね!
とうとう理解くんが僕の傍までやって来て、しゃがみ込むと僕を持ち上げた。宙に浮いたまま進んだかと思えば、暫く止まる時もあった。そこで理解くんは、いつからそこに居たのか、黒猫と会話をしていた。何故家に黒猫?
「それじゃ、良い夢を」
今の声、理解くんじゃないよね? 何だかよく分からないけど、黒猫は尻尾を揺らしながら台所のクッキーの山に飛び込んだ。そうこうしている内に、見覚えのある部屋に僕は運び込まれた。景色は赤いままだけど、僕の部屋だった。途中物に躓きながらも、理解くんは僕をベッドの上にゆっくりと下ろした。いつの間にか理解くんは、映画とかで見る吸血鬼の衣装を身に纏っていて、僕の上に覆い被さっていた。
間近で見る爛々と光る目は少し不気味で、それでいて理解くんの白さとよく合っていた。今までちっとも命令してくれなかったのに――恋人同士になってもそれは同じだった――最期にこんな奇麗な瞳に捕らわれて、心臓を搾り取られるなら僕の命も甲斐があったというわけだ。
早く、君の命を延ばしたい! そう期待して待っているのに、理解くんは僕の頬に手を添えただけで、一向に血を吸おうとしない。僕の顔を見つめてフリーズしているみたいだった。おーい、もしもーし。声には発せないが、僕はひらひらと手を目の前で振ってみせた。だが彼は本当に一時停止の画面みたいに動かない。ずっと僕の顔を見つめている。あぁ、でも不思議だ。こんなにくっきりと見えているはずなのに、ピントが外れたようにぼやけている。それに僕も彼の顔を見ているのに、一度も目が合わないのだ。
やっぱり理解くんは動かないままだけど、顔色に変化があった。目だけでなく肌の色まで忽ち紅くなっていった。えっ、血を吸うんじゃないの? なんで顔紅いの? 君にとってはただの食事なんじゃ。
ぷるぷると唇を震わせていた理解くんだったが、キュッと目を瞑った後、一息で僕に噛み付いた。けれども実際に食んだのは、何故か僕の唇だった。あれ? 普通吸血鬼って、首筋を噛んで吸うんじゃなかったっけ。フィクションはそうでも、実際は唇から血を吸うのかも……ってか、吸血鬼もフィクションじゃん。
最初は何の感覚もなくて、そんな風に考えられたけど、段々痛みとは程遠い甘い痺れが全身に走った。唇を食むといっても、偶に歯が当たるぐらいで唇同士で挟み合うような感じだった。血が吸われるような気配は全くない。むしろ理解くんの温度がどんどん注がれて、いずれ溢れ出してしまいそうだった。こんなの、食事というよりかは…………。
視界が明滅した後暗転する。フェードインで現れたのは、レンズ越しに僕の空洞を薄っすらと覗く紅い目だ。今度はかちりと目が合った、そう確信すると、バッと理解くんは顔を離してわなわな震え出した。
「ちっ、ちち違うんです……! 決してそういうのではなくて……」
うつつに引き戻されて初めて思い知ったのは、唇に残ったほんのり甘い紅茶の跡、体の奥がやけに熱いこと。きっと全部、吸血鬼じゃない理解くんの仕業だ。
二
勉強のキリもいいし、丁度お茶がなくなったのでお代わりを貰おうと私は台所に向かった。リビングルームには甘い香りが充満していた。今頃依央利さんがハロウィンのお菓子を作っているのかもしれない。
「依央利さん、お茶のお代わりを――」
思わず手に持っていたティーカップを落としてしまった。ガシャンっと勢いよくカップが割れる。破片が散り散りになって危ないが、それよりも目の前の光景の方が重大だ。
依央利さんが血を流して倒れている。
私は何とか冷静を保ちながら、ゆっくりと彼に近付いた。今すぐ飛び付きたい気持ちや救急車を呼びたい気持ちをぐっと抑えて、まずは怪我の状態を確認しなくてはならない。
回り込んで見てみると、顔の辺りから血溜まりが広がっていた。色を見る限り、出血からまだそんなに時間は経っていない。頭からと思ったが、この位置だと口から吐き出した可能性もある。今度はしゃがみ込んで近くで見てみると、凡そ血液からするとは思えない砂糖の香りがぶわっと広がった。待った、これは本当に血なのか? 確かに血液にも糖分が混じってはいるが、まんま甘い匂いがするのはヤバいのでは……? むむ、しかし約一名本当に血液中に砂糖が流れていそうな住人がいるけれども……。
「どうしたの理解。凄い音がしたけど」
「うわぁ って、ふみやさん」
噂をすれば何とやら。ふみやさんはジャケットに手を突っ込みながら、至って落ち着いた様子で私たちを見下ろしていた。
というか、彼の場合異常に冷静だ。……いや、まさかそんなはずはないだろう。いくらふみやさんでも、いきなり同居人に手を下すだなんて。
「は? 理解、今俺のこと疑ったろ」
「い、いえまさかそんな。違いますよねふみやさん」
「違うに決まってる。大体さ、よく見てみなよ。依央利はただ寝てるだけ。その赤いやつはラズベリーソース」
「……へ?」
ふみやさんが指し示した通り、依央利さんの方を改めて観ると、僅かながら息をしていた。それに赤い液体も、よくよく見れば粒が混じっているし、甘ったるい匂いに紛れてほんのりベリー系の香りがする。付近にはひっくり返ったボウルと、泡だて器が落ちていた。これを混ぜている時に気絶して倒れたに違いない。
「よ、良かった……寝ていただけなんですね。それなら安心……って どこがですが」
「うるさっ。依央利の鼓膜破れちゃうよ」
「また気絶しながら料理をしてたんでしょうこの人は! 全く何度繰り返せばっ……!」
依央利さんの異常なまでに献身的な性質は、今に始まったことではない。が、自分の身体を犠牲にしてまで尽くすのはやはり頂けない。だが私がどれだけ注意しても彼は聞く耳を持たないのだ。そう考えると沸々と怒りが湧いてきた。意外にもそれは私の理性を凌駕して、思わず彼を打とうと腕を振り上げた。
右手の指先の絆創膏が目について、私は打つ代わりにそっと指先に手を触れた。今日のハロウィンパーティーまで、ずっと衣装などの準備をしていたのだろう。そういえば連日目の隈が酷かったし、今朝起こした時は一段とふらついていた。こうなる前に私が無理矢理にでも休ませるべきだったのだ。
「で、どうするの」
いつの間にか傍まで来ていたふみやさんがそう尋ねた。片手にはまだトッピングされていないクッキーを持っていた。本来ならつまみ食いを注意するところだが、今は言える立場でもない。
「寝かせてあげましょう。私が運んで行きます」
「そう」
私は依央利さんを起こさぬよう慎重に持ち上げた。本当に私と七キロしか違わないのかと思う程軽い。きっと前より痩せたはずだ。背後でふみやさんが「お姫様抱っこなんだ……」と呟いた気がするが、気の所為だろう。
「そうだ理解」
私たちが廊下に出たところで、ふみやさんも後に続いた。
「何ですか」
「床の掃除とかやっとくから、理解もゆっくりしてていいよ」
彼にしては献身的だ。だが何か裏がありそう……あ、もしやまさか。
「お菓子、独り占めする気でしょう」
「えっ。違うよ。俺がそんなことする人間に見え」
「見えます」
「えぇー」
最早確信犯だ。だが、私にとってはお菓子の行方よりも依央利さんの方が気掛かりである。ベッドに寝かせた後も暫く様子を見ておきたい。
「……分かりました。お願いします。私の分は良いですけど、他の皆さんの分も少しは取っておいて下さいね」
「うん。じゃ、良い夢を」
最後の一言が少し気になるが、多分依央利さんに向けてのものだろう。今までの会話で起きなかったかと顔を覗き込むが、少し息を漏らしただけでまだ眠っていた。
依央利さんの部屋は相変わらず散らかっていた。本当に自分のことには無頓着というかなんというか。しかしその中でも一段と目を惹いたのは、マネキンに着せられた衣装だった。まるで昔の貴族が着ていたような服に、長いマントが掛けられている。恐らく仮装のための衣装だろう。途中ロール状の生地に躓きながらも、無事に依央利さんをベッドまで運んで毛布も掛けてあげた。
寝顔は穏やかだが、さっきよりも呼吸が速いような気がする。どんな夢を見ているのだろうか。依央利さんが見ている夢に、私は出ているのだろうか……なんてつまらないことを考えながら、彼の顔をぼーっと眺めた。特に意識していなかったが、それなりに整った顔立ちをしているものだ。とは言いつつも最近は隈が酷いし、よく見ると唇も皮が剥けていた。味見した後なのか僅かにラズベリーソースが残っていた。
唇、か。そういえば皆に内緒で依央利さんとお付き合いしてから、一度も恋人らしいことはしていない。無論キ……そういう行為だってまだだ。一つにはなかなか二人きりで居られる時間がないから。それと、単に私の覚悟がまだなのだ。したくないわけではないが、どうしても恥じらいが勝ってできない。いずれ彼に呆れ顔すらされなくなりそうだった。
今なら、依央利さんは寝ていることだし、こっそり練習としてしてしまえば――そんな邪な思いが頭を掠めた。駄目だ草薙理解、卑怯だぞと理性が喝を入れる。……しかし、ラズベリーソースが段々血液に見えてきて、痛々しくそれが滲む唇を見つめている内に、可哀想と思うと共に、ぞくりと未知の欲望が這い上がってきた。絶対に覚えてはいけない衝動だ。頭では分かっていたが、私は堪らず彼の顔に近付いて頬に手を触れた。
私の視界いっぱいに依央利さんが居る。こんなことをしては駄目だ、早く引け……そう思えば思う程、益々依央利さんで満たされたくなる。
ぎゅっと目を閉じて見ないようにしながら、私は顔を一息に近付けた。唇は意外にも柔らかくて押し付ける度に甘酸っぱい匂いが立ち込めた。更にその奥から、脳髄を突くような蜜の香りもしてくる。その味を知ってしまったら後に引けなかった。私は夢中になって依央利さんの唇を貪った。背骨の上を甘い背徳感が駆け抜けた。
酸素が薄くなり出して、そろそろ辞め時かと私は薄っすらと目を開けた。長い睫毛の隙間から空洞が覗いていた。空洞だと思っていたそこにぱっと光が差して、私の瞳の奥に突き刺した。
心臓が吹っ飛ぶかと思った。私は咄嗟に身を引いて、この行為の意味をどう説明するべきか必死で脳味噌を回した。
「ちっ、ちち違うんです……! 決してそういうのではなくて……」
端的に表せば、自分ではない化物が現れたような感じだった。こんな突飛な言い訳が通じるはずがない。私の罪は腹を切ったって赦されないだろう。夢から這い上がってきた依央利さんは私の顔をポカンと見つめながら、唇を指でなぞった。
「理解、くん。まさか、僕にキス」
「うわあぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい 私はなんてことを……!」
許可を取らずにキスしたなんてとんだ大罪だ! 私は手近に腹を切れるような物はないかと辺りを探った。床に裁ち鋏が落ちていた。本来なら床に刃物を置くなんて言語道断だが、今回ばかりは目を瞑っておこう。
「ちょ、ちょっと理解くん何して」
「止めないで下さい。私の罪は何世代に渡っても償いきれないものですが、この場で切腹を」
「やめて とりあえず一旦落ち着こ」
ベッドから身を乗り出してきた依央利さんに鋏を分捕られた。
「あのさ……まず僕たち恋人同士なんだから、キスぐらい普通でしょ?」
テーブルに鋏を置いてから、依央利さんは私に向き直った。"キス"という単語にまだたじろぎつつも、私は姿勢を正して頷いた。
「……でも、寝ている間なんてズルいよ。僕だけ夢の中だったってことだよね。はぁ〜初めてのキスだったのに」
依央利さんは頬を膨らませて分かりやすく不機嫌になった。私は弁明することもできなかった。不意に、思い出したように依央利さんは声を上げた。
「お菓子作り、まだ途中だったんだ。行かなくちゃ」
「待った、どういうつもりですか」
急にベッドから立ち上がろうとした依央利さんを、慌てて抑えようとする。恐ろしく切り替えの速い依央利さんが、ちょっと不気味にも思える。だが彼はそういう人間だ。覚醒した後も微妙にふらついていたのを、彼は意識せずとも私はちゃんと見ていた。完全に疲れが取り切れていないのに、ぶっ通しでお菓子なんて作っていたらまた倒れるに決まっている。
「だって、僕は……」
惑うような視線の動きで、私はその後の言葉が何となく分かったような気がした。今更彼の"奴隷"という役回りを否定するつもりはない。それで彼自身が幸せに生きていられるなら、変えないでもいいと思う。けれども、いつまでもそうやって自我から目を逸らさないでほしい。
依央利さんの肩に手を添えてベッドに押し戻した。もう少し暴れるかとも思ったが、すとんとシーツの上に再び腰掛けた。私は立ったまま少し身を屈めて、彼と視線を合わせようとした。
「もう一度やらせてください。初めてのキっ、キキッ、キス、を」
薄暗い部屋の中、潤んだ依央利さんの目が灯っていた。私は彼の右手に左手の指を絡ませて、絆創膏まみれの指をそっと撫でた。もう片方の手は後頭部に添えて、ぐっと顔を引き寄せた。情けない程に両手が震えていた。
「り、理解くん」
「依央利さん」
互いの名前を呼ぶ息が吹きかかった後、依央利さんはそっと目を閉じた。それを合図に、私はさっきよりも遅く距離を近付けた。最初にひたりと皮膚が付いたら、もう離れまいとして、唇が絡まり合った。何だと思えば、ぎゅっと依央利さんがしがみつくように私の背に腕を回していた。私も応えるように、痛くならないように右手を握る力を強めた。
あの背徳程甘いわけではないが、遥かに心が充たされるような口吻だ。それだけで充分なのに、貪欲に求めようとして、二人してベッドの上に雪崩込んだ。カチャリと眼鏡がずれたのにも構わず、薄い皮膚越しに体温を交換し合った。私の肺が依央利さんの吐息で一杯になった頃に顔を離した。依央利さんは肩を上下させながらとろりと笑った。その後、電池が切れたように眠ってしまった。
私は起き上がろうとしたが、依央利さんが寝入った後で力強く抱き寄せられ、彼と向かい合う形で自分もベッドに横たわった。ベッドの端に追いやられた犬のぬいぐるみが恨めしそうにこちらを見ている、ような気がした。
依央利さんに固く抱き締められているせいで、動こうにも動けなかった。力ずくで退けようと思えばできるが、それをする理由がなかった。まぁ、この時間に寝てしまえば九時には寝られないという懸念があるのだが。
「理解くん……はやくこっち来て……僕を眷属にしてよ……」
さて、この寝坊助さんはどんな夢を見ているのだろうか。その答えも気になっていた。私は眼鏡を外して、少しでも同じ夢に出られるようにと、額を合わせて眠りに就いた。