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    和花🌼

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    和花🌼

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    銀土、九尾狐と烏天狗のパロ。
    ふぉっくろです。
    お誕生日のお祝いに、書かせていただきました。

    狐のお嫁さま ガランガランと鳴らされる鈴の音、パンパンと打ち鳴らされる柏手。今日はこれで何人目だ。もう数えんのもめんどくせぇ。
    数年前までは、年始にだってこんなに人は来なかった。
     周りに民家はあるとはいえ、この社まで辿り着くには、石段を登ってこなくちゃなんねえ。小さな山の上にあるかんね。だから、ふらっと寄って、お参りするには、ちょっと面倒な場所なんだよ。
     それなのに、この参拝客の多さは何なの。
     そっと社の中から外を見れば、長い黒髪を綺麗に結い上げた若い娘が必死に手を合わせている。
     その娘が心の中で強く念じている想いが伝わってくる。
     『お願いします。どうか、どうか、あの人と両思いに!』
     また縁結びだ。
     この娘の願いのように、好きな相手に想いが通じますようにという真っ当なものから、誰でもいいからとにかく恋人が欲しいという、必死なのかいい加減なのかわからない願いまで、様々な事を祈願されるが、そのどれもが近頃は恋愛事だ。
     外にいる娘の強い思いが、俺の耳にわんわんと響く。片思いは、辛ぇよなぁ。わかるよと頷いたところで、俺の周りに浮いている狐火が勝手にはじけた。
     あぁ、またやっちまった。
     きっと、近いうちにあの娘は意中の男と恋仲になる。そこからずっと関係が続いて、死ぬまで共にいるかどうかは俺にもわからないが、とにかく一度は恋仲になれる。俺の力が働いちまったからな。
     最後に深く頭を下げてから帰ってゆく娘を見送って、少し疲れたなと床に突っ伏した。勝手に発動したとはいえ、力を使ったことに変わりはない。人の願いを叶えると、それなりに力を奪われる。
     それにしても、いつから俺は縁結びの神様になったんだ。
     来る日も来る日も、恋愛相談ばっかりだ。
     恋愛相談なら、むしろ俺がしたいっての! 俺は誰に相談すりゃいいんだよ!
     俺の姿が見える奴が周りにいないのをいい事に、駄々っ子のように、ごろごろと床を転げまわる。
     俺だって悩んでんだよ。悩んでいるからこそ、同じ悩みを打ち明けに来る奴らの願いを聞いちまうんだけど。
     うんうん、わかる〜。なんて同情すると、さっきみたいに勝手に願いを叶える方向で力が働いちまうってわけだ。
     少し寝ようかなと思っていたのに、また人間の気配が近づいてきた。
     さっきの娘が帰ったばかりだというのに。少しは休ませてくれよ。俺にばっかり頼らずに、自分でどうにかしろって。俺だって、自分でどうにかしようと頑張ってんだよ? 願いを叶えて欲しいのは俺の方だっての。
     遠くから聞こえて来るのは、やけに軽い足音だ。石段を一気に駆け上がってくる。近頃じゃ、まだ年端もいかない子供までもがここに縁結びの願いをかけにやってくるからな。
     今日はどんな子だろうと外を覗こうとして、別の気配を感じた。子供の他にも、ここに近づいて来ている奴がいる。
     俺は慌てて尻尾の毛並みを整え、跳ねまわる髪も無駄とわかっていながら撫で付けてから床に寝転んだ。
     いかにも、昼寝をしていますという姿を装う。
     目を閉じて、呼吸を整えた。
     誰がここに近づいているかなんて、見なくてもわかる。
     社の上空で羽音がする。
    風に揺れる錫杖の音も。
     しばらくすると、カンという下駄が石畳を踏む音がした。
     来た。
     土方だ。この気配、間違いない。
     カン、シャランという小気味良い下駄と錫杖の音。それが、少しずつ社に近づいてくる。
     だが、社に辿り着く前に、その音に混ざって「あっ!」という子供の声がした。
     さっき石段を駆け上がっていた子供に違いない。
     見えたのか。
     稀に子供の中には目が良い者がいる。俺達のような人外が見えるわけだが、そんな子たちも、七つになる頃には俺たちの姿が見えなくなる。そうなると、あの足音の子は、思っていたよりも小さかったらしい。
     再びカン、シャランという音が数回してから、社の中に烏天狗が飛び込んできた。
    「おい! 起きろ九尾!」
    「んぁ? 今日は何の用だよ、烏天狗さんよ。お前らに文句を言われる事なんて、何もしてねぇよ」
    「しているか、していないかは、俺達が決める! そして、お前はしている! おい、聞いてんのか!」
    「はいはい、聞いてますぅ。ちょっと静かにしな。さっきの子供、耳も良いかもしんねぇぞ。お前、姿を見られたろ」
    「おまえ、聞こえてたのか……」
     途端に声をひそめた烏天狗に、外を見てみろと手で合図を送ると、素直に外に目を向けた。暫く外を見つめてから、音を立てないように戻ってくる。
     土方からは、紙巻き煙草の香りがした。何だかもう、この匂いですら愛しく感じる。
     暫くすると、外から鈴の音と、手を打つ音がした。
     外にいる子供の願いが聞こえてくる。
    『お友達と、仲直りできますように』
     ああ、これも縁結びといえば、縁結びか。友情が切れないように、仲直りする勇気くらいなら与えてやってもいいよな。
     パチンと青白い炎が弾け、外にいる子供の頭の上に光の粒が舞ったのを見届けて俺は満足して頷いたが、隣からは舌打ちが聞こえた。
    「なんだよ。あれはいいだろ、叶えてやっても」
    「てめぇ、いい加減にしろよ。甘すぎんだよ。何度言やぁわかんだ。そんなに、ほいほい力を貸すんじゃねぇよ」
    「そうは言ってもさ、俺に仕事しろっつったの、お前じゃねえか」
    「ものには限度ってもんがあんだろ、限度ってもんが!」
    「ンだよ。わがままな烏だなぁ」
    「誰がワガママだ! てめえが考えなしに力を使いまくるから、俺の仕事が増えてんだよ! 自重しろ、このバカ狐!」
     今日の烏天狗さんは、いつにも増してご機嫌斜めなようだ。まぁ、言いたいことはわかる。神は見守るのが役目だ。人は神に願う事で、こうありたいと宣言もしているわけだよ。そこから努力して、自らの力で願いを叶えてこその人間だ。努力もしないで、棚からぼた餅が降ってくるみたいに願いが叶うわけがない。だから、神は滅多なことでは力なんて貸さない。
     ま、俺は違うけどね。だって、俺は元妖怪だから。
     うっかり勘違いされて人間に祀られちゃって、何やら信仰を集めてしまったから、これまたうっかり神格化しちまった。まぁ、鬼だろうが怨霊だろうが、祀られりゃ神になる。そんなもんだよ。そんな流れだから、面白そうなら俺は力を貸す。
    「また周りから苦情でも届いたのかよ」
    「……そうだよ、バカ狐。俺がどんだけ苦労してると思っていやがる。てめえが力を使いすぎるから、ここらの力の均衡が崩れそうなんだよ」
     深く息を吐き出し、土方は懐から紙巻き煙草を取り出して口に咥えた。すかさず目の前に炎を出してやると、チラッとこちらを睨んだが、素直に俺の火で煙草を吸いつける。
    「なぁ、九尾。おまえ、近頃人間の間で何て言われているか知ってるか?」
    「う……ぁ、いやぁ……どうだろうな」
    「その様子だと知ってんだな。恋愛の神様だってよ。てめえ、いつ嫁なんて貰ったんだ?」
    「よ、嫁ぇ⁉︎」
     祈願されんのが恋愛事ばっかりになったんだから、そう思われてんだろうなというのは感じていたが、最後の嫁というのは知らない。本当に知らない。
    「嫁は——記憶にねえけど」
    「まぁ、言いたくねえなら別に言わなくてもいいけどよ」
     土方が煙に混ぜてため息をついたのがわかった。だが、俺には覚えがないんだからどうしようもない。
    「いや、本当に知らねえんだけど。なんでそんな事になってんの」
     俺が訊くと、土方は眉根を寄せて睨んできた。
    「さっきみたいに目が良いガキが、美人の神様がここに何度も入っていくのを見たって言ったんだそうだ。それで噂が広まって、幸せを分けてもらおうって事になってな。そこから、恋愛専門の神社みてぇになってるみたいだぞ。てめえ、九尾狐なら嫁さんの姿くらい隠してやれよ」
    「美人な神様が、ここに?」
     ここに来る人外なんて、子狸の妖怪と化け猫くらいだぞ。あとは——こいつ。
     憮然として口に煙草を咥えている姿は美人ではな……
     ん?
     あぁ、いや。美人だよ。美人だよな、こいつ。しかも、今日は普通に入ってきたけど、お忍びなのか何なのか、何度か被衣を被って来た事もあったよな? あんなの被って来たら、女だと思うだろ。しかも、被衣の隙間から覗いた顔がこれだもんな。
     高い鼻梁に、涼やかな目元、これで紅でもさせば息を呑むほどの女に見えるはずだ。
     だが、土方は俺から視線を外したまま顔を顰めている。どうしたんだ。今日はやけに機嫌が悪い。
    「覚えはねえのか? まぁ、べつに、てめえが誰を娶ろうが俺にゃ関係ねえけど」
     関係ないというわりには語気が強かった。まるで何かを責めているように聞こえる。
    「俺、嫁なんてもらってねえけど。それに、ここに来る美人なんて、おめえしかいねえけど——ぁ、やべ」
     美人なんて言ったら怒られると首をすくめたが土方の口から「び」という言葉が出たかと思うと、見る間に顔が真っ赤になった。
    「ひ、土方? どうした」
    「帰る!」
     俺の問いを無視するように立ち上がった土方の手首を咄嗟に掴む。ここで帰してはいけない気がした。
    「どうしたんだよ。美人って言ったから怒ってんの? だって、本当にお前しか来てねえんだって」
    「な、何度も美人なんて言うな! お、俺は男なんだぞ!」
    「いや、そりゃ知ってるけどよ。でも、綺麗なもんは綺麗だろうが」
     俺の言葉でますます顔が赤くなった土方は、あまりに動揺したのか、何かを言い返す代わりに掴まれていない方の手に持っている錫杖を振り上げた。
    「ま! 待て、待て! なんでそれを振り上げてんの! あぶねえから下せって!」
    「じゃあ、てめえが手を離せばいいだろうが! どうせ、いろんな奴にそんな事を言ってんだろ!」
    「はあ⁉︎ 言わねえよ! 本当に、ここに来てるのは、お前だけなの! それに、嫁にすんならお前がいい!」
     勢いに任せて叫んでしまったが、俺の言葉を聞いて、土方の顔が固まった。俺の方も、しまったと後悔したが、発してしまった言葉は元に戻すことはできない。
     もうこれ以上赤くはならないだろうというくらいに真っ赤な顔になった土方の唇がわなわなと震えている。何か怒鳴り返されるのを覚悟していたのに、言葉は何も出てこなかった。その代わりに、錫杖が勢い良く振り下ろされ、受け止める間もなく俺の頭に直撃した。
     ゴン、という鈍い音がして、衝撃で握っていた土方の手首を離してしまう。その隙に、土方は俺から体を離して社から飛び出そうと扉に手をかけた。だが、土方が扉を開く前に、扉が横に開いて子狸が姿を見せた。その子狸の脇をすり抜けるようにして土方は外に飛び出し、あっという間に空に消えて行った。
     そんな様子をしばらく見つめていた子狸は、鼻の上に乗っている眼鏡をくいっと押し上げた。
    「銀さん、何かあったんですか。土方さん、真っ赤な顔して笑ってましたよ」
    「——笑ってた? あいつ、笑ってたか。新八」
    「はい。口元を隠してましたけど、嬉しそうでした。何かあったんですか?」
    「いいや、何でもねえよ」
     そう言って床に寝転んだが、俺の方も顔が緩んだ。思ってもみなかった展開になった。今日、あいつがいつにも増して機嫌が悪かったのは、俺が誰かを娶ったと勘違いしたからだ。そうに違いない。そして、俺に腕を掴まれた時に見せたあの表情。いくら鈍くたって、あんなもんを見せられたら誰でも気がつくってもんだ。
     あいつも、俺の事が好きだ。しかも、俺と同じ種類の感情で。
     そういうことだろ。
    「なあ、新八。俺、ちょっと村まで行ってきていいかな」
    「また賭け事ですか? 最近お賽銭が増えたからって、毎回負けて帰ってきていたら、またすぐに貧乏生活に逆戻りですよ」
    「違うよ。酒を買いに行ってくんの。帰りに、神楽に頼まれてる酢昆布も買ってくるから。お前にも何か買ってきてやるよ。油揚げでいいか?」
    「なんで狸に油揚げなんですか。まったく、いいかげんなんだから。僕には魚でいいですよ。あ、姉上の分もお願いします」
    「ちゃっかりしてんな。まぁ、いいか。今日の俺は機嫌がいいからな。そんじゃ、行ってくるから留守番よろしくな。お願い事は——」
    「大丈夫ですよ。銀さんが留守の間、皆さんのお願い事は僕がちゃんと書いておきます」
     俺が最後までいう前に、新八は近くにあった紙と硯を引き寄せて胸を張った。頼りになる子狸だねぇ。

     人の姿に化けて外に出て、さっき土方が飛んで行った方向を見上げた。負けん気の強いあいつが、あんな風に逃げ帰るなんて珍しい。よっぽど動揺したんだろうな。
     真っ赤な顔、可愛かったな。あいつ、早くまた来ないかな。
     そんな事を思いながら、軽快に石段を下りる。
     そうか、もっともっと願いを叶えてやれば、またすぐに怒鳴り込んで来るかもしれねぇよな。
     よし、そんじゃ、縁結びを祈願した奴らは、みーんなくっつけちまおう。これで何か問題でも起きれば、あいつはすぐに怒鳴り込んで来るはずだ。
     とても神には見えないような悪い笑みを浮かべながら、石段を跳ねるように下りていった。
     元は大妖怪なんでね。欲望には忠実に従うさ。

     ◆

     はい、あんたの願い事も聞きますよ〜。
     そんな事を心の中で返して指を鳴らせば、狐火がパチンと弾けて頭を下げた参拝客の上に光が舞った。
     土方がここから逃げ出してまだ一週間だが、じわじわ参拝客が増えている気がする。だって、百発百中にしてるからね。
     よーし、じゃんじゃん叶えちゃうよ〜! なんて意気込んではいるが、気持ちとは裏腹に、やっぱり疲労が溜まっている。呼吸が苦しいし、昨日からは視界が回っているように感じる。
     あいつが早く来てくんねぇと、俺の身が保たねぇが、それでも悪くない気分だ。ここに祀られるずっと前、今ではすっかり湖の中に落ち着いちまった蛟の高杉と、神出鬼没に現れるヅラと俺の三匹で悪戯をしていた頃のようだ。あの頃みたいに悪戯が見つかって先生に殴られる心配はないが、今は力が枯渇する危険がある。
     参拝客がやっと切れたところで、大きく息を吸ってみたが、やっぱり少し目眩がした。視界が歪むから、酔っ払った時みたいに気分が悪い。暫くは来なくていいと新八には言ってしまったから、一人きりだ。意識を失うとまずいなと思ったんだが、どうにも身体が動かない。

     ——カラン
     賽銭が投げ込まれる音がして、座ったまま意識を失っていたと知った。さすがにまずいなと感じているが、今回の願い事も聞いてやる。
     うんうん、はい、叶えてやるよ〜と指を鳴らそうとして、上空に土方の気配を感じた。いつもの余裕がある速度ではなく、社に突っ込んで来るような勢いでこちらに近づいてくる。
    「九尾!」
     参拝客がいるにも関わらず、扉をすり抜けて中に入ってきた土方は俺の姿を見て絶句したあと、泣きそうに顔を歪めた。
    「何をやってやがんだ、てめぇは! 死ぬ気か!」
    「やっと来てくれた……はぁ、疲れたぁぁぁ」
    「おまえ、お、おい!」
     土方の顔を見て気が抜けたからか、視界が歪んで身体が傾いたが、倒れる前に土方に支えられた。
    「なんでこんなに無茶しやがった」
    「だって、土方くんが逃げるから。俺が悪さしたら、捕まえに来てくれっかなって思ってよ。そんで、ほら。しっかり俺が消える前に来てくれたから、俺の勝ちな」
     へらっと笑ったつもりだったが、どうも顔の筋肉も上手く動いていないみたいだ。まだ土方が泣きそうな顔をしているのが気になるが、俺の事を離さないところを見ると、愛想を尽かされたという事はなさそうだ。
    「バカ狐が」なんて酷い事を言っているくせに、まるで子供に対してするように俺の頭を撫でる。
    「心配しちゃった?」
    「するに決まってんだろ。ついに九尾狐が耄碌したのかと思った」
    「耄碌ってひどくねぇか、たった千年だよ」
    「千歳越えの古狐じゃねぇか。耄碌すんにゃ充分だ。頭だって真っ白だし」
    「あ、それは元からだから」
     笑いながらツッコミを入れてやると、「知ってるよ」なんて返された。なんだか今日は優しい。
     土方に頭を撫でられているのは気持ちいいんだが、確かめておきたい事がある。
    「なぁ、あんな事を言われたのに、部下に来させるんじゃなくて自分でここまできて、こんなふうに心配してくれてるって事は、期待していいのか?」
     土方の顔を見ながらきいてみたが、今日の土方は動揺もせず、顔色も変えなかった。さすが副長様。腹を括ってここまで来たということか。
    「悪戯すんのは、ほどほどに。寝てばっかいねぇで仕事もすること。そんで、浮気なんてしたら、その尻尾の毛を全部毟るからな。それでもいいなら」
    「嫁に来てくれんの?」
    「まぁ……てめぇがどうしてもって頼むなら」
     むすっとした表情になったが、これは照れ隠しだと見た。俺はわざと、とびきり情けない顔を作った。懇願するように「お願い」と言ってみたが、頭を叩かれた。
     なんて理不尽な。
    「そんな顔すんな、なんか腹立つ」
     そんな事を言うくせに、土方の口の端は持ち上がっている。
    「こういうのは好みじゃねぇか、そんなら——」
     身体を起こして、今度は俺が土方を膝の上に抱え上げた。それに慌てた土方が「あぶねぇ!」と叫ぶのは無視して顎を掴んでこちらを向かせる。
    「嫁に来い、烏天狗」
     高圧的に言ってみたんだが、土方の顔が固まって、先日のように顔に赤みが差したのが見えた。
     よし、わかった。こういうのが好みなんだな。
    「——っ、お、おまえ、偉そうだぞ! でも、仕事があるから、ずっとここに居るってわけにゃいかねぇ」
     嫁にくるって返事はしないくせに、すっかりその方向で話をしている。こういう、素直じゃねぇのにチョロいところが可愛くて、同時に心配だ。
    「やっぱり、目が届かねぇ場所に行かせんのは心配だな」
     土方の腰を引き寄せ、肩に顔を乗せて呟いてみたが、鼻で笑われた。
    「俺は、箱入り娘じゃねぇんだ。何を言ってやがる。それに、おまえが思ってるよりも俺は強いぞ?」
     腕っぷしが強いのは知ってるよ。烏天狗を纏めてる副長さんだろ。だけど、そういう事じゃねぇんだよね。
     俺が黙っているもんだから、心配した土方が俺の顔を覗きこんできた。
    「九尾?」
     心配そうな顔が可愛い。怒るとかなりおっかねえのに、こういう顔はたまらなく可愛いと思う。
     惚れた弱み? 違うな。あばたもえくぼ? いや、それもなんか違う。
     まぁ、いいか。
    こんなに近づいてくれるなら、ちょっとくらい、いいよな——。
     そのまま唇をくっつけると、間髪入れずに殴られた。それはもう、見事に土方の拳が俺の頬にめり込んだ。
    「いっっっった!」
    「何すんだてめぇ!」
    「いいだろ、キスくらい! 初めてじゃあるまい…………ぇ」
     土方がすごい形相で睨んでいるのを見て、なんだか不安になってきた。
     まさかな……そ、そんな事ねえよな。こいつだって長く生きている妖怪だ。まさか初めてなんて事はねぇだろ。いや、でもこの反応。
    「ねぇ、もしかして、初めてだった、とか……」
     俺が言い終わらないうちに、もう一発俺を殴った土方は、社から飛び出して行った。

     土方が飛び出して行ったのを追いかけて社から出ると、外はもうすっかり夜だった。だが、やけに明るい月に照らされて、狭い境内がよく見える。
     せっかく土方が来てくれたっていうのに、また逃しちまったけど、今回は大丈夫だろ。きっと、すぐに戻ってくる。
     だって、嫁に来るって言ったようなもんだしな。……明言はしなかったが。
     明るい月を見上げながら、土方が来たら二人で飲もうと用意しておいた酒を引っ張り出して一人で飲み始めた。
     本当は二人で飲みたかったんだが、返事はもらったようなもんだから、勝手に祝ってもいいだろ。
     いい気分で酒を口にしていたが、疲労が溜まっていたからすぐに眠くなってきた。
     うとうとして、縁側にごろりと横になる。身体は疲れているが、いい気持ちだ。
     目を閉じていると、近くの茂みがガサガサと動き、中から声が聞こえた。
    「ねぇ、見えないの?」「見えないよ。何かいるの?」そんな子供の声が複数聞こえる。
     疲れと酒でうまく頭が働かないが、こんな時間に子供の声という事は、人間じゃないかもしれない。新八と神楽か?
     もう眠くて目が開けられなくなっているというのに、茂みの中にいた小さな存在が近づいて来たのを感じた。俺を見つめているようだ。
     暫く俺の近くで見えるだの見えないだのと、言い合っているような声がして、ふいに「ねぇ、お狐さま!」と話しかけられたから、おもわず「はいよ」なんて返事をしちまった。すると、また聞こえるだの聞こえないだのと騒いでいる声がした。もう眠いから放っておいてほしい。
    「ねぇ、お狐さま、いつもいらっしゃる、天狗さまはだぁれ?」
     突然そんな事を訊かれて、反射的に「俺の嫁さん」と答えてしまったんだが、その途端に歓喜の声があがって、驚いて目を開けた。
     近くに立って、俺を見下ろしていたのは人間の子供だった。俺と目が合っているから、どうやらそのうちの一人は俺が見えているらしい。
    「え、なに」目を瞬いてみたが、子供は嬉しそうに手を胸の前で合わせて「やっぱりお嫁さまなのね!」と感激している様子だ。だが、俺が話しかけようと身体を起こすと、それに驚いたのか、子供たちは一目散に逃げていった。
     九尾狐の姿で人間と直に話をしたのは久しぶりだったが、相手は子供だ。まぁ、大丈夫だろうと、その時の俺は、そう思っていた。

     ◆

     松の木に腰掛けて下を見る。
     境内が凄いことになってきた。紙垂がついた注連縄が張り巡らされ、幕が張られ、氏子の爺さん達が忙しそうに動きまわっている。短い参道の脇には幾つか店まで作られている。
    「あーぁ、すげえな……」
     思っていたよりも凄い事になってきたと驚いていると、上空で羽音がした。見上げれば、少し気まずそうな顔をした土方が浮いている。あの時、こいつが逃げ出してからまだ三日だ。おいでと手招きしてやると、素直に降りてきて俺の横に腰掛けた。
    「戻ってきてくれたんだ。早速捨てられたのかと思った」
    「う、うるせえ。べつに、そんなつもりじゃ……。それより、これは何の騒ぎだ。おまえんとこの祭りは秋だろ。まだ水無月だぞ」
    「あ〜、うん。そうなんだよ。ちょっと口が滑っちまってな」
    「なんだ、口が滑ったって」
    「怒らない?」と訊いてみたが、「それは聞いてみないとわからねえな」という土方らしい言葉が返ってきた。こういう時は、嘘でも「怒らないよ」って言うもんなんじゃねえのかよ。
     また逃げられないように、隣に座る土方の手を握ってから口を開いた。
    「これね、たぶん俺たちの結婚祝いだよ」
    「はぁ⁉︎」
     素っ頓狂な土方の声がおかしくて、握っている手を離して腰を引き寄せた。
    「ここに来る天狗様は誰だって聞かれたから、俺の嫁だって答えちゃったんだよねぇ。そしたら、この有様だよ」
    「おまえ、何つう事してんだ……」
     もっと怒るかと思ったのに、土方は自分も巻き込まれていると知って驚きの方が勝ったらしい。呆然として、祭りの準備を進める人々の動きを見ている。
    「そんなわけだから、おまえも今日からここの神様な」
     追い討ちをかけるように俺が言ってやると、土方がさらに混乱した顔を俺に向けて来た。
    「どういう事だ。俺もここに祀られんのか?」
    「そうみてえだよ。村の連中は、二柱祀るつもりらしい。まぁ、ほら、飯綱権現なんかは狐に乗った天狗って事になってるし、問題ねえだろ」
    「問題、大アリだよ! 何してくれてんだ!」
    「まぁ、そう言うなって。ありがてえじゃねえの。あんなに祝ってくれてんだぞ」
    「まぁ、そうだけどよ……」
     まだ呆然としている土方の腰を抱いたまま暫く祭りの準備が進むのを見ていると、土方の頭が俺の肩にしなだれかかって来た。初めて土方にそんな事をされて、俺の方が動揺して身体を硬くしていると、ふっと笑うのが聞こえた。
    「九尾狐様はこういうのに慣れてんじゃねえのかよ」
    「うるせえな。な、慣れてるよ」
    「こんなにガッチガチでか? まぁ、悪くねえ反応だからいいけどよ」
     満足そうに足をゆらゆらさせて俺に寄りかかってくる身体を引き寄せて、下の賑わいに目を向ける。祭りの準備は大急ぎで進んでいるようだ。
    「なあ、土方。もう逃げねえで一緒にいてくれる?」
    「あぁ。ここはもう、俺の場所でもあるみてえだからな。それに、これ、好きなんだ」
     そう言って土方が俺の尻尾を一本掴んで胸に抱き締めた。嬉しそうに顔を埋めているのは可愛いが、尻尾が好きとはどういう事だ。嬉しいには嬉しいが、本体の俺はどうでもいいのか。
     むすっとした顔を向けると、尻尾に顔を埋めたまま、土方はしたり顔で見上げてきた。
    「おまえに、そういう顔をさせんのも悪くねえな」
    「わざとかよ!」
     俺が一層拗ねると、土方が声を出して笑い始めた。
    「まっ、仲良くやっていこうや。幾久しく、よろしくな」
     土方の腕から尻尾を引き抜いて、抱え上げるようにして抱きしめた。
    やっと手に入れた。
    「よぉし! 今日は気分がいいから、何でも願い事を叶えちゃうぜ!」
     勢いよく叫んだが、間髪入れずに頭を叩かれた。
    「だから、ほどほどにしろって言ってんだろ、このバカ狐!」
    「痛い痛い。冗談だって。でも、ほら、あの子。俺たちが見えてた子。あの子、今日が誕生日らしいんだ。あの子のお願いなら、聞いてやっていいだろ」
     俺に話しかけてくれた子の姿を見つけて指をさすと、土方もその姿を見つけたらしい。
    「そうだな。あの子のおかげで、俺も一緒に祀られる事になったわけだし。——よし、それなら、俺の初仕事ってことで、俺が叶えてやろう。あ、でも叶えるってどうやるんだ」
    「じゃあ、一緒にやるか。初の共同作業だな」
     先輩神様として威厳を見せようとしたのに「抱きしめながら言われると下心を感じる」なんてひどい事を言われた。
    「何だよ、期待してんの?」
     わざと顔を寄せてやると、意外な事に土方の方から唇をくっつけて来た。と、言っても、どうやったらいいのかわからないらしく、触れるだけだったが。
     それでも得意そうな顔をするのがたまらなく可愛い。なんだ、この可愛い生き物。俺の嫁だよ!
     俺が固まっていると、さらに得意そうな顔をしやがった。
    「はぁ……勝てる気がしねえ」
    「そうだろ。俺だってこれくらいできる」
     そうですか。まぁ、いいけどな。あとでいっぱい教え込んでやる。
     俺たちが松の上でいちゃついていると、先ほどの子供が俺たちを見上げてきた。どうやら、また見つかってしまったらしい。
    「ほらほら、土方。見られてる。向こうに意識を集中して」
    「お、おう。こうか……」
     急に真面目な顔をして子供を見下ろした土方の手を取って、一緒に下を見つめる。あの子の願いはまだ聞いてもいないが、それでも、その願いが良いことであれば、叶えてやるよ。
     キラキラした青白い光が舞い落ちるのを見て、子供は目を丸くしたが、隣を見ると同じような顔をしている土方がいた。
    「初仕事、上手くいくといいな」
    「ああ、そうだな」

     降り注ぐ青白い光が、提灯の橙色の光に溶けて広がる。祭囃子が風に乗って聞こえてきた。隣を見れば、まだ目を輝かせている俺の烏天狗がいる。
    祝言をあげるには最高の夜だ
     こちらを振り向いた土方の瞳に俺が映っているのが見えた。
    この先も、幾久しく、この瞳に俺だけを映してくれますように。
     
     (了)
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