圭藤35度の予感がした。
俺はみんな忘れちゃってからはじめての夏を迎えるけれど、窓から差し込む太陽の光が朝だよ朝だよとこちらを叩き起こすようになってきた。
「おはよおー」
真っ昼間みたいな、朝のあいさつ。葵ちゃんの金髪は光を透かしてピカピカ光って、なんだかマンガのキャラみたい。
あっちー、と言いながら髪をひとくくりにした葵ちゃんが、「おー、おはよ」、パッとこちらを振り返る。おひさまを見上げてるひまわりって、こんな気持ちなんだろうか。まぶしくもないのに、目を細める。
「ちゃんと朝メシおかわりしてきたかー、要ー」
わしゃっと俺の頭をひと撫でした葵ちゃんは、「あっつ!」、けれどすぐにあわてて手を引いた。
「けっこうあっつくなってんぞ、水飲め、水!」
「えっほんと?朝からガブガブ飲んでるんだけどな」
「汗かいて熱がこもってんだよ、タオルどこだ、タオル」
自分のカバンから大急ぎで引っ張り出した真新しいタオルを、俺にぽおいと引っかけて。くしゃくしゃーっとおっきなワンコでも撫でるみたいに、俺をよしよし拭いてくれる。音はけっこう豪快なのに、なんだか気持ちいい。
ずっとこうしていたくて、ふにゃふにゃと唇を食みながら頭を下げる。
「ねえ、今日もあっちーけどさ、練習がんばろうねえ」
「ん?おお、」
ぷは、と顔を上げた先にいる、君を見つめて笑顔を溶かす。
***
ここからの夕陽の色を、俺はまだ覚えきっていない。
それはこの体の持ち主も同じか、と腕で汗を拭いながら思う。すうーっと、とたんに失速していくような、青。家まで徒歩5分の空なのに、中学までの俺たちは別の青ばかり見上げていた。
「要、おつかれ」
のしり、と頭上が重たくなった。誰かの気配と体温を真後ろに感じながら、わしわしと髪を混ぜられる。でかい手のひら、遠慮のない加減、けれどどこか心地いい、肌に馴染むようなゴツい手つき。
体が覚えてる、はこういうことも言うんだろう。ジワジワと左胸が疼きだす。
「いつになく文句少なめだったじゃねーか、“がんばる“宣言は伊達じゃねえな」
「ありがとう、明日もう一回言ってやってくれないか。きっと喜ぶと思うから」
「げっ、お前かよ」
正体をあかしてもぽんぽんと撫でる仕草は変わらない。癖なのかあえてなのか、先ほどよりはゆるやかになりながらも、グリグリとこちらをいじり回す。
「まあ、“要“もおつかれ」
「、おう」
普段は退けてしまう手のひらが、離れるタイミングを失ったようにじんわりと体温を伝えてくる。ずっとこうされていたくて、なんとなく背中を丸めてみた。首を、背中を、汗がつたう。
「……暑いな、」
35度の予感がした。