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    あまみ

    忘バ/圭藤(智将含む)
    今のところアニメ進行
    女体化がすきです

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    あまみ

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    圭藤♀
    葵ちゃんひとりで勝手に彼氏を爆モテ設定にしている話

    葵ちゃんは先天性女体化です〜

    #圭藤

    圭藤♀一年のトイレにある鏡の前は、何もないのによく滑る。

    怪談でも噂話でもない、れっきとしたただの事実だ。床が濡れているわけでもないのに、気をつけていないとすべって転がりそうになる。きゃあ!というトイレからの悲鳴は、大体はこのトラップに引っかかった被害者のものだ。毎日掃除されているとはいえ、便所で尻もちをつくかもしれないなんて恐怖、たとえ未遂でも大声を上げてしまう。
    四月にその洗礼を受けた藤堂葵も、手を洗う瞬間だけは緊張感を走らせていた。上履きに力を入れすぎないように、そろりそろりと蛇口へ近づく。
    決して長いとはいえない休み時間、トイレにはいつも“誰か“いる。クラスメイトに聞かれたくない話をする奴か、メイク直しに余念がない奴。その日も鏡の前を占領するのはあからさまにお喋りしたいだけの女子たちで、藤堂は体をねじこむように空いた洗面台にお邪魔する。背が高いので肩身が狭い。
    ほぼ温水と化した水道水に手を浸して、サッと立ち去ることができなかったのは、よく滑る床に気を取られていたからじゃない。

    かなめくん、

    知り合いの、いや彼氏の名前がとなりのグループから出たからだ。
    聞き間違いか?とハッとするけれど、“要“という名前はなかなかめずらしい。そして秘密あふれるこの場所で「要」の三文字を耳にすることも、まためずらしい。
    ちらり、と鏡を利用して顔を見る。一組、つまり要のクラスメイトなんだろうか、俺には全員ピンとこない。派手さはないけど地味でもない、ごくごく普通の同学年。
    いったい彼女らが何の話を、と濡れた手もそのままにジッとたたずむ。
    全神経を片耳に集中させたところで、

    あ、次音楽室だよ、

    得られたのは、要がこれから音楽の授業を受けるという情報だけだったけれど。
    ゾロゾロと去ってゆく背中を見送る。
    「うお、」、教室に帰ろうとしたところで、藤堂はずるりと足を滑らせた。


    なにが不思議なのか、と問われればなんらおかしくはない。
    クラスメイトがクラスメイトを話題に出している、もっと広げれば同じ学校の奴が同じ学校の奴の話をしている、ただそれだけ。
    ただそれだけが、魚の骨みたいに刺さって抜けない。チクチクと触れられないところで、ずーっと存在感をアピールしている。

    要圭と藤堂葵は付き合っている、それを部員以外に公言したことはない。別に言いふらす必要もないし、要には付き合う前から「女子にモテない」「女子と話せない」と耳だこレベルで聞かされていたからだ。
    いま振り返れば「いやそれを女子である俺に堂々と伝えるのはなんなん?」という疑問が浮かばないでもないけれど、いざ彼氏彼女になってしまえば安心安全の保険でしかない。

    “要はモテない。俺以外には“

    ほかの女の子としゃべっちゃイヤ!なんてめんどうくささは持ち合わせていないものの、思っていた以上に“モテない彼氏“にあぐらをかいていたのだと知った。信じられない、我ながら。

    気になる、何を話していたのか。
    壁一枚隔てただけなのに、となりのクラスのことは別の国くらいわからない。
    かといって『さっきトイレでお前の話してる女子がいたぞ』なんてメッセージを送るつもりもない。万が一悪口だったら地獄すぎるし、喜ばれても当然ムカつく。
    ううーっと、腹の底でお湯を沸かしているような感覚に襲われて、気がついたら立ち上がっていた。教室に戻って、席について、透視でも試みるように黒板を睨みつけていたのに、だ。

    「……ちょっと、素振りしてくる」
    「はっ?えっ、今からですか?授業は?」

    教科書を並べていたとなりの席のチームメイトが、ギョッとした様子で顔を上げる。タイミングをはかっていたように、授業開始のチャイムが鳴った。
    金髪で長髪で授業もろくすっぽ身に入っていないような見た目だけど、素行はいいので席につく。


    ***


    「あれ、要は」
    放課後、おまたせーなんて部活に合流するチームメイトに開口一番飛びついてしまった。
    別にサボりや病欠を心配するような時間じゃない、たまたま藤堂のクラスの方が早めに授業が終わっただけだ。
    たまたま早く着いたから、たまたま先に準備に取りかかっていただけ。
    たまたま、たまたま、すべて偶然。

    あの日、女子トイレで彼氏の名前を聞いた日から何か変わったかと言われれば、何も変わらなかった。要が「葵ちゃーん、」としょぼくれてくることも、「葵ちゃーん!」とソワソワ報告にくることもない。
    いつも通りに練習して、いつも通りに「おいひい〜」と俺のこさえた弁当を食べて、いつも通りに「また明日ね!あ、でも電車の中でLINEしようね!」と手を振ってわかれる、そんな感じ。
    ノロケじゃねえけど要は俺のことが好きで、俺もまんざら全然悪く思ってない。
    アレも偶然か、トチ狂った自分の耳が聞き間違えただけだろう、そう丸めこめそうな日々だった。

    「要くん?いっしょに来たから、すぐそこだと思うよ」
    穏やかな口調に導かれるように、藤堂はパッと視線を奥へやる。
    いい加減、答えの出ない問題をウジウジ引きずるのはよそう。明日は要の好きなもんばっか弁当箱に詰めこんで、なんならリクエストだって受け付けてやろう。

    そんな前向きな気持ちを一気に叩き落としたのは、「あ?」、この人気のない校庭で異様に盛り上がる女子グループと、その真ん中にいる我が彼氏の姿だった。

    藤堂葵は視力がいい。それはそれは、生まれ持った才能のように。
    だから誤魔化しようもなく、見つけてしまった。四、五名の知った顔でもない女子生徒が、要圭を中心に輪になっているところを。
    なにか、文句やクレームをつけにきている感じではない。遠目ではあるものの、彼女らの表情は華やいでいる……気がする。
    まさか入部希望でもないだろう。全員が全員、動きにくい制服を着ている。スパイクはおろか、スニーカーすら履いていない。
    そして何よりも、はてしなくなんとなく気のせいかもしれないけれど、要がヘラヘラしている、気がする!タレ目をいつもよりぐいーっと下げて、口もとをいつもよりだらーっと上げて、限りなくダッセェ顔して笑ってる、気がする!!なんか、そう、出来て当然くらいのプレーを社交辞令で褒められたときのように!

    フン!と自分でも恐ろしいくらい荒々しい鼻息が漏れた。シワを寄せすぎて、眉間が痛い。

    何の用だか知らねえけど、なんだかとっても気に食わない。
    要が女子にはしゃがれているのも、それを彼が受け入れているのも、さらにはそんな光景を黙って眺めているだけの自分にも、だ。

    わからないなら聞けばいい。
    無意識に拳を握りしめて、大きく一歩を踏み出した。
    「藤堂くん、ちょっと手伝ってくれるかな」
    そのとたん、振りほどきようもないくらいやわらかく後ろ髪を引かれて、ウ、と体を固くする。
    いつのまにか合流していたのだろう、ニコニコと善意100%の笑顔を浮かべる先輩たちに、「あ、すいません、今行きます!」、藤堂は迷うことなく踵を返す。
    藤堂葵は、彼氏がよその女にチヤホヤされることをガマンできないくらいには、ごくごく普通の女子高生だった。
    そして女子高生である前に、チームも練習も大好きな、ごくごく普通の高校球児であった。


    ***


    女子トイレの真相も、放課後女子襲撃事件の詳細もつかめていないのに、うまいこといかない日々は続く。
    絶対に課題未提出を許さない教師の絶対に課題未提出を見抜く能力によって絶対に課題を提出するまで出られない部屋に閉じ込められてしまったのだ。
    「あーくそ、もうこんな時間じゃねえか」
    雑にカバンを引っかけて、早歩きで教室を後にする。大至急で終わらせはしたものの、部活など、とっくの昔に始まっている。

    クセみたいなものだった。
    ちらり、と視線が勝手にとなりのクラスを確認する。
    となりのクラス、要のクラス。あとは帰るだけとなった室内に、人の姿は当然まばらだ。
    そのまばらな数名のなかに、あきらかに見知った奴がいる。
    要圭、まさしく彼だ。ここ数日、俺のモヤモヤのど真ん中で、それでもニヘヘと笑っているアイツ。

    部活、まだ行ってねえのかよと藤堂は思わず一組へ近寄った。後ろ姿ではあるものの、要はまだ制服で、忘れものを取りに来た様子でもない。
    部活、いっしょに行こうぜと藤堂は言い出せなかった。要の目の前に誰かいる。彼よりひとまわりも小さくて、細くて、色の白い、女の子らしい、女の子。
    なにかを話しているのだろう、要より背が低いから、真剣に彼を見上げている。
    それはもう、真摯に、それはもう、熱心に。


    サアッと、太陽がかげるように全身から熱が引いた。そのくせドクドクと心臓が元気に暴れ回る。

    は?なに、なに、なんで、なんでまだこんなとこいんだよ要、てかなに、なんの話してんの?すげえマジじゃん、その子の顔、え、どうする、どうしたらいいんだこういうとき、わかんねえ、気になる、さき行ってりゃいいのかな、気になる、はやく行かねえと、気になる、みんな待たせてるし、気になる、気になる、気になる、

    藤堂葵は、恋愛話に疎い自覚はあった。周りから浮いた話を振られることも少なかったし、野球を観たりやったり語ったりするほうが圧倒的に楽しかった。
    けれどこれがどんなシチュエーションなのか、ピンとこないほど鈍くはない。告白だ、これは絶対、絶対にそう。うわあーやべえ、俺の彼氏、モテちゃってるよ。
    茶化したところで、背筋をなぞられるようなザワザワは止まらない。かといって“見なかったことにする“ほどの、大人な態度も持ち合わせていない。
    何もできない。ただ立ち尽くす。
    自分の彼氏が告られている、この状況に。

    吸って、吐いてを繰り返す。カラカラになった喉で少ない唾を飲みこみながら、なあんだ、とスカートの裾を握った。
    女子トイレの真相も、放課後女子襲撃事件の詳細も、リアルタイムで行われてる告白の行方も、みんなみんなこわいんだ。
    真実を知るのもこわくって、こわいからフタもできずに眺めてる。


    そこをけろりとぶち破ってくるのが、“要圭“という男なんだと、

    「葵ちゃんっ!」

    つくづく、思い知らされることになるのだけれど。


    「……え、え?」
    本当に、急に突然なんの前触れもなく振り向いた要が、ぱああっと顔を輝かせた。
    雲間から差しこむ虹のように、まっすぐきらきらこちらへ向かってくる。ややでかめの弾んだ声で名前を呼ばれて、一気にクラス中の注目を集めてしまった。とっさの事態に、アクションできない。
    要はそんなことおかまいなしらしい、困惑している俺の手を引いて、先ほどの女子の前に舞い戻る。
    「ほら、この子!一年二組の藤堂葵ちゃん!美人でかわいくてお料理上手な、俺の彼女!」
    ね!ね!と、立候補でもさせるみたいに、俺を彼女に対面させる。改まって向き合ったところで、「ど、どうも、」、お互い初対面なのは明白だ。
    しかし、思っていたのと反応が違う。
    助けを求めるように要にちらちら目線をやる俺とは対照的に、彼女はこちらをガン見している。その表情からは、フラれてショックーみたいな悲壮さは微塵も感じられない。どちらかというと、宇宙人でも目の当たりにしたかのような、『ウワッ!ほんとに実在したんだ!』的な、若干引いてる気配すら漂う。
    大きな瞳をさらにまんまるくした彼女に、野球部ですか?、とだけ訊ねられた。
    「あ、野球部、です、?」
    「あ!そうだ!葵ちゃん部活!」
    勝手にはわっ!と慌てだした要に、今度は背中をぐいぐい押しやられる。なるほど、と納得した風にうなずく彼女の正体も名前も、結局なにもわからないまま「バイバーイ」とノリで手を振った。




    「葉流ちゃんってさあ、モテるじゃない?」

    ふたりっきりになった廊下で、要が脈絡もなく口を開く。
    ここにいないメンバーの突然の登場に面食らいながら、「お、おお、」、うながされるように返事をした。ごめん、俺まだそこまで脳みその理解追いついてねえんだけど。

    「他のクラスの人とか休み時間に観にくることもあるし、この前も部活の前に俺、呼び止められたし。けど、モテるのに女の子にやさしくはないでしょう?イケメンだけど態度キツいってウワサになってるみたいで、俺とかヤマちゃんが仲介役みたいになってんの」

    げーのー人みたいだよねえってケラケラ笑う彼氏の話を、自分は半分も消化していないだろう。
    清峰、ウワサ、部活の前、仲介役、キーワードがパズルみたいにハマっていく感覚に気を取られすぎて、「清峰ってイケメンだったのか……」、なんてふわふわとした感想しか述べられない。
    うふふ、と要が追加で肩を揺らす。

    「さっきも授業終わったら先輩っぽい人たち来てたんだけど、葉流ちゃん『部活あるから』ってバッサリぶった斬ってて。すごいねーって言ってたら、『圭も藤堂にモテてる』ってなんか真顔で言ってくれてさ。そんでさっきの子、あ、俺といっしょに日直だった子なんだけど、要くんって彼女いるの!?って、今世紀最大くらいに驚かれちゃってさー」

    え?そっち?って感じだよねえ、下駄箱まで到達して、ふたりは自然と足を止める。
    ぱかっと、文字通り視界が一気に広がった。
    青空が見える、風の音が聞こえる、葉っぱが気持ちよさそうに泳いでる。

    え?そっち?はこっちのセリフだよ、と、お日さまにあたったみたいに耳が火照る。

    自分が要の大切な存在として認識されていること、
    要がそれを照れず隠さずひけらかしてくれること、
    たったそれだけが無性にうれしくてうれしくてたまらなくって、藤堂葵はつま先ばかり見つめてる。
    口元がむにむにうにゅうにゅ定まらなくって、めちゃくちゃブサイクな顔してそうだし。

    “お前は俺にだけモテてろよ“と、言葉にしようとしてやめた。
    そんなこといちいち約束しなくたって、彼はとっくの昔にわかっていそうだったから。
    かわりにそっと手をつなぐ。
    「あっ、手ぇつないでく?へへ、」
    手汗でびっしょびしょのてのひらは、ためらうことなく握り返された。


    ***


    一年のトイレにある鏡の前は、何もないのによく滑る。
    「うおっ、あぶねえ!」
    たまたまトイレの前を通りかかった藤堂葵が、
    たまたま足を滑らせた女子生徒を王子様のごとく抱きとめて、
    たまたま被害者がおしゃべり好きだったためウワサは爆速で広まり、
    彼女はしばらく女子からモテまくる羽目になるのだが、まあそれはまだ、未来のお話。



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